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フクオカ  作者: 夜紫希
第一章
21/32

元最強の意地


「二年前がどうかしたんですか…?」


鏡花と五右衛門の話に西城は質問を話の横から割り入れた。

だが説明するのは五右衛門ではなく鏡花だった。彼女は楽しそうに話を始める。


「私たちの序列が一般公開されるようになったのはいつか覚えているかい書記君?」

「一年と半年前くらいですよね」

「せや。二年前にとある軍学生たちが事件を起こしてな、《フクオカ》政府は序列の情報開示することになったんや」


二年前の出来事を軍学生たちは思い出そうとするが、全く見当も付かなかった。


「…何か関係があるのですか?」

「俺っちは当時の事件にちょいと巻き込まれたんや。そのせいで留年するはめになったけど」


五右衛門は苦笑いで話すが、話を聞く者たちは真剣に聞いていた。


「まぁ俺っちの話は置いといて、事件が起きた当時の序列上位の軍学生は前代たちと比べて桁違い…いや、次元が違うくらい強かった」

「次元、ですか…」


世志が疑うように呟く。五右衛門を話すことに一字一句聞き逃すことなく、しっかりと頭で理解しようとしていた。


「元序列四位と三位、『賢帝(けんてい)』や『凶姫(サドクイーン)』、あの二人はレベル2(セカンド)にも関わらず強さを発揮していた」


ニヤリと五右衛門は不敵な笑みを見せる。

イマイチ理解できない軍学生たちに五右衛門は元序列三位と四位の小笠原と愛理の強さを語った。


「———元序列五位のレベル3(サード)を越えるほどにやで」




『ハカタ人形』に襲われる小笠原と愛理。二人は狭い空間の中、見事な連携で『ハカタ人形』の攻撃を避けていた。

その光景に最初は少しはできると着物の袖を口元で笑みを隠し、楽しんで見ていた有村リリ。だが表情はすぐに戦慄へと染まる。

三機ある『ハカタ人形』の内の一機が機能停止した瞬間、有村は危機を感じた。


(援軍補助の二人が何故こんな動きを…現役の軍学生以上ですわよ…!?)


銃を乱射する『ハカタ人形』に二人は全く恐怖を感じていないように見えた。

愛理は自分の身長の倍はあるくらいの兵器に臆することなく走る。銃弾を避けることは不可能だが、小笠原の援護がそれを可能とする。


「僕が壊した装甲を狙って! スタンロッドなら通るはずだよ!」

「任せて!」


小笠原は狙撃は一発で敵の銃を破壊していた。まるで敵の銃の弱点を知るかのように。

それだけじゃない。未来予知でもするかのように『ハカタ人形』の動きを見切っている。どれだけ敵が俊敏に動こうとも撃ち抜かれ、攻撃も当たることはなかった。

『ハカタ人形』が小笠原を潰そうとすれば今度は愛理が援護する。剥がれ落ちた頭部の装甲にスタンロッドを突き刺して内側から破壊した。

『ハカタ人形』が残り一機になった時、有村は行動を起こす。


起爆(イグニション)

「!?」


有村の呟きに小笠原の顔は驚愕に染まる。愛理は有村の言葉を聞き逃すが、『ハカタ人形』の不審な動きを警戒する。だが敵から距離を取らなかったことを後悔する。

『ハカタ人形』の赤い目が怪しく点滅する。足に取り付けられたタイヤを勢い良く回して愛理に近づく。

横に避ける判断を下すが、


「自爆だ!!」

「ッ———!?」

「遅い!!」


小笠原は狙撃銃を投げ捨てながら叫ぶ。同時に愛理に向かって走り出した。

愛理は急いでスタンロッドを敵の足元に投げつけて動きを鈍らせるも遅い。有村は不敵に笑いながら手元に隠した装置のボタンを押す。

刹那———『ハカタ人形』の体から閃光が弾け飛び、音が消失した。

鼓膜の耳を破るかのような轟音。真っ白に変わる視界に有村は笑みを浮かべたまま腕で顔を隠す。

熱い炎を感じながら黒煙が晴れるのを待つ。爆発で部屋の照明も落ちてしまった。

一般人には絶対に耐えることのできない威力。有村は勝利を確信したまま手元にある端末で確認する。

残り時間は三分。援軍の気配はない。自分が負けることは万が一もなかった。

―――そう、なかったはずだった。


「けほっ……げほっ……!」

「え?」


黒煙から誰かが咳き込むのを耳にした。空耳だと疑うのには、リアルな咳だった。


「最悪だよホント…やってくれたね…」

「おがちゃん、大丈夫!?」

「何とかね…そっちは行ける?」

「…うん!」


黒煙が晴れる。そこに居たのは二人の死体ではない、生きた小笠原と愛理だ。

有村の目が見開かれる。二人の生存はありえないと首を横に振った。


「ありえない、そんなことが…!?」


その時、小笠原の手元に第壱高校の軍服があることに気付いた。


「知っていると思うけど軍服は所有者のみに力を与える。僕達には使えない代物かもしれないけど、軍服の元々の強度は知っているよね?」


防弾、防刃、耐火と様々な攻撃に耐えることのできる戦闘服。それで爆風を防いだことは理解した。

だが完全には防ぎていない。小笠原は頭から血を流し、火傷した左腕は骨折もしている。

愛理を優先して守ったのだろう。愛理はほぼ無事と言っていいほどだ。しかし解せないことがある。小笠原は戦闘中にそんなモノを持っていた記憶はないのだ。


「どこからそんな物を…!?」

「ずっと背中に丸めて隠していたよ? 君には見えないように立ち回っていたけど」


小笠原は最初から有村の動きにも注意していた。『ハカタ人形』と戦いながらそんな素振りを一度も見せることなく気付かせなかった小笠原に有村は息を飲む。


(初めから人形の自爆を警戒されていた…!?)


戸惑いながらも有村は着物の袖から銃を取り出すが、発砲音と共にその形を崩す。

銃を握り絞めていた手が痛みに襲われる。表情を歪めて小笠原たちを見た。


「やっぱり、護身用の武器くらいは持っているよね?」


座ったまま口元で笑みを見せる小笠原。血に染まった腕を動かして同じく隠し持った拳銃で有村の銃を破壊したのだ。

この男は一体どこまで先を読むのか。小笠原の戦略は有村の不安を(あお)っていた。

同時に愛理が走り出す。手に武器は持っていないが、有村に恐怖を与えるには十分だった。

真っ青な顔で着物を自分を隠すように覆う。その行動に愛理の足は不意に止まる。


「……………」

「ふ、フフ…フフフフフッ…!」


有村は着物で自分を隠し切った後、不気味に笑う。


「攻撃できないですよね? だって私の能力(アビリティ)は———!」

「『物質の硬化』」


小笠原の解答に有村の言葉が止まる。心臓でも掴まれたかのようなショックを受けたのだ。


「ヒントの出し過ぎだよ。異常に硬い『ハカタ人形』の着物が君の仕業くらい誰でも分かるよ。僕を馬鹿にしないで」

「わー、本当に硬いねー」


コンコンと金属の様に硬くなった着物を叩く愛理。その中で有村が震えていることを二人は知らない。


「弱点は三つ。一つは重量がそのままだから走るどころか歩けないよね。『ハカタ人形』をここに置いたのは川の近くに落ちることを防ぐ為かな。そのまま沈んで廃棄ロボになるからね」


愛理は震えながら時間の経過を待っていた。残りたったの二分にも関わず、有村には長時間のように思えた。


「二つ目は、通気性が変わらないこと」


チンッと軽快な音が響き渡った。

次に何かが落ちる音を耳にする。それも有村の近くにだ。


「立てる?」

「ありがと」


怪我をしている小笠原は愛理の肩を借りながら立ち上がる。二人は有村を放置して、その場から逃げようとしていた。


「もし着物が通気性を消すくらい頑丈に硬化するなら酸素は無くなる。通気性があるなら———毒ガスを吸う前に降伏そればいいと思うよ」

「!?」


有村の顔が恐怖で歪んだ。

小笠原が投げたのは毒ガス手榴弾だと確信する。有村の推測通り、次は煙が噴き出すような音が聞こえ始めた。

急いで息を止めて目を閉じるが、部屋の扉が開く音が聞こえた。


「勝っても負けても、この夜戦で君は死ぬよ。残念だったね」


バタンッとドアが閉まる。

煙が噴き出す音だけが聞こえる空間になった後、有村は口元で笑みを作った。


(マヌケだった…!!)


有村は———着物を脱ぎ捨てた。

中に着た軍服になった有村は息を止めたまま扉に向かって【瞬速(ダッシュ)】する。


(『物質の硬化』は正解、でも『物質の軟化(なんか)』も可能です!)


白い煙の中を突き進みながら喜々とした表情で扉を開けようとする。彼女の能力(アビリティ)は『物質の強度変化』なのだ。

硬化と軟化を使い分けるのが彼女の戦闘スタイル。防御に関しては強さを発揮するが、軍学生に対して攻撃に転じれる能力の使い方は少ない。

だが『ハカタ人形』に自分の防御を取り入れることで埋めることができていた。


(人形が破壊されたことは計算外。それでも勝利は第壱高校! いや私の———!)


扉を開けて勢い良く部屋を出た瞬間―――衝撃と共に視界が一回転した。


「最後の弱点は———能力(アビリティ)を解いたら隙だらけってことかな」


扉の横に座った小笠原は、眼鏡を拭きながら呟いた。

勢い良く部屋から飛び出した有村は愛理の持った消火器を顔面にぶつけられていた。消火器は大きく形を変えるが、暴発はしなかった。

有村の体は後ろから勢い良く倒れる。地面に横たわった頃には彼女の意識は飛んでいた。


「本当に爆発しなかった!?」

「部屋に入る前に高圧ガスを抜く準備はしたからね。ただの鈍器だよ」

「…意外と弱かったかな」

「ズバッと言うね。ただの発煙(はつえん)手榴弾だと見抜けないほどパニックになったのは意外だったけど」


モクモクと白い煙が溢れ出て来る部屋の扉を閉めながら咳き込む。毒ガスと比べれば全くの無害な煙だった。


「それよりも愛理さん、叩くのは腹で良かったと思うよ。わざわざ顔を狙うなんて…女の子の顔は駄目だって子どもの頃、祖母に良く言われたよ僕」

「でも着物を着ていたら…」

「彼女は脱いでるよ」

「なら軍服だと…」

「あの勢いなら倒せると思う」

「…額に当てたから大丈夫!」

「それは下手したら死んでいたよ…はぁ」


溜め息を漏らす小笠原だが、勝利したことに思わず頬が緩んでしまう。愛理は座り込んだ小笠原の隣に腰を下ろす。


「タケ君は…」

「余裕じゃないかな」

「だよね」


友人を信じた二人は笑い合う。そのまま夜戦終了の合図を待った。





「———序列五位がレベル3(サード)!? それを越えているって…!」


書記の西城が驚きの声を上げる。他の軍学生たちも同じ反応を見せていた。

驚愕する軍学生に鏡花は説明を付け足す。


「別に不思議なことじゃない。結果を出せば序列は上がる。結果を出さなければ序列は落ちる。能力(アビリティ)の強弱や有無は関係ない時もある」


鏡花の言うことは正しい。だが簡単に飲み込めるものじゃない。

レベル3(サード)は軍学生の中でほんの一握りの者だけにしか到達できない世界なのだ。現在確認されている第五高校でもレベル3(サード)は一人だけと生徒会は知っている。

考えたことのない次元の違う話に世志は圧倒されている。兄の友人はそんな凄い人たちと一緒に行動していたことに驚きを隠せずにいた。


「問題はここからや―――二位と一位は五位のと同じレベル3(サード)やけど、それこそ天と地の差があった」


レベル3(サード)を越えたレベル2(セカンド)は十分に最強と呼べるだろう。だがその最強を越えた本物の最強の存在を五右衛門は語る。


「元序列二位は元第壱高校の生徒会長、『剛腕(ギガント)』と呼ばれた男だ」

「それには興味ない。飛ばして良い」

「「「ええ!?」」」


不機嫌そうな顔で鏡花は首を横に振る。同じく五右衛門も「そうだな」と軽く答えてしまう。

事情を知らない軍学生たちは急いで止める。


「いやいやいや! 大事ですよ先輩!? 凄く知りたいです!」

「なら教えよう。奴はゴリラゴリラゴリラだ」

「それゴリラの学名ですから!?」

「正解や!!」

「五右衛門さん!?」


何故か話を進めようとしない二人。重要では無さそうな気がした世志はこの場では諦めることにした。


「そして元一位、頂点に君臨した最強の二つ名は———!」


生唾を飲んで五右衛門の言葉を待つ。『凶姫(サドクイーン)』や『賢帝』、『剛腕(ギガント)』を越える二つ名を聞き逃さないように待つ。


「———無いけどな!!」


―――五右衛門は軍学生たちの手によって袋叩きにされた。


「ち、違うんや! 痛いからやめ…って何で『災禍の箱(パンドラ)』まで俺っちを叩く!?」

「楽しいから。それ以外に理由はいらない、そうだろ?」

「舐めんな!!」


必死に抵抗する五右衛門。上手く逃げ出した五右衛門は攻撃を受ける前に急いで説明する。


「二つ名は付けれなかったんや! それだけ最強の頭角を現していたんやで!」


事情を聞いて軍学生は武器を下ろす。舌打ちをする者が何人か居たので五右衛門は顔を記憶しながら説明する。


「もし付けるなら『最強』や『無敵』で十分や。負けることはなかったんやからな」

「無敗の最強、向かうところ敵なしってことっすか…」


世志の言葉に五右衛門は頷く。二つ名に関しては納得するが、強さはイマイチ伝わっていない。

その点は五右衛門も承知している。とっておきの情報を開示した。


「極秘情報やけど…まぁサービスや。当時を知る俺っちからすれば簡単に断言できる」


衝撃的な事実を五右衛門は告げる。


「———今の軍学生を全員集結させても、あの『最強』には絶対に勝てへんよ」


真剣な表情で簡単に答えてしまう五右衛門。自分たちを驚かせる為に大袈裟(おおげさ)に言っていると疑った。

世志が苦笑いで首を横に振る。


「ないですよ…それは話の盛り過ぎです」

「当時、第五高校の全軍学生が一斉に下剋上を狙って、その最強に夜戦を仕掛けた出来事があるんやけど―――」


ニヤリと笑みを見せながら五右衛門は告げた。


「———無傷のまま勝利を収めた話があるで…残念やけど、詳細は内緒や」


高校序列不動の一位を誇る第五高校。序列上位者の強者を固めた全軍学生たちを一人で圧倒した。

そんな伝説のような話に愕然(がくぜん)とした。いくら何でもありえないと。

軍学生たちは信じようとしなかった。全く信用されない五右衛門は肩をすくめて呆れた。


「信じなくてええけど、話を続けても?」

「早くしてくれないか? 私はその先を知りたいのだ」


鏡花にせき立てられた五右衛門はムカつくようなニヤけ顔で指を擦る。


「えぇ~? どうしようかいな~? あ、諭吉さんに会えれば続きを話すと思うで?」

「あの世で本物に会わせてもいいが?」

「俺っちは無料で情報提供するのが大好きなんや」


銃を頭部に突き付けられた五右衛門は爽やかな笑顔で対応する。


「最強の名前。それはこの場に居る全員が知っているで」





―――残り時間二分。

第壱高校最後の代表は毛利 玄兎(げんと)のみとなった。

超強化素材が使用された鉄格子に閉じ込められた竹志と毛利。罠に()めることに成功した毛利もまた、勝利を確信していた。

どれだけ強い援軍補助でも、隠蔽レベル2(ハイド・セカンド)の自分に勝つことは不可能だと。

毛利の能力(アビリティ)遅延視界(スローモーション)。数秒間、見ている世界を遅くすることができる能力(アビリティ)だ。

軍学生同士の戦闘に置いて最強の能力(アビリティ)と言っても過言ではないと感じていた。近距離戦闘ではカウンターを容易に行える。敵の【瞬速(ダッシュ)】は絶対に避けることができる。銃弾も避けるが可能となった。

これまで自分が序列を順調に上げることができたのはこの能力(アビリティ)のおかげだ。

負けることは無い。敗北などありえない。


「はぁ…! はぁ…! はぁ…! はぁ…!」


―――なのに、自分は息を切らしていた。


汗を流しながら罠に()めた援軍補助———竹志を睨む。


「ふッ!!」

「ぐぅ!?」


休憩の隙を突かれるように右拳が目の前に迫るが能力(アビリティ)を発動して紙一重で避ける。カウンターを狙うように左拳で竹志の顔を狙うが、虚しく風を切る音だけが耳に残る。

竹志は避けられた右の拳で毛利の頭部を動かすと同時に自分の体も傾けてカウンターを回避。そうやって攻撃をずっと回避していた。


(ふざけるなよ!? 援軍補助どころか軍学生でも目で追えない速度の拳だぞ!?)


力も速度も桁違い。勝敗は目に見えていたにも関わらず、竹志は敗北することなく立っていた。


「がふっ!?」


毛利の顎下から衝撃が走る。傾けた体をそのまま蹴りへと攻撃に転じていた。竹志の左回し蹴りは毛利の顔に直撃した。

だが、毛利の体はよろめくことなく踏み留まっている。それどころか殺気を溢れ出させた。


「がぁ!!」

「チッ…」


猛獣のように喰らい付く毛利。ボクシングの部長を(にな)う彼は他の軍学生より頑丈だった。

不味いと判断した竹志は急いで後ろに下がり距離を取ろうとする。しかし、毛利の猛攻が始まる。

連打の嵐。両拳で一瞬の隙無く放たれるパンチに竹志は必死に受け流していた。


「うおおおおおおォォォ!!!」

「ッ…!」


雄叫びと共に繰り出される攻撃に竹志は歯を食い縛りながら耐えている。放たれる一撃は自分に取って必殺の一撃。

まともに受ければ死ぬ。下手に受ければ腕は吹き飛び、運が良ければ骨が粉々で済むだろう。

竹志は神経を集中させて敵の拳を見切る。拳の側面を軽く叩いて方向を僅かにズラしていた。

その『僅か』が竹志の命を繋ぎ止めていた。


「ふざけろふざけろふざけろふざけろふざけろよぉ!!」


繰り出す拳が一度も当たらない。頭に来た毛利は怒気を撒き散らした。


「———何で一度も攻撃が当たらねぇんだよぉ!!」


竹志は戦いを始めてから、たったの一度も攻撃を許していない。

その光景に鉄格子の外から見ていた鹿野は震えて戦慄していた。


「ど、どういうことですか師匠…! 一体、何者なんですか…!?」

「……………」


隣では無言で祈るように手を組む優香。瞬きすることなく竹志の戦う姿を目に焼き付けていた。

あの日、第壱高校の軍学生に襲われた夜。ホテルで話してくれた言葉を思い出しながら。


―――『優香、俺は聞いて欲しいことがある』


忘れるわけがない。


―――初めて名前で呼んでくれた。

―――真剣な声で教えてくれたあの顔を。

―――震える手を握ったあの瞬間。


「何者なんだよお前ぇ!!??」


突如毛利の猛攻が途切れる。攻撃が当たらないことに自棄(やけ)を起こした毛利が無理に攻めようとした。その結果が招いたことだった。

その隙を、竹志が逃すわけがない。


「ごふっ…!?」


竹志のカウンター攻撃が毛利に炸裂(さくれる)する。敵の攻撃を避けながら右拳は毛利の鼻先から直撃した。


「視界系の能力(アビリティ)だろ? 発動のタイミングが分かりやすいんだよお前。封じるなら(まばた)きするタイミングを狙えば簡単だ」


無理難題なことを平気な顔で告げる竹志に毛利は構う余裕を無くしていた。

顔面殴打はさすがの毛利も後ろによろめいてしまう。それでも倒れないのは褒めるべき点なのかもしれないが、それがまた隙を作ってしまっていることに気付いていなかった。

すかさず踏み込んだ竹志は前に出した毛利の右足を払い態勢を崩す。そこから抵抗することのできなくなった左腕をグッと掴み、


「うおおおおおおおォォォ!!!」


叫びながら毛利を投げ飛ばした。

背中から強化ガラスに叩き付けられる毛利。衝撃で肺の空気を全て吐き出してしまうくらいのダメージを受けた。

そして、蓄積したダメージが毛利の意識を削り取った。目玉を裏返してガラスの下に倒れてしまう。

その光景に優香は安心と不安、二つの感情がぶつかりあった。


―――『俺は第五高校を卒業した』


竹志の隠し続けた秘密。それが自分を不安にさせていた。



―――『元序列一位、元最強の軍学生だ……』



再び戦場に姿を現した元最強。

この場で知るのは優香、ただ一人だった。





「———小倉 竹志」


第弐高校の軍学生たちの中で生徒会はもっとも知る人物だった。

先程まで共に行動し共に戦った。援軍補助の一人だった。

五右衛門の出した名前に言葉を失った。

一番の注目する視線は世志だった。最強の弟はただ俯いていた。


能力(アビリティ)は【限界突破(リミットブレイカー)】。身体強化を()()に重ねることができる最強の能力(アビリティ)や」

「無限だと!?」


これにはさすがの鏡花も驚きを隠せなかった。五右衛門は額から汗を流しながら説明する。


「分かるかいな? どんなに強い軍学生でも、数が多くても勝てない理由。無限の強さを手に入れ続けれる最強———そんなん勝てるわけないやろ?」


冗談でも言っているのかと疑う。

だが五右衛門の焦り具合から嘘では無い事が分かる。


「しかも身体に影響が出ると来た。軍服を脱いで力は失うけど、脳の反射神経は全部全盛期のままやで」

「そ、そんな馬鹿なことがあるのですか?」


西城の震えた声に五右衛門は思わず笑ってしまう。


「ハハハッ、馬鹿なことだらけやろ。卒業生でも普通の人間となった軍学生が、現役とまともに戦えるわけないで?」

「そ、それは…!」


銃でも無ければ槍や剣も持たなかった竹志を生徒会は知っている。

言葉に詰まる西城に容赦なく五右衛門は続ける。


「そんな馬鹿ことがないなら、敵の本拠地に突っ込むような無謀な真似は最初からやらへん」

「で、でも小笠原さんや華道さんは武器が有れば軍学生たちと戦えています!」

「武器が有ればやろ? でもあの最強―――素手やで? 敵の動きを『読み』とか『考え』とるわけちゃう。軍学生の動きを完全に見切って戦っているんや」


西城たちは竹志の異常さに何も答えれなくなる。

身近に居た最強を知れば知るほど嫌な恐怖が纏わりついていた。

五右衛門に悪気はないが、真実ばかり突き付ける行為は自分でも嫌な奴だと分かっていた。

静寂が場を支配していると、


「———ハハッ、後輩君のお兄さんと来たか」


そんな中、鏡花だけが笑った。


「電話で話していた男が全軍学生の中で歴代最強と呼ばれた軍学生…!」

「な、何がおかしいのですか?」


腹を抱える鏡花に怯えた様子を見せる西城。質問された鏡花は首を傾げた。


「逆に笑えないのかい? あの最強が、戦場に戻って来た。それが意味することは———」

「やめましょうよ先輩」


鏡花の声を遮ったのは世志だった。

下を向いていた顔を上げるが、呆れるように息を吐いた。


「もういいでしょ」

「後輩君は知っていたのかい? お兄さんが元最強だったことを」

「隠し事の多い兄でしたから」


鏡花の追及に肩をすくめる。最後にそう言い残した後、世志はその場から逃げるように離れた。

西城が手を伸ばそうとするが、何も言いたくないと語る背中を止めることはできなかった。

五右衛門は鏡花を軽蔑するような目で見ていた。


「自分、頭の壊れ具合は研究だけにしとき」


この時ばかりは自分の(あやま)ちを認める鏡花。無言で頷いた後、世志の後を追いかけた。


「後輩君! まだ部活の書類にサインしていないよ!」

「そこに直れアホ」





―――深夜零時を迎える直後、竹志は毛利に勝利した。


『———以上で第弐高校の勝利をここに宣言する』


生徒会長の鹿野はポカンと何が起きたのか理解できなかったが、街全体に第壱高校の代表が打倒され、第弐高校が勝利したことをアナウンスされると、子どものように飛び跳ねるほど喜んだ。

優香もホッと安堵の息を吐いてその場に座り込んでしまう。緊張の糸が切れると涙が自然とポロポロと出て来てしまった。


「あれっ…私、何で泣いてっ…」

「おいおい、柳さん? 俺は生きてますよ?」


鉄格子の向う側で座り込むのは竹志。頭からまた血を流し、両手のグローブは破けて痛々しい傷だらけだった。

その姿に胸が苦しくなる。優香は鉄格子に右手を入れて竹志の顔を触った。


「何でこんな無茶すると…!」

「…悪い」

「凄く心配したとよ…!」

「…ああ、でも俺たち生きてるだろ?」

「けど…!」

「小笠原も、華道も生きてる。もう大丈夫だからさ」


ギュッと頬を引っ張る優香。

竹志が痛そうに前に引き寄せられるが、今度は両手で顔を触られる。

涙を流す女の子に両手で顔を触られる。当然竹志は顔を赤くしていた。


「説明して…」

「な、何をですかね?」

「……………」

「……分かった分かった。言うから睨むなって」


ジッと見られてしまった竹志は折れる。

優香の手に自分の手を添えて笑みを見せた。


「一番の理由は()()だよ」

「アタシ…?」

「お前が一緒に来たから頑張ったんだよ」

「でもアタシっ…! 夜戦の怖さを全然知らんとに、我儘(わがまま)なことを言って皆に、タケに迷惑を…!」

「俺たちのことを心配して、無理について来たんだろ? 迷惑なんて思わない」


優香の涙を指で拭き取ろうとするが、自分の手が汚いことに気付いてやめる。

だが優香は首を横に振った。そんなことはないと否定するように。

優香の優しさを受け取った竹志は人差し指を服で拭いた後、丁寧に優香の涙を拭き取った。


「それに俺は約束したはずだぜ?」


竹志はもう一度、あの時の言葉を繰り返す。


「———守る。()(きず)一つ負わせないようにする」

「っ……馬鹿!」


泣きながら罵倒されても全く心が傷付くことは無い。笑い返してやった。

竹志は鹿野に視線を移す。優香の貰い泣きしているのが、しっかりと伝える。


「後輩に立派な姿を見せるのも、大事だからな」

「ッ! はい、師匠!」


大きな返事をする鹿野に安心する竹志。疲れ切った体を休めようとした時、


「舐めるなよクソがぁ…!」

「「「!?」」」


倒れていた毛利が起き上がった。フラフラとした足取りだが、グローブを外した右手には拳銃を握っている。

まだ戦おうとする毛利に鹿野は声を荒げる。


「もう夜戦は終わった! これ以上の争いは…!」

「うるせぇ! 負けた時点で計画は全部パーだ! その男のせいで…!」


毛利との距離を詰めるにも間に合わない。最後の油断が生んだ最悪な状況。

自分の甘さに下唇を思いっ切り噛む。殺さなかったことを死ぬほど後悔した。

鹿野は銃を構えていない。今から構えても毛利が即座に撃つだけだ。自分の命を縮めるだけにしかならない。

鉄格子に腕を入れて優香の腕を無理矢理掴む。腕を引っ張り自分の背中に隠れるようにする。下手に逃げさせて撃たせるわけにはいかなかった。


「タケ!?」

「隠れてろ優香!」

「嫌っ…嫌っ、タケ!?」


毛利は竹志に銃口を向ける。憎しみを込めて睨み付けた。


「この野郎っ…!」

「何だその眼は…! 死ねぇよぉ!!!」


そして———発砲音が響き渡ることはなかった。

目をギュッと閉じ、鉄格子越しから竹志の体を必死に抱き締めていた優香はいつまでも発砲されていないことを不審に思い、目を開けた。


「……嘘」


そこには銃を構えた毛利が立っていた。

ただし―――氷像と化して。

ひんやりとした冷気が頬を撫でる。白い煙が毛利の氷像からユラユラと漂っている。


「師匠、自分の能力(アビリティ)は水を自在に凍らせることができます」


鹿野の声に優香は視線を移すと、眼鏡を外した鹿野が居た。

引き攣った表情で笑う竹志は体を震わせていた。

寒さで震えたわけではない。鹿野の強さに震えていたのだ。


「人間の体は約六十パーセントが水ですから凍らせることは可能です。そして———能力(アビリティ)範囲は視界に映る限り有効です」


何故第弐高校が高校序列二位に位置することができたのか。

何故彼は第弐高校の生徒会長という席に座れたのか。

それが今、ハッキリと理解した。


(能力(アビリティ)が強過ぎて本気が出せなかったってことかよ…!)


能力(アビリティ)範囲が視界に映る限り有効などレベル3(サード)の領域だ。生身で挑むだけで勝つことができないこと戦慄した。

隠蔽レベル2(ハイド・セカンド)が敵に居たが、こちらには実質隠蔽レベル3(ハイド・サード)のような奴が存在していたわけか。


「毛利は、やったのか?」

「はい」


氷像と化した毛利をもう一度見る。

既に死体となってしまった男。そんな哀れな姿から目を逸らした。

どの道、俺たちに危害を与えた時点で重い犯罪だ。あの調子なら俺を殺していたはず。そのまま処刑に送りにされていただろう。


「鹿野。お前なら序列一桁、余裕で目指せるぞ」

「興味ないです。それに殺したのは師匠たちの命を救う為です。最低な夜戦にしない為にも」

「……そうか」


最初に出会った時とは違う目をしていた。

この夜戦を通して様々な決断と決意を固めた男に救われた。

成長した生徒会長を否定する箇所はどこにもない。きっと伸びを褒めるだけだろう。


「頑張れよ」

「はい」


応援に頷いて答える鹿野。これからの成長を期待した。

こうして———第壱高校と第弐高校の夜戦は終わりを迎える。

疲れ切った体を今度こそ休める為に、鉄格子に背を預けて(まぶた)を閉じた。


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