真面目で似ない兄妹
今日も大学の講義を早く終えると第弐高校へと向かう。片手に缶コーヒーを持ちながら道を歩いていた。
「小笠原と華道がいない時はあるって分かっていたけど、柳もかぁ」
独りだとふと呟いてしまう。
昨日講師の体調不良で休講になっていた埋め合わせの講義がこの後行われる。なので優香は第弐高校に行けず、小笠原と愛理は今日は第弐高校に行かない日だ。よって今日は俺一人。
寂しい気持ちもあるが、一人で授業できるか心配なのが大きい。話の論点がズレていたら優香が何度か正してくれるので大丈夫なのだが、今日はその助っ人は欠席。
缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨てながら深呼吸をする。気持ちが不安定だから授業に支障が出るのだ。堂々と胸を張って講義をしよう。
高校に着くとスーツに着替えて教科書を持つ。そして授業をする教室へと向かう。
未だに俺に対して軍学生たちは注目の視線を送るが、初日のように目立つことはなかった。どうやら俺が本当に実力者なのか疑っているらしい。嘘なのではないかと。
小笠原に「威厳がないからね(笑)」と馬鹿にされたが確かにと否定することはできなかった。廊下の鏡を見て思う。スーツで決めているのにヤル気の無さそうな目にパッとしない地味さが際立っている。
「はぁ……もう少しイケメンに生まれてもいいだろうがって」
神を恨みながら廊下を歩くと、見覚えのある軍学生がこちらの存在に気付き、笑みを見せながら歩いて来た。
「おはようございます小倉様。それとも先生の方がいいですか?」
「おう、先生で頼む」
有村リリは丁寧にお辞儀をして挨拶をする。それを片手を挙げながら返すと、彼女の目の下にあるクマがいつもより大きい気がした。
良い機会だと思い聞くことにする。
「そういえば今日は何かあるのか?」
「今日ですか? いえ、特に何もなかったと記憶しています」
「そうか。じゃあちゃんと寝れたか?」
「ええ、しっかりと睡眠時間を取りました」
あれれ? おかしいぞ?
彼女の目の下にあるクマの謎が深まる。絶対に夜更かしをしているはずだと思っているのに。
頭の上にハテナマークを浮かべていると、疑問は彼女から晴らしてくれた。
「今日は二時間も寝れましたので」
「さてはお前馬鹿だな」
「ひゃうっ」
持っていた名簿で有村の頭を叩いた。可愛い悲鳴を上げながら頭を手で抑えている。その表情は何で叩かれたのか分かっていないみたいだった。
目の下にあるクマの原因を突き止めたのはいいが、呆れて溜め息が出てしまう。
「お前、睡眠時間短過ぎるだろ」
「いつもは一時間ですが?」
「死ぬぞ。マジで」
———重症だった。
頭の病院に行くべきだと勧めたいが、彼女は首を横に振って否定した。
「夜は深夜アニメとゲームで忙しいので」
「まさかのオタクかよ!?」
「今日も家に帰ったらレベリングの作業。同時にアニメ鑑賞を行い全てのゲームのノルマをクリアします」
「しかもガチかよ!」
着物が似合う和の美少女(目の下のクマが台無しにしている)のイメージとは全く合わない趣味を持っていた。悪いとは言わないが限度を超えている。睡眠時間を削るどころか、最終的に命も削っている。
ニヤけた顔でゲームとアニメの話をし始める彼女の顔は喜々としていた。落ち着くようになだめるのにも苦労する。
「ふぅ……小倉先生だと気が緩んでしまいますね。でも私の心まで自由にさせません! だって私の全ては春町様の物ですから……きゃっ」
「きゃっ、じゃねぇよ。ぶん殴って眠る手伝いでもしてやろうか」
疲れた顔で額に手を置く。それだけ元気があるなら体調は大丈夫のだろう。
っと授業が始める時間までに行かないと。
「悪いが俺は話についていけねぇ。その有り余った元気は友達にでもぶつけてくれ」
「……そうですね」
教室に向かおうとする足が止まってしまう。先程とは違い元気のない返事だったからだ。
後頭部を掻きながら有村に尋ねる。
「やっぱりこっちの学校は上手く行っていないのか」
「元々第参高校の身ですから…仕方のないことです」
第壱高校と第弐高校が仲良くする以前に他の高校とは仲が良くないことは当たり前のことだった。
お互いに夜戦で戦い合い、殴り合い、分かり合えることができるのはほんの一部だけだろう。
特にあの夜戦で第弐高校は一番の被害に遭った。第壱高校どころか第参高校と仲良くはしないだろう。表面上で仲良く同盟を組んでも、内心は違うのだ。
「仕方ない、か」
「はい。それに優しい方々が多いと思います。まだ手を出されていないので」
ぎこちない笑みに何て言葉をかければいいのか迷う。教師ならどんなアドバイスを言うだろうか。
少し考えた後、俺は有村の背中をポンと優しく叩いた。
「友達なら俺たちも居るだろ」
「っ……先生」
「先生として言えることは分からん。でも俺として言うならもう少し頑張ってみろ。それで駄目なら友達の俺が慰めてやるよ」
片目を閉じてウインクすると有村は口元を抑えて笑い出す。表情は嬉しそうだった。
笑い終えると彼女は丁寧にお辞儀をして笑顔を見せる。
「はい先生。でもその時は春町様に慰めて貰います」
「生意気な…」
最後までブレない有村に、何故か安心してしまった。
#
今日は軍学生に問題を多く解かせる授業だった。復習という建前で前の授業の理解度を完璧にすると言ったが、実際は次に進んで上手く話せるか自信が無かった。優香の存在がどれだけ大きかったのか実感していると、前の席に座っていた生徒が話しかけて来た。
「先生って本当に強いんですか?」
出された問題を解き終わったのかニコニコと笑みを見せながら聞いてくる男子。周りの軍学生も気になるようで耳を傾けていた。
なんと答えるべきかと考えたが、鹿野に頼まれたことを思い出し利用することにした。
「今ここでお前らに殴りかかれたら死ぬだろうな。弱いに決まっているだろ」
「でも先輩が先生は強いって言ってるんだぜ? 嘘じゃないんですか?」
「それなら———試してみるか?」
ざわざわと周りが教室が騒がしくなる。男子軍学生は驚いた顔をした後、期待に満ちた瞳で立ち上がった。
「もしかして!?」
「ただし条件がある」
興奮する軍学生に人差し指を立てて静止させる。チョークを持つと黒板に『ハカタ祇園山笠』と書いた。
「このイベントは知ってるだろ? その参加を協力して欲しいと思ってな」
「えっと、女の子は違いますよね先生?」
女子生徒が手を挙げながら笑うが、俺は首を横に振った。
「いや、実力があるなら選出しようと思っている」
すると女子軍学生から敵意の様な視線が送られてきた。当然の反応だなと心の中で思う。
『ハカタ祇園山笠』では軍服の着用を禁止している。力のある男が参加する方が有利なのは明白。
誤解を解くように手と首を横に振る。
「別に強制じゃない。実力を見て選出候補に入れるだけだ」
敵意の視線が弱まるが、竹志はボソリと呟いてしまう。
「まぁこっちは生徒会長という権力を振りかざせるけど」
(((汚ねぇ!!)))
お前らに拒否権はない!と言っているのと同じだった。
それを黙って見ている奴はいない。すぐに反対の声は出された。
「汚いぞ兄貴ぃ!!」
「今日の晩飯、肉を買って来てやる」
「いいぞもっとやれ!」
悪い顔をする竹志に駄目な弟は便乗する。クラスから白い目を向けられる二人に、一人の女子軍学生が抗議する。
「反対です」
彼女は凛とした声で否定した。
短い茶髪に赤いカチューシャを付けた活発そうな女子軍学生に見えるが違うようだ。
世志と同じくらいの身長だ。女の子の中では高い身長だが、彼女は俺の前まで来ると少し見上げるように反対する。
「『ハカタ祇園山笠』は毎年参加者は女の子はいません。力の強い男子の参加が一番良い選出だと思います」
彼女の名前を俺はよく知っている。何故なら———
「鹿野の言う通り、祭りに女の子が参加したことはないのは確かだ。軍服が着れないなら男子に任せるのが良いのも分かる」
———生徒会長、鹿野 吹雪の『妹』だからだ。
名前は鹿野 夏希。クラス代表を務め学年序列は一位。学業も優秀と来た。
まさに鹿野の妹。生徒会長の妹だと恥じない結果を残している。
「ならばそうするべきです。選出数は三十名、学校内の男だけで腕相撲大会を開いた方がよっぽど良いと思います」
真面目な委員長というか何というか。どこかのリーダーに居そうなタイプの人間だ。
自分に取って少し苦手な生徒だった。間違えがあればすぐに指摘して注意。敵を作る物言いに少し不安を持っていた。
「悪いが断る。女の子からも俺は選出するつもりだ」
「なっ!?」
驚いた表情で俺を睨み付ける。正しく納得のいく説明で俺を論破したつもりだが、軍学生は常識に当てはまらないんだよ。
「鹿野。お前はこう言いたいわけだ。『力の無い女の子より、力のある男の子の方が強い』と。だから男子を祭に参加させるべきだと」
「分かっているのなら———!」
「分かっていないのはお前だよお前」
溜め息をつきながら呆れる。馬鹿にした態度に夏希は手を握り絞めて怒りを抑える。
兄の方も手を焼いたが、妹の方も手を焼きそうだ。だが間違いを正すのは教師の仕事だと学んでいる。
良い事をすれば褒めて、悪い事をすれば叱る。教育の基礎中の基礎だ。
「グラウンドに出ようか。軍服は着たままでいいからよ」
クイクイと指を曲げて挑発した。
教師として失格な態度だが、元軍学生として失格な態度だけは教えたくない。
———ここからは俺の特別授業だ。
#
スーツの上着を脱ぎ捨ててネクタイを緩める。休憩する椅子に荷物を置き準備運動を始めた。
第弐高校の敷地は広大で、様々な戦闘訓練を行う為に三つもグラウンドがある。ちなみに第壱高校のグラウンドの数は十個だから敷地は更に大きい。第参高校が一番小さいはずだ。その分、設備は充実しているが。
そんな知識を思い出しながら後ろを向くと軍学生たちは準備万端。いつでも行けると自信満々な表情をしていた。
「さてと、鹿野。今から証明するから見ていろ」
「……何をですか?」
「決まっているだろ。力の差なんて関係無いことだ」
準備運動を終えた竹志は構える。そして右手でクイクイッと教室で挑発したように軍学生たちに向ける。
「———よしお前ら、本気で来い」
低い声で告げられた瞬間、生徒たちに緊張が走った。
雰囲気がガラリと切り替わる。教室で教えている先生と同一人物だと思わない程に。
呆気に取られていた夏希はハッと我に返る。引きつった表情で笑っていた。
「じょ、冗談はやめてください。軍学生と戦った話は私も聞いています。ですが武器も無しに真正面からなど……」
「ゴチャゴチャうるせぇぞ。本気で来ないとお前らが怪我するぞ」
竹志は風を切る音を鳴らしながら虚空にパンチする。戦闘態勢に入っている先生を見た男子生徒はニヤりと口端を吊り上げた。
「先生! 俺から行きますよ!」
「おう」
生徒の大声に軽く返事をする———次の瞬間には生徒との距離がゼロになった。
【瞬速】を使い距離を一気に詰めたのだ。不意打ちに近い体当たり攻撃を仕掛けた。
一般人がまともに受ければ骨を折る大怪我をするだろう。しかし竹志は、
「単純だ」
左腕で軍学生の肩に手を置きそのまま後ろに受け流す。右横に避けて同時に軍学生の足を払った。
勢いを殺すことができなくなった男子軍学生は土煙を上げながら派手に転ぶ。相手を倒す勢いは自分の体を傷つける凶器と変わり果てていた。
その光景に軍学生は唖然とする。開いた口が塞がらないでいた。
「嘘、だろ……」
「だが体当たりという判断は悪くない。まぁ相手と状況を見極めないと今みたいに自分が痛い目を見るから気をつけろ」
攻撃を流された軍学生は倒れたまま驚愕していた。助言を与えながら平気な顔をして立つ男を信じられないと自分の目を疑っていた。
「次来いよ。怖いなら全員で来れば良い」
強気の挑発に軍学生たちは思わず一歩距離を取ってしまう。嘘でもハッタリでもない。本気で迎え撃つ気なのだ。
誰がどう見ても圧倒的有利な立場に見えるのに、心情は違う。竹志の軍学生を受け流した瞬間に考えは変わったのだ。
「行くしかねぇだろ!」
「ああ、やってやる!」
次に攻撃を仕掛けたのは二人の男子軍学生。【瞬速】で距離を詰めるのではなく、軍服で身体を強化した疾走を見せた。
最初の失敗を見ていた二人は【瞬速】が通じないと考えた。そこで速い走りで竹志の周りを囲むように翻弄して叩く作戦を決めた。
土煙を上げて走る二人の軍学生に竹志は一歩も動かない。目をキョロキョロと忙しく動かしているだけだった。
「「———ッ!!」」
息の合った二人の攻撃。前と後ろから同時に攻撃を仕掛けて来た。
【瞬速】を使わないのは竹志に受け流されない為だけじゃなく、確実に一発の攻撃を入れようとしているからだ。仲間との衝突を防ぐ手立てにもなっており、竹志は二人を称賛する。
だが———それでも詰めが甘い。
「ふっ!」
息を吐きながら腕を交差して二人の腕を掴む。前から来た軍学生には右手で、後ろから来た軍学生は左手で捕まえる。
【瞬速】の勢いではない為、容易に掴めてしまった。
二人の走る勢いを利用して腕に力一杯振り絞った。
「こおおおおんのおおおおお!!」
雄叫びを上げながらそのまま攻撃を仕掛けた二人を地面に叩き付けてやる。衝撃は強く軍学生の二人は肺から空気が押し出されて倒れたまま何度も咳き込む。
もはや偶然とは言い切れない。竹志の力は本物だということに全員が納得する。
「ふぅ……力の差なんて関係ないだろ? ……最後は結構力入れたけど」
呼吸を整えながら夏希の方を向く。彼女は驚いた顔のまま聞いていた。
「圧倒的な力も能力もない『ハカタ祇園山笠』で大事な事は純粋な力じゃない。力を負かす『技』だ」
「技、ですか……」
夏希が繰り返すように呟く。肯定するように頷くと説明を続けた。
「もちろんチームの連携も大切だ。だけど個々の身体技術も重要なんだよ」
「ですが、それのどこが関係あるのですか! 技は女子だけじゃなく男子でも覚えることができます!」
「そうだな。でも技に関してはセンスが問われるんだよ」
竹志は倒れた軍学生に手を差し伸べながら更に説明する。
「そのズバ抜けたセンスを持っているのが華道だ。知ってるだろ? 俺のことを知っているなら」
「……話は聞いています。彼女もまた強い方だと」
「あんなホワホワした雰囲気を出しているが、アイツなら今の俺より強いだろうな」
元頂点と元序列三位の驚く事実に軍学生たちは不思議な顔をする。
「一対一の戦い、その駆け引きなら絶対に俺は勝てないだろうな」
「兄貴より強いのかよ…」
「ああ、現役なら結果は違うだろうがな!」
顔色を悪くする世志に竹志は笑う。負けず嫌いな部分を少し見せた兄に世志は溜め息をついた。
「それだけ技が大事だって言いたいのか?」
「ああ、夜戦でも戦略の駆け引きは大事だろ?」
兄の問いかけに世志はしっかりと考えた後、頷いた。
「分かった。兄貴、ワンチャン参加してもいいか?」
「むしろ参加して欲しいと思っている。容赦無く指導できるからな…」
「うわーノーチャンだわ…」
それでも参加することを決定する世志。友達も一緒に参加することを決定していた。
波紋のように参加する人数は増える。そして男子全員が参加することを決定した。
「女子はどうする? このまま全員、女の子が選出すればクラスで『ハカタ祇園山笠』に参加することになるぜ」
「そんなことができるんですか!?」
「一校から二チームの参加が認められている。別に一チームが俺たちでも構わないはずだ。生徒会長の権力もあるしな」
女子軍学生の質問に笑って答えると、女子からも参加の声が聞こえて来た。
男子と同じようにすぐに参加人数は増えて、夏希以外の軍学生の参加が決定した。
「どうする鹿野? あとはお前だけだぜ?」
手を伸ばして夏希に握手を求めようとする。クラスの皆が見守る中、彼女は手を伸ばす。
しかし、夏希の目は怒りに染まっていた。
パチン———手を叩く音が響き渡る。
握手を求めた手は叩かれ、拒絶された。
敵意を剥き出しにした彼女は生徒会長の兄である彼とは違う。
「———私には、やることがあるので」
冷たい声で言い放ち、彼女は校舎の中へと帰って行った。
竹志は拒絶された自分の手を見る。赤く腫れた手は、嫌われた理由を語ってはくれない。
軍学生たちから心配される。弟の世志でも不安になっていた。
「あ、兄貴……あのさ」
「おかしい。トイレに行った後はちゃんと手を洗っているぞ俺は」
「兄貴ぃ…」
———何故か弟は失望して涙を流していた。




