地下街
『ハカタ祇園山笠』の手伝いが決定し、食堂をタダで利用して満喫した後の帰り道。
小笠原がふと思い付いたことを提案して来た。
「地下街に寄らない? 結局、お昼ご飯は奢れなかったから夕飯は御馳走するよ」
「行こうか。柳と華道が行かなくても俺は行くから」
「アタシも行くわよ」
「私も!」
地下街とは《ハカタ》区画の地下にある繁華街のことでもう一つの《ハカタ》として知られる場所のこと。
造られた当時、軍学生が利用する街だったため、学生の財布に優しい飲食店、勉強などの役に立つ物が多く揃う店などが目立つが、今では一般人も利用できるので人気のある場所だ。
更に夜戦や私闘が禁止された区画の為、安全である。当然、格安ホテルもあるということだ。夜戦が始まる二十時を過ぎても地下街に居れば上に居るより何倍も安全が保障されるのだ。
《カイヅカ》駅から《ハカタ》駅まで電車で移動し、駅の地下から地下街へと目指す。エレベーターでずっと真下へと降りて行く。
「久しぶりに来たな」
「僕も久々かな」
小笠原と一緒にエレベーターから同時に出ると広大な空間が広がっていた。夜の街を切り取ったかのような雰囲気に包まれ、ビルが天井に届くか届かないかまであるので高いと分かる。
地下でも息苦しくないのは第弐高校の空調設備のおかげ。これだけ馬鹿デカイ街が地下にあるとは事情を知らない者がこれを見れば驚くのは間違いない。自分も最初見た時は酷く驚いたからだ。
「相変わらず広いわね」
「人も多いね」
優香と愛理が後ろからついて来る。第壱高校から第四高校までの軍学生が見える。軍服を着ているが、戦う様子は全く見せない。この街をのんびりと楽しんでいるように見えた。
談笑する学生たちに平和を感じていると、小笠原が奥の方へと歩き出す。目的地はこっちのようだ。
「春町様、どこのお店なのですか?」
「ちょっと有名な居酒屋。小倉君と優香さんは二十歳だから飲めるけど、僕達は凄く美味しいと有名な梅の———ん?」
バッと一同は勢い良く振り返る。
そこには微笑んだ有村 リリの姿があった。
「な、何でいるのかな?」
「春町様とは赤い糸で繋がっているので……きゃっ」
「きゃっ、じゃねぇよ。僕でも引くぞこれは…」
後を付けて来たことに青ざめた顔で小笠原が一歩後ろに下がる。頬を赤くした有村に俺も怖いと思っているが、
「誤解です春町様! 私の経営する居酒屋が地下街にあるのです!」
そう言えば居酒屋を営んでいるって話をしていたな。
有村は誇らしげに慎ましい胸を張りながら店を紹介する。
「アリアリ屋ですっ。繁盛しているのでこの辺りでは有名ですよ」
「何という安直なネーミングセンス」
恥ずかしい。自分の店がもしコクコクとかだったら嫌だもん。タケタケでも嫌だ。
その店の紹介に鼻で笑っていると、小笠原が両手で顔を隠した。おいおい、第弐高校に行くことが決まった時と同じような光景を俺は見ているぞ。まさかと思うが…!?
「僕はなんてゴミ野郎だ…!」
「今回お前のメンタルボコボコだな!?」
小笠原の紹介する店は有村が経営する店だったようだ。何という偶然。奇跡と言うと小笠原が悲しむので口を閉じる。
俺たちは「今日はやめてもいいぞ」「もう他の場所に行こ?」「大丈夫! 明日は良い事あるから!」とそれぞれ励ましの言葉を送るが、有村は違う。
「まさか!? もう両親への挨拶!?」
「空気読めよ! お願い小笠原の気持ちを察して!」
必死の言葉に有村は状況を見て考えてくれる。そして彼女は気付くのだ。
「指輪は無くても、私は気にしないですよ…?」
「お金あげるからもう黙れ!」
自分の財布を有村に叩き付け渡す。メンタルブレイクされた奴のメンタルをブレイクするとか、小笠原の身が耐えれないよ!
財布を受け取った有村は竹志の顔を見てハッと気付く。
「今日のお会計ですね! 先に準備して置きますのでゆっくり来てくださいね!」
「鬼畜野郎—————!!」
財布を持ち逃げされた。有村の姿が小さくなるのを絶望しながら見ていた。勢いだけでとんでもないことをしてしまった。
涙をボロボロと流しながら財布を叩きつけたことを後悔していると、笑い声が聞こえた。
「最高や! 後輩にやられる最強……傑作やないかい!」
苛立つ笑い声の正体は五右衛門。古びた茶色のコートに下駄を履いた男。若さを見させない無精な髭面に竹志たちは心底嫌な顔をした。
「小笠原、財布が来たぞ。挟み撃ちにしてやるぞ」
「待てや!? 戦闘禁止うんぬんの前に犯罪やで!?」
竹志の言葉に笑みを消す五右衛門。焦る相手に小笠原は冷静に返す。
「バレなければ犯罪にならないよ」
「怖っ!?」
今までの鬱憤を晴らすかのように小笠原は拳を握り絞めて五右衛門へと殴りかかる。参加しようと五右衛門と距離を詰めようとした時、背後から殺気を感じ取った。
「柳バリア!」
「えぇ!?」
優香の腕を掴み移動させて盾にする。驚く優香にぼふっと何かが当たる。
「むぐぅ、腕を上げましたね…」
「えっと、夜々月さん?」
前から抱き付いているのは十二時 夜々月だった。小さい体のせいで子どもかと勘違いしてしまいそうだった。
後ろに居た竹志はドヤ顔で回避したことを誇っていた。人を盾にしたことに優香は不満なようで、頬を膨らませながらジト目で竹志の顔を見る。
「アタシのこと、守るんじゃなかった?」
「馬鹿っ、ここで使うのはノーカンだろ…」
「あの時のタケはカッコ良かったのになぁ」
「ああもう! 分かったごめんって! 俺が悪かったです!」
前に言ったことを掘り返された竹志は顔を赤くして参ったと降参する。優香は意地悪気な笑みを見せて満足していた。
そんな二人のやり取りに置いて行かれた夜々月はショックを受けたかのような顔で首を横に振っていた。
「何私抜きでラブラブしているんですか先輩…」
「し、してねぇよ!」
「ホラ動揺してるじゃないですか! 照れを誤魔化していますよね! このムッツリスケベ!」
「て、テメェ…!」
青筋を立てる竹志に夜々月は構わず次々と悪口を投げつける。怒鳴り声を上げようとした時、ちょうど小笠原が介入して来た。
「小倉君は悪くない。悪いのは———世界さ」
「お前は五右衛門を殴って何を得た? いや、何を失った?」
スッキリした表情で言われても意味が分からない。友人の頭のネジが二、三本飛んでいた。夜々月も「何を言っているんですかこの眼鏡…」と戦慄している。
「ふぅいー、軍服が無かったら死んでいたでホンマ…」
汗を拭きながら五右衛門は疲れた様に言うが、何をどうすればウチの頭の良い友人が壊れるのか理解できない。
というかそもそもこの二人は何故一緒に居る? 風紀委員と情報屋が共に行動するのは不穏としか思えない。そもそも夜々月は男嫌いなはずだ。
「実は警備巡回中に怪しいゴミのようなゴミが居たので話を聞いていたんですが、先輩を見かけまして」
「ちょい待てや」
間違ってはないが酷い扱いに五右衛門は泣きそうな顔になる。必死に弁明しようとするが夜々月の性格上、本当のことを言っても聞いてくれなくて困っている。
「五右衛門は何? 闇の取引的な何か?」
「違う言うとるやろ!? 情報屋として仕事してたんや!」
「何の情報だよ。この街に何かあるのかよ」
その質問に表情を強張らせたのは夜々月だった。
「最近、地下街で軍学生が襲われる事件が多発しています」
「……本当か?」
五右衛門の顔を見ると頷いて首肯した。探っていた情報はこのことだと判明する。
周りを何度も見た後、夜々月は俺たちだけに聞こえる声で説明する。
「奇跡的に死者はまだ出ていませんが意識不明の重体は何人か出ています。死者が出る前に風紀委員を総動員して捜索に当たっていますが…」
「部下である風紀委員は信用できへん。第壱高校と第弐高校の夜戦で不正があったからな」
五右衛門の手厳しい発言に夜々月は舌打ちする。わざわざ最高責任者がここに出て来るほどあの夜戦は大事だったのだろう。
言いにくいことをバッサリと言い切った。それでも五右衛門は夜々月に笑顔を見せながら右手を差し出す。
「ま、目的が同じなら協力しまへんか?」
「ご冗談を。あなたを殺してでも断りますよ」
「そこは死んでも断るの方が…いや、もうええわ」
五右衛門は夜々月と仲良くすることを諦めた。苦笑いで様子を見守っていると、何か重大なことを忘れているような気がした。
「先輩も気を付けてください。怪しい人の目撃情報がいくつか本部に来ています。襲われないように十分注意してください」
夜々月は俺の頬を突きながら注意するが、それが邪魔で何を忘れているのか思考できない。すっげぇ邪魔。
「小倉君」
「ん? どうした?」
顔色を悪くした小笠原が俺の肩に手を置く。そして忘れていることを告げるのだ。
「有村さん、危なくない?」
「……………」
数秒の静寂が続き———俺と小笠原は同時に走り始めた。
「タケ!?」
「なんやなんや!? 急にどうしたんや!?」
優香と五右衛門の驚く声を後ろから聞こえながらも走るのをやめない。
人混みの中を駆け抜けながら叫ぶ。何度もどけどけと声を荒げながら爆走していた。
「店はどこだ!?」
「この先の大通りに沿って曲がれば店の正面まで辿り着けるけど、裏道に入れば近道だから、彼女はきっと…!」
「クソがぁ!」
自分の家に帰るなら近道を使うのは当然。慣れているのなら警戒心など全くないだろう。
薄暗い裏道を小笠原と一緒に入る。廃棄物の異臭に鼻を抑えるが、この場所は人を襲うなら最適な場所だと分かる。一般人が迷い込もうとは思わない道だからだ。
小笠原に案内されながら道を走り抜けると、そこには有村の姿があった。
「春町様? そんなに慌ててどうされたのですか?」
彼女の足元には複数の男たちが横たわっていた。彼女の制服は少し汚れているが無事だった。
既に襲撃者を迎撃済みなら何も言わないだろう。だが敵は軍学生じゃないことが分かると、二人は同時に叫んだ。
「テロだぁ!! ソイツらから離れろぉ!」
「駄目だ有村さん! 逃げるんだ!」
有村が声に驚き体を引こうとするも、追い詰められた悪党は笑う。服の中に隠していた黒い物を取り出し何かをしようとしていた。
それが爆弾の類なのは明確。至近距離での爆発は軍服を着ている学生でも大怪我は間違いない。
「———は?」
その時、倒れていた男の笑みが消えた。右手で握り絞めていた爆薬物がなかったからだ。
それどころか右腕が無い。肘から上が切断されていること気付くと激痛が襲い掛かって来た。血が噴き出しパニックに陥る。
しかし、叫ぼうとするが声が出ない。喉にも痛みを感じるが、何が起きているのか理解できなかった。
「残念ですがここは最強の国で、最強の軍隊が集まる街です。悪事を働く密入国者は断じて風紀委員が許しません」
有村の目の前には夜々月が立っていた。彼女の手には血塗られたナイフが握られていた。
風紀委員最強の夜々月は襲撃者を見下す。彼女の攻撃の刃が全く見えなかったことに戦慄していた。
倒れていた襲撃者たちはやがて動かなくなる。彼女は人の命を尽きる瞬間を最後まで見届けていた。
まるで瞬間移動でもしたかのような現れ方に有村は顔を真っ青にするが、竹志と小笠原は安堵の息をついた。
「な、ナイスだ夜々月。あー、心臓止まるかと思ったぞ」
「本当だよ…礼として爆弾処理は任せて」
息を吐きながら竹志はその場に座り込み、小笠原は男の手がついた物体を触り出す。それが爆弾だと分かると解体し始めた。
「そうだ、柳を止めて来る。さすがに見せれないからな」
「ここまで来たから店に入って待ってて。もちろん表から」
「おう」
返答しながら竹志は立ち上がると来た道を引き返す。そこには小笠原と有村、そして夜々月が残った。
夜々月は死体を調べ始めていた。持ち物、武器、爆薬物を慎重に扱い、最後は舌打ちをする。どうやら手掛かりを手に入れることができなかったらしい。
そんな夜々月を見た小笠原は爆弾を解体しながら話す。
「確実に誰かが裏で手を回している。調べるなら第参高校の力を借りて政府のお偉い方を調べれば良い。何かしら手掛かりが残っているはずだよ。このテロリストたちなら」
「相変わらず頭だけはキレますね」
「僕に取っちゃ常識の範囲だよ」
夜々月は礼を言わずに嫌な顔する。携帯電話を取り出し誰かと連絡を取り合っていた。
取り残された有村はゆっくりと小笠原の元に近づき腰を下ろす。
話かけにくい空気の中、有村は一言だけ小さな声で告げる。
「あの、ありがとうございます…」
「……うん、今度は油断しないようにね」
素直に礼を言う有村に小笠原は自然と左手で彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。
「キモっ」
「君の方が小倉君と接する時は百倍キモいよ」
「は?」
「何?」
睨み合う両者。夜々月は本気で嫌な顔をしながら小笠原を睨み、小笠原は眼鏡をクイっと上げながら真顔で夜々月の顔を見る。
仲の悪い二人に挟まれた有村は気まずい空気の中、応援に駆け付ける風紀委員を待った。
「うおっ! これは良い情報が手に入りそうな予感やで! って何や二人は。見つめ合って、まさか恋か?」
「は? あ? お?」
「よし表に出ろ」
情報屋の登場で、その場は更に空気を悪くしたという。




