四人の絆
夜々月の部下がテロリストの遺体を回収。情報屋の中で最も強力な五右衛門と一緒に調べる準備に取り掛かった。その為近くの区域は立ち入り禁止。通行止めと侵入を規制されていた。
一般人として俺たちも扱われ退場するのだが、小笠原だけは捜査協力という名目で立ち入りの許可。小笠原も加わり事件を調査した。
小一時間程の捜査を終えた後「後は風紀委員たちに任せよう」と意外と早く帰って来た。
そして普通なら帰宅するのだが———駅の方角に足を進めることは無かった。
事件のせいで近隣の店などは閉店するのだが、一店だけ特別だった。その特別の店に俺たちは居た。
「娘を助けてくれてありがとう!」
「いや僕は何も…」
板前の男性が小笠原の手を握り何度も握手をする。気まずそうに顔を逸らすが、そこには割烹着を着た女性が何度もお礼の言葉を言っていた。
彼らは居酒屋———アリアリ屋の……というか簡単に言うと有村の両親だ。
小笠原の隣でもじもじと恥ずかしそうに小笠原を紹介している有村。両親は「良い男を連れて来た!」「さすがウチの看板娘ね!」とか褒めている。
明るいな有村の家族。目の下にクマがあるからちょっと暗いイメージをしていたのに全然違うからビックリする。
「君たちもありがとう! 今日はお金なんて気にせず食べなさい!」
「ありがとうございます!」
感謝の言葉と同時に勢い良く食べ始める。テーブルには豪華な食事が並べられていた。
魚介類の刺身、山盛りに積まれた天ぷら、串に刺した大きな肉。
誕生日が五月の初旬と早いので二十歳。よってお酒を片手に———することなくビールなど無視して食らい付いた。
隣で酎ハイを飲んでいる優香は俺の食いっぷりに少し引いていた。
「タケって日頃からそんなに食べてないの? 今日の昼もいっぱい食べたよね?」
「これから生きていく為の貯金さ」
「今から冬眠でもするのタケは…」
帰っても冷蔵庫の中には何もないから。ここで詰めれるだけ詰める。
「あっ、タッパーに詰めて世志のお土産にしようかな」
「やめて。本当にやめて」
バッグの中からタッパーを取り出そうとする竹志を全力で止める優香。みっともない真似だけはして欲しくなかった。
「タケ君タケ君、お持ち帰りセットってメニューにあるよ」
オレンジジュースを片手にメニューを渡そうとする愛理。しかし、俺は首を横に振った。
「いいか華道。金は使わないで持って帰りたいんだよ」
「違うよー、おがちゃんが囲まれている内に……ね?」
「……なるほどな」
スッとテーブルの下から伝票を取り出す愛理。邪悪な笑みを見せる彼女に俺も邪悪な笑みを見せる。
店主はこの食事にお金を気にするなと言った。だがお持ち帰りセットは別のはず。なら小笠原に払わせれば問題はない。
「駄目に決まっているでしょ!」
「ごふっ」
ビシッと頭を叩かれて伝票を落とす。優香が急いで伝票を没収して後ろに隠した。
その程度で諦めるわけはない。脅しや人質を使ってもその伝票を貰おうとする。
「世志は今頃もやし丼を食べているだろうなぁ…可哀想なアイツの為に豪華な食べ物を持って帰ってあげたいなぁ」
「いや自分の金で払いなさいよ…」
「馬鹿、俺の財布は有村に取られたまま———というか財布返せ!?」
「気付くの遅いわよ!?」
ハッと自分の財布が有村に奪われたままなことに気付く。有村は微妙な表情で財布を素直に返す。
「あの…小倉様。今日はその…本当に気にしないでください。良ければ何かお持ち帰りに…」
「……………財布を見たのか」
目を逸らしながらボソボソと呟く有村に竹志の表情が暗くなる。有村がゆっくりと頷くのを確認すると竹志も目を逸らしながら財布を服の中に直した。
「気にするな。世の中、マジでこういう人間が居ること胸のどこかに刻んでおけ」
「は、はい…」
「待って。ねぇ待ってタケ」
話を終わろうとすると優香が割り込んで来た。何?と不思議な顔をすると優香は俺の服を掴みだす。
「財布、見せてよ」
「何で? 嫌だよ」
「気になるっちゃけど!? 財布を見たらどうして有村さんがあんな申し訳なさそうな表情になると!?」
グイグイと服を引っ張る優香に竹志は首を振って拒否する。
「馬鹿野郎! 見て後悔している奴が居るなら見ない方が良いに決まっているだろ!」
「気になる! 何が入っているの!? 言ったら諦めるから!」
「小銭とレシート、それからキャッシュカードにポイントカード……………そ、それくらいだ!」
「絶対に嘘! いいから見せなさい!」
「話が違うだろぉ!!」
優香が本格的に力をグッと入れ始めて俺を押し倒して来た。座敷の座布団の上に横たわり、優香の両腕を掴む。
男と女の力の差なんて明白。勝てるわけがないだろ!と余裕ぶっていると、
「愛理! タケの財布を取って!」
「卑怯者————!!」
仲間を呼ぶ行為に竹志は本気で抵抗する。
笑顔で愛理が俺の体を抑えようとする。女の子の体には無暗に触れることができず苦戦。下手をすれば犯罪者になるので更に苦戦を強いられる。
形勢不利な状況に財布だけは死守しようとする。優香と愛理が俺の手を握り絞めて財布から手を放そうとする。
「放せぇ!!」
「放しなさい!」
「放してタケ君!」
最後は財布だけがスルリと手の中を抜けて座敷の床に落ちる。それを手で追いかけようとする優香と愛理だが、俺の腕や足に手を滑らせて態勢を崩して転んでしまう。
そのまま真下に居る俺にめがけて倒れるのだが———それが不味かった。
「きゃっ!」
「わぁっ!」
「うぐぅ!?」
可愛い悲鳴を上げる二人。その瞬間、柔らかい何かに包まれた。
優香の控えめでも確かにある胸が顔に当たり、愛理の手よりも大きい双峰が手に挟まっていた。
そんな状況に俺は赤面———することなく真っ青になっていた。
胸やお尻の感触が手や顔に伝わっているが、そんなことよりも大変なことになっていた。
「た、タケ!? だ、大丈夫———ばないかも!?」
「大変! タケ君のお腹が…」
同時に優香の足と愛理の肘が俺の腹に乗っかっていた。
やや勢いのある踏みに悶絶していたのだ。
思わぬ渾身の一撃。竹志はそれでもグッと親指を立てる。
「財布はっ…見る、なっ……!」
———その場で力尽きながら。
沈む友を見ていた小笠原は苦笑い。何故か友が一人逝っていたのだ。財布を見せるか否かで。
「ちょっと目を離しただけで…さすが小倉君かな」
「いつも、こんな感じですか?」
「そうだね。有村さんも、楽しい仲間を第弐高校でも見つけれるといいね」
小笠原はやれやれと呆れつつも笑った。有村は少し驚いた表情になるが、しっかりと頷いた。
ちなみに———その後、全員で財布の中を見た。
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「夜戦が始まる前には全員帰れそうだな」
アリアリ屋で満喫した俺たちは帰路につく。時計を確認しながら歩いているが、三人に元気はない。
財布の中を見てからずっとこの状態だった。酒を飲みながら何度話しかけても微笑むだけ。料理は俺を優先して食べさせるし、何か可哀想な奴を慰めている感じだった。
「タケ、帰りの電車賃」
「いらないから。歩いて帰っても間に合うから」
「タケ君、これタクシー代」
「だからいらないって」
「小倉君、明日の夜もよければ僕が奢るから」
「だあああああああ!!」
突然の優しさに全身が痒くなる。頭をグシャグシャに掻きながら大声を出す。
「だから言ったじゃん! 見るなって!」
「だって本当に…もやしだけしか買っていないとは思わなかったから」
優香が同情の眼差しで俺を見ていた。ウルウルと涙を溜めて、顔を逸らす。
竹志の財布の中はもやしと記載されたレシートの山。凄い事にもやしのレシートしかなかった。唯一、一枚だけハンバーガーのレシートは見つけることができたが、あとはもやし祭。
小銭は百四十二円。沢山のスタンプが押されたポイントカードは綺麗な状態で大切にしていることが分かる。
どれだけ彼が生活に苦しんで、必死に節約しているのかを思い知る財布だった。
「八百屋さんとか行ってるから! 肉屋も賞味期限切れが近い肉を安く売って貰ったりもしているから! 魚屋は何もくれないけど!」
「大丈夫! 今日から私たちが養ってあげるから!」
「マジな目で言うのやめろ華道! いいから! 本当に極限的にヤバくなっても借金するだけで済むから!」
「借金なんてしなくていいよ小倉君。全部、僕らが何とかする!」
「コイツらめんどくせえええええェェェ!!」
財布を見ただけでこの掌返しである。態度の改まり方が半端じゃない。
額を手で抑えながら一度息を吐く。そして竹志は微笑みながらお礼の言葉を告げる。
「ありがとよ。でも良いんだ。それでも世志と一緒に楽しく生活してる。大家さんに助けられているしな。それに———この生活は弟との約束だからな」
約束という言葉に優香たちは顔を合わせるが分からない。初めて聞くことだった。
「俺は《フクオカ》の頂点だった男だぜ。引退しても金は腐る程持っていてもおかしくないだろ?」
「それは僕も気になっていた。何か大きなことに使ったと思ったんだけど…」
「ああ、使った」
次の瞬間、竹志の言葉を理解するのに時間が掛かった。
「———千億で俺と世志の身分の安全保障を買った」
桁違いの額に三人の表情が凍り付いた。
笑い話のように話す竹志を信じられない顔で見ていた。今更何を言われても驚かないと思っていたのに、驚かされた。
「序列の上位者は国どころか世界すら圧倒できる。国が欲しがるのは当然だ」
「待って。そんなことは初耳だよ。卒業した軍学生に力は残っていないのに———まさか!?」
自分で言っていて気付く。竹志の能力は身体強化を無限に重ねることができる【限界突破】。
軍服を脱ぎ捨てている今でも身体には影響が出ている。軍学生と渡り合える程に。
「特別だったんだろうな。手放したくないと思った政府は俺を買おうとしていた。最悪なことに唯一の家族である弟の世志にまで人質にしたこともあった」
「……その千億はどうやって稼いだの?」
優香の質問に竹志は簡潔に答える。
「軍学生の時に得た報酬じゃ圧倒的に足りなかった。片っ端から金になる依頼を受けたけど、まだ足りなかった」
そして竹志は後悔するように呟いた。
「———最後は自分の血液とDNAを他国に売って金を作った」
その言葉に優香は驚愕するが、愛理と小笠原は更に驚いていた。
「本気で言っているのかい!?」
「その後は夜々月が潰してくれている。証拠は残っていない」
「なんて危ない橋を渡って……正気じゃないよ…!」
《フクオカ》の軍学生が絶対にしてはいけないことだった。国の情報を売ることはもちろん、軍服や自分の細胞や血液を売る行為は死罪。絶対に許されない行為なのだ。
更に軍服や血液を受け取った者の殺害は当然。国すら半壊、全滅させる大事件に発展したこともある。
「このことは?」
「夜々月とお前らだけだ」
「分かった。他言しないから。僕たち以外にはもう言わないで」
「ああ、すまん」
眼鏡を触りながら息つく小笠原。彼の焦りがどれだけ不味いことだったのか優香は理解する。
愛理も竹志の手を握りながら絶対に言わないと約束している。竹志は笑いながら礼を言っていた。
危ないことをしているのは今に始まったことではない。優香は気持ちを切り替えて竹志と向き合う。
「……やっぱり弟思いだね」
「当たり前だ。約束を破る兄貴はもうごめんだ」
優香の微笑みに竹志も笑って返す。
安心した表情をしていることに気付くと、竹志は恥ずかしそうに後頭部を掻く。
「ったく、お前らが相手だとベラベラ過去のことを喋ってしまって最悪だぜ」
「ツンデレかな? 小倉君は僕達に心を開いているんだよ」
「はいはいそうですねー」
竹志の投げやりな態度でも赤くした顔でニヤけているのを、三人は見逃さなかった。




