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フクオカ  作者: 夜紫希
第二章
25/32

困難の連続

学校のどこかで弟と会うとは思っていたが、まさか担当するクラスで会うとは予期していなかった。

席に着くように優しく指示をすると、軍学生は素直に言うことを聞いて席に座った。

落ち着いた隙に優香と一緒に教卓の前に立ち、自己紹介を済ませる。


「フクオカ学園大学から来た小倉 竹志だ。これからよろしく頼む」

「柳原 優香です。よろしくお願いします」


黒板に名前を書くのだが優香は綺麗な字で書けているが、俺の字は少し汚い。これから教える立場になるのだから慣れないとと反省していると、何かを期待しているような軍学生たちの目に困惑していた。


「えっと……他に言う事ってあったか?」

「私たちが教える科目とかじゃない?」

「ああ、なるほど。俺たちが教える科目は『数学』らしい」

「「「え」」」


軍学生たちは怪訝な顔をした。何が不思議なのか俺たちには分からなかった。

前の席に座っていた男がおずおずと手を挙げて質問する。


「『戦術数学』のことですよね?」

「それは二年生の選択科目だろ」

「……『兵器学』の数学ですね!」

「いや違うけど。普通科目の数学だけど」


見る見ると表情を悪くする軍学生。おいおい嘘だろっと言った感じで失望していた。

何が不満なのか弟に聞くことにする。視線をそちらに移すと溜め息つきながら説明した。


「兄貴が凄い元軍学生だということはバレているんだ。だから夜戦での……もう分かるだろ?」

「あー」


不味いことをしてしまったと額に手を置く。軍学生たちは俺から戦闘や夜戦に役立つ知識を聞き出すつもりだったらしい。

変な期待をさせてしまったことに謝罪しようとするが、状況を理解した優香が先に言う。


「休み時間に教えればいいんじゃないの?」


ポロリと(こぼ)した発言に目から(うろこ)が落ちた。

何故そんな簡単なことに気付かなかったのか。竹志はビシッと親指を立てて貴重な意見を参考にする。


「俺たちの授業を真面目に聞いた奴には、元第参高校と元第四高校の頂点に君臨した奴の話を聞かせてやる!」

「タケの話じゃないの!?」


それでも軍学生たちは背筋を伸ばして授業に取り組む姿勢を見せた。

「それでもいいの!?」と驚いた優香は、期待に胸を膨らませた軍学生を見てそれ以上何も言うことは無かった。





数学の授業は上々の成果だと思う。

第参高校の軍学生相手なら絶望的に無理だったが、第弐高校の軍生徒なら塾に入っていた優香でも式を解く大切なポイントなど細かく説明できていた。

選ばれた人間だけであって軍学生の理解力も相当な物だ。ザ・脳筋の第壱高校なら教えるのに骨が折れ———粉々に砕けそうだが、第弐高校は《技》の高校なだけであって頭が良いので助かる。


「凄い…私たちが復習していた範囲が今日だけで終わった」

「ああ、ペース上げないとな」


授業を教える為に三時間以上先まで復習していたにも関わらず、今日の授業だけで消化してしまった。次の授業は明日なので早速取り掛からないと不味い。

それと面白いことに《技》の高校だからなのか、武器に使える計算は真剣に聞いてくれる。次の授業では学習意欲を出して貰う為に大いに利用しようと思う。小笠原に聞けばいくつか教えてくれるだろう。

急いで小笠原たちを集めて明日の準備をしようと二人を探すが、足は止まってしまう。


「……何あれ」

「……分からないわ」


廊下を歩いていると小笠原が倒れているのを発見した。

ぐったりとした小笠原の傍には愛理と一人の女子軍学生が睨み合っていた。バチバチと火花が散っているように見えた。


「何やってんだお前ら!?」


大声を出しながら駆け付ける。小笠原の体を揺らし抱えるとすぐに起きた。


「ぼ、僕は何を…」

「こっちが聞きたいのだが…駄目だコイツ。目の焦点が合っていない」

「な、何があったと?」


記憶の欠落に小笠原は駄目だと判断する。優香は愛理に聞くのだが、女子軍学生を睨んだまま答える。


「この子がおがちゃんを連れて行こうとするのが悪いの」

「いえいえ、春町様を(たぶら)かすあなたが悪いのです」


長髪の黒髪の女子軍学生。一体誰なのか分からないが、見たことがあるような気がした。

観察するようにジッと見ていると、頭の中に電気が走ったかのように思い出した。


「———有村(ありむら) リリ!? 第壱高校の代表だった奴じゃねぇか!」

「ああっ!?」


名前を聞いて優香も思い出す。

第壱高校との夜戦で代表の一人として参加していた女子軍学生。目の下にあるクマが美人を軽減させている女の子だが、元第参高校の軍学生だということが分かり、『ハカタ人形』を裏で操っていた。

小笠原と愛理が消火器で倒したと聞いていたが、どうして彼女がここに居るのか分からなかった。それに戦闘時は着物を着ていたと聞いていたが、今は着てないようだ。


「何でお前がここに!?」

「初めまして小倉様、柳原様。改めまして自己紹介させていただきます。第壱高校二年生、有村 リリです」

「よし分かった。まず大事な質問することがある。第壱高校どうした?」

「転校しました。春町様の為に」

「……いや、どういうこと?」


理解できる説明が欲しかった。どれだけ笑顔で言われても状況を飲み込むことができない。

倒れている小笠原に話を聞こうとすると、有村はポッと頬を朱色に染めて恥ずかしそうに説明する。


「あの夜戦以来、春町様のことがずっと頭から離れないのです……きゃっ」

「きゃっ、じゃねぇよ。マジかおい」


抱えていた小笠原を床に捨てて立ちあがる。ただの修羅場だったということか。

優香も苦笑いで倒れた小笠原を見ていた。しかし、有村の次の一言で気が変わる。


「こうして四人が第弐高校に来たのも、私がハッキングしたせいでして…」


———俺は有村に殴りかかろうとしていた。

だが殴ろうとしていた右腕は左手で掴まれており、自制していた。超殴りたいけど我慢する。

体を(よじ)らせる有村に怒る愛理も十分理解した。友達を守ったことに敬意を称するが、


「どいてタケ君。そいつ殺せない」

「ヤンデレのセリフじゃねぇか! 落ち着け!」


今度は必死に愛理を止める。力が弱いが、どうしてここまで怒っているのか分からなかった。


「おがちゃん言ってた。今日のお昼、割引チケットがあるから奢ってくれるって! でも邪魔するから…!」

「そういうわけだ有村。死んでくれ」

「ちょっとタケ!?」


愛理を止めるのをやめて加勢する。俺の昼飯の為に死んでくれ。

まぁ安心しろ。命は本当に奪わない。金は奪うかもしれないが。

有村は形勢不利に笑みを見せている。余裕ぶっているその顔、今すぐ後悔させてやるぜ!


「小倉様。私の両親は居酒屋を営んでいまして、もしよろしければ教師をやっている間のお昼代はタダで———」

「残念だな愛理。お前とは分かり合えない運命のようだ」

「タケ君!?」

「ちょっとタケ!? いい加減にしなさいよ!?」


有村の隣まで移動して構える。今日限定でお昼代が浮く小笠原か、これからのお昼代が浮く有村か。どちらを選ぶかは明白。

貧乏人はいつだって金持ちの部下になりたいのだよ。


「何をやっている有村。問題を起こすなと忠告したはずだぞ」


戦いを止めたのは一人の男だった。有村は気まずそうに俯いた。

対立した俺たちの間に割り込んで来た巨漢に俺たちは息を飲む。


軍蔵(ぐんぞう)!?」


第壱高校の生徒会長、千城(ちしろ) 軍蔵だったからだ。

軍蔵は俺たちを見て驚いた顔になるが、状況を理解したのか溜め息を()らした。


「はぁ……師匠たちは有村に巻き込まれたみたいですね」


軍蔵の背後から現れた第弐高校の生徒会長、鹿野(かの) 吹雪(ふぶゆき)も、溜め息をついていた。





「なるほど、俺たちが第弐高校に行くことになってしまった元凶はコイツというわけか」


事情を聞いた後、竹志は親の(かたき)でも見るかのような、憎悪に満ちた目で有村を睨んでいた。有村は知らないフリをするが、小笠原にも邪悪な笑みで見られているので俯くしかなかった。

愛理も同じように睨んでいるが、優香が三人から守ろうと有村を(かば)っている。唯一の救いに有村は優香の背中に隠れる。

生徒会室の長テーブルに右奥から軍蔵、鹿野、優香、有村。対して左奥から小笠原、竹志、愛理の順で座っていた。


「それで第壱高校と第弐高校は同盟を組んでいるから転校して在籍(ざいせき)できると」

「第参高校としての戦力を貸してくれるので両校に取って利益になるのですが…」


鹿野は眼鏡をクイっと上げながら有村を見る。


「歓迎したところ、小笠原先輩が目的だったので…その…」

「大丈夫だ。歓迎してやれよ、拳と拳を交えればすぐに仲良くなるから」

「殺気が凄いですよ師匠!?」


シャドーボクシングでアップを始める竹志。隣に座っていた小笠原と愛理も一緒に練習し始める。

優香が怒って注意してやめさせる。竹志はこのことを水に流そうとするが、小笠原と愛理はそうはいかなかった。

まず愛理が抗議するのだが、


「昼ご飯はおがちゃんの奢りだからね!」

「その話はもう流せ。決定事項だから問題無い」

「ならいいよ」

「いいの!?」


速攻で片付いた。優香が驚くが、愛理は笑顔を見せて大丈夫だと教える。「決定事項なんだ…」と小笠原は苦笑いだったが、その笑みすら消えてしまう。


「悪いけど僕は小倉君のように恋に(うつつ)を抜かすわけにはいかない」

「誰が恋に現を抜かしてんだこの眼鏡野郎」


さりげなく俺が恋に現を抜かしていることを言われたが、小笠原はキッパリと有村の好意を断ち切った。

小笠原は有村と視線を合わせることなく目を閉じる。小笠原は有村と口を利かないことを(うった)えると、


「———そ、そういう刺々(とげとげ)しい所も大好きですっ……きゃっ」

「きゃっ、じゃねぇよ。僕の話を聞いていたのか」


予想外の反応に小笠原の口が一瞬だけ悪くなる。有村の反応に周りの人間は全員驚き引いていた。

真っ赤な顔を両手で隠そうとするが、嬉しそうな表情を完全には隠せていない。


「お前、好感度下げたいの? すっごい上がっているみたいだけど?」

「僕は悪くないだろ! 彼女が異質過ぎるんだよ! ただの変態じゃないか!」

「ホラ、お前が異質とか変態とか言うから更に喜んでるじゃん。今告白したら行けるぞ」


竹志が指を有村に指すと、確かに喜んでいた。その光景に小笠原はピタッと動きを止めて悟る。これは駄目だと。

動かなくなった小笠原に軍蔵は咳払いをして話を続けた。


「とにかく迷惑をかけたのは間違いないことです。それについては謝罪します」

「師匠、第弐高校からも謝罪を申し上げます」

「ハッ! 第壱高校と第弐高校の頂点から頭を下げられたくらいで俺が許すとでも———!」

「これは第弐高校の学食券です。ここに居る間は永久に使えるのでお詫びとして受け取ってください」

「———ありがとうございます!!」

「タケにプライドは無いのかしら…」


生活に厳しい男の子はプライドなんて燃えるゴミの日に捨てたのだよ。プライドで飯が食えるなら捨てなかったけどな。

ニコニコとご機嫌な顔で食券を受け取ろうとするが、鹿野は食券を放そうとしなかった。


「……何だよ」

「実は一つ頼———」

「断固拒否。絶対に受けない」


食券を奪おうとすると腕を掴まれた。ひきつった表情で笑みを見せる鹿野を睨み付ける。


「いいじゃないですか師匠。受けてくださいよ。全然大丈夫ですからっ…!」

「それ大丈夫じゃないヤツだろうがっ…!」


グググッとお互いに腕を掴んで食券を取り合う。竹志の目は血走っていた。

食券が二人の指圧によってヨレヨレになってしまっている。

二人が争っている間に優香たちは軍蔵から話を聞き出すのだが、軍蔵は申し訳なさそうな顔で小声で説明する。


「私が口を滑らせてしまって…その、先輩の武勇伝(ぶゆうでん)を…」

「おい聞こえてんぞ! そんなモノはシャッキーン決める兄貴だけでいいんだよ!」


食券を鹿野から奪い取った竹志は軍蔵に向かって親指を下に向ける。鹿野は悔しそうにしていたが、ボソリと最後の抵抗を呟く。


「こちらがちょっと根を回せば使えなくなりますけどね」

「汚ねぇ!」


生徒会長の権力を駆使して追い詰めるやり方の汚さに下(くちびる)を噛む。あの夜戦を終えてから変な方向に成長した気がする。

とりあえず話だけは聞くことにする。無理な話なら諦めるしかない。夜戦の時のような厄介事は絶対に避けたい。


「実は『ハカタ祇園(ぎおん)山笠(やまかさ)』に向けて話があるのです」


一瞬で何をして欲しいのか理解した。竹志は嫌な顔をするが鹿野は続ける。


「参加メンバーの選出と練習のお付き合いをお願いしたいのです」

「だよなぁ…」


毎年フクオカで行われる『ハカタ祇園山笠』はこの国一番の大行事と言ってもいいくらいの祭だ。

《ハカタ》区画の中心街で行われ、神輿(みこし)———山笠の破壊を目的とした何とも軍学生らしい破天荒(はてんこう)な内容で、テレビ中継で世界的に放送されるほど。

軍事秘密を守りたいのか祭での軍服着用は禁止される。だからと言って怪我が減るわけではない。過激(かげき)なぶつかり合いなので怪我人は毎年当たり前のように出て来る。

第五高校は参加していないが、他の高校は毎年必ず参加している。あの第参高校でもだ。


「優勝すれば知名度アップ。来年の受験者が増えるから勝ちたいのは当然か」

「お願いします師匠。どうか力を!」


キラキラとした目で期待されても困る。お前の隣には連覇を狙う王者が居るのだぞ。


「軍蔵も参加するよな?」

「いえ、私は参加しないです」

「え? マジで?」


この巨体で軍服無しで力持ちの男が参加しない? どういうことか聞こうとすると軍蔵は悲しそうな目で語る。


「私の部下が『会長が出るまでもありません!』『優勝は任せてください!』と嬉しい言葉を…」

(本当は参加したかったんだな。ちょっと泣きそう)


第壱高校の生徒会長は今日も良い奴です。部下の気持ちも無下にできず、複雑な気持ちで我慢したのだろう。一番学生の中で大人だよお前。

小笠原と愛理の顔を見ると頷いてくれた。どうやら手伝ってくれるらしい。優香も笑みを見せてくれる。


「授業もあるからできる範囲でな。それでも良いなら受けてやる」

「ありがとうございます! 食券は使えるようにしておきますので」


グッとガッツポーズする竹志と鹿野。そんな二人に危機感を感じた軍蔵は自分たちも気合を入れなければいけないと心に決めた。


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