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フクオカ  作者: 夜紫希
第一章
14/32

最低の奇策

太陽が沈み夜が訪れようとする時間になった。街灯が暗い道を照らし、看板などの照明が点き始める。

街は先日から一般人と関係の無い軍学生の立ち入りは禁止され、夜戦の準備が進められていた。

この区画の建物は全て夜戦に使われるフィールドそのものだ。普段の夜戦なら建物の侵入は許可されないが、大規模の夜戦は例外となる。既に二校は建物に軍学生や武器設備などを配置して準備を完了している。

———まもなく夜戦が始まろうとしている。

第弐高校の読み通り、第壱高校は数で圧倒する作戦を行おうとしていた。

そもそも第壱高校はこの方法が一番だと結論が出ている。相手の生徒数は千人。対してこちらは三千人。どれだけ罠や策略に溺れようとも、数で圧せば終わることが目に見えていた。

序列第二位の実力を持つ第壱高校生徒会長、千城(ちしろ) 軍蔵(ぐんぞう)の力すら必要無いと感じる程、彼らは勝利を確信していた。

そんな中、《カシイ》区間全域を見渡すことができ、公平な審判(judge)を下す為に作られた風紀委員会ビルの最上階に軍蔵は居た。

第壱高校の拠点と第弐高校の拠点を交互に見ながら椅子に座った軍蔵は、どこか寂しそうだった。


「浮かない顔ですね。それが第壱高校の頂点に立つ者の顔ですか?」

「……十二時(とおにじ)か」

「あ、それ以上は無理です。近づいたら死にます」

「……相変わらずだな」


軍蔵の座る椅子から距離を取って座る夜々月。両手には缶コーヒーが二つ握られていた。


「餞別です」

「すまない」


一つを投げ渡して軍蔵は受け取る。


「実は今日、第四高校の生徒会長と第参高校の軍学生が夜戦を見に来ているみたいですよ」

「珍しいな。第参はいつものデータ収集だと思うが、第四高校もか……」


軍蔵は自分の(あご)を触りながら思考する。

一方夜々月は興味が全く持てなかったのか、第壱高校の軍学生がズラリと並ぶ光景を見下ろしながらコーヒーを飲む。だが不味そうに表情を歪ませた。


「吐きたくなるような光景ですね。私でしたらあんな学校、絶対に行きたくないです」

「言うな。私はそんな学校を誇りに思っているのだ」

「そんな誇り高き学校が違法夜戦をしていた件について、風紀委員から問い詰めても良いのですよ?」


夜々月の言葉に軍蔵は下唇を噛む。

今ここで風紀委員の調査が入れば問答無用で第壱高校に傷痕を残すを結果になるだろう。しかも今回の違法夜戦の数は圧倒的に多いことを軍蔵は知っている。生徒一人二人の退学では済まないだろう。

しかし、夜々月は笑いながら首を振った。


「冗談ですよ。先輩との約束を破ることになるので」

「……やはり小倉先輩は第弐高校の援軍補助を?」

「知っているなら話は早いですね。残念なことに止めることはできませんでした」

「残念か……私は『良かった』と思っている」

「良かった?」


フッと笑みを浮かべた軍蔵は巨体を動かしながら立ち上がる。


「この夜戦に、正しき軍学生では無い者が何人か紛れ込んでいるな」

「何ですって!?」

「落ち着け。先輩が手を打っているはずだ。いや、ここで打たないわけがない」

「だから何だと言うのですか! 教えなさい、風紀委員としてそれを見逃すことは決して———!」

「他校の軍学生のことではない。援軍補助でもない。私が言っているのは———」


軍蔵の視線の先、ビルの屋上で話し合っている人影が見える。

彼らは夜々月の部下である風紀委員だ。夜戦の不正を止め、審判(judge)をする為に駆り出された人たち。

そんな彼らを汚物でも見るかのような鋭い眼光で軍蔵は睨み付けた。


「———風紀委員のことだ」

「……何が言いたいのですか。当たり前なことを私を言ってからかっているのなら」

「第壱高校が起こした違法夜戦の件数はいくつか把握しているか、十二時」

「さっきから何ですか。知りませんよ、先程は先輩に聞いたから冗談を言ったわけで……」

「二百を超えているぞ」

「え?」


信じられない解答に夜々月は耳を疑う。軍蔵の目を見るが、嘘を言っているようには見えなかった。


「私の信頼できる部下に調べて貰った。数は確かだ。でも風紀委員は一つも見つけなかった。いくら検挙率の低い違法だとしてもおかしい。いいや、私は見逃したのではないかと思っている」

「待って、そんなわけが……!」

「今回の夜戦は何人か志願した奴がいるんじゃないのか?」


夜々月は心当たりがあるのか顔色が優れない。

常に平等を重んじる組織が悪を味方する?

軍学生を代表とする者達がそんなふざけた真似をしているのか?

ふつふつと湧く怒りに夜々月の拳に力が()められる。


「違法夜戦の起きた場所は一定ごとに規則正しく場所を変えている。そして風紀委員の見回りは同じ場所を続けてしない。それが何を意味するのか、お前なら分かるはずだ」


軍蔵の話を聞いた夜々月は血相を変えて走り出そうとする。怒りで我を忘れた夜々月を軍蔵は止める。


「待て! 先輩はそれを見抜いた上で行動しているのなら止めておけ!」

「なッ……何故それを知っているの!?」

「私が指揮を取らないなら、先輩ならそうする……いや、私がいないから先輩はそうしたのだろう。だから私の信頼できる部下を増援に向かわせた」


夜々月は踏み留まり悔しそうに手を握り絞める。軍蔵はもう一度外から街を見下ろし夜々月に告げる。


「十二時……いやフクオカ風紀委員の最高責任者、十二時 夜々月。あなたの仕事があるはずだ」

「……言ってくれますね」


軍蔵の重みのある声音に夜々月は兵帽を被り直し、首に巻いたマフラーを掴む。


「分かっています。異端者を裁くのが私の仕事ですから」




第弐高校の拠点から出発して約十分。

武装準備を完了した竹志たちは《ハカタ》湾の《カタオサ》橋の下に着いた。ジメジメとした湿気に嫌な感触を靴の裏で感じながら辺りを見渡す。これからやることは一目瞭然(りょうぜん)だった。


「着替えたのに汚すのか……」

「小倉君、文句を言わない」


竹志と小笠原の会話に生徒会の鹿野と西城、そして三人の軍学生も嫌な顔をしていた。

ジャージに着替えた援軍補助の四人。それを見た優香もそれを嫌がり、愛理は溜め息を吐いていた。

彼らの目の前にあるのは汚れた川だった。濁った川にはいくつもの空き缶や朽ちた木が浮遊している。

小笠原の奇策。それは住宅街の間にある小さな川を泳いで敵陣を侵入することだった。


「生活水がこの川に流れている。つまり」

「やめてください師匠」

「鹿野、その呼び方もやめたらどうだ」


不毛な言い合いに、がっくりと二人はうなだれる。

本来、彼らは作戦本部のあの部屋に待機するか、ビルの屋上から狙撃、武器の補充、医療手当をする予定だった。しかし、あの部屋に罠を張った以上そこにいるわけにはいかない。

小笠原は耳に通信機を装着して残した仲間たちに指示を出しながら泳ぐと言い出す。器用な奴だ。

次々と(うめ)き声を上げながら川に入水する中、優香が不安気な顔で言う。


「待って。アタシ、泳げないんだけど……」

「いや、無理に来なくてもいいぞ。まだ夜戦は始まらないから柳は夜々月と一緒の場所に……って待て待て!」


竹志が安全な提案をするが、涙目で優香が飛び込もうとするので急いで止める。

わざわざ汚い川に入ってまで来る必要どころか夜戦に参加する必要もない。それでも優香が来ようとするのは自分でも少しばかり分かっている。

二人のやり取りを見かねた小笠原が竹志の背中を押す。


「小倉君。今ここで別れるより、あのまま本拠地に残す方が……」

「危険ってだろ? 分かってる!」


文句を言いたげな顔をする優香と小笠原。折れた竹志は何度も頷く。


「分かった分かった! 俺の背中に掴まれ」

「……ごめんタケ」

「……いや、覚悟決めたんだったな。なら最後まで四人一緒が良いだろ?」

「うん」


優香はゆっくりと川に入り、竹志の背中に乗るように浮かぶ。

最後に残った愛理の入水を待つが、様子がおかしい。


「実は私も泳げないの!」

「「何だって!?」」


優香の発言に竹志と小笠原が驚愕する。


「嘘だろ……そんな弱点があったのか……」

「馬鹿な……僕がそんな初歩的なことに気付かないなんて……!」


あまりにも酷く動揺している二人に生徒会は苦笑いだ。優香と愛理はグッと親指を立てて仲間の友情を確かめていた。

愛理は驚きで戸惑う二人の隙をついて小笠原へとダイブした。


「ばッ!?」


小笠原が何かを言う前に竹志は急いで回避。隣で水が大きく吹き上げた。お、おぇ。口に少し入った。

泳げない人が川にダイブするとか、勇気あるなと竹志は思った。


「ぶはッ!? た、助けごぼ!?」


死にそうな表情で水面から顔を出す小笠原。メガネは無事だが、人は無事じゃない様子。

愛理は笑いながら小笠原をしっかりと掴む。性質の悪いことに腕ごと掴んでいるので小笠原はバタ足だけで浮かないといけない体勢になっている。華道、下手すれば死ぬよ、そのメガネ君。





愛理は小笠原に一発頭を叩かれて大人しくなった。

反省しているのかそれからは静かに小笠原の肩に掴まっている。


「残り距離は?」

「もうすぐだよ」


泳ぎ始めてから約三十分。橋の下で休憩を何度か挟んで着実に第壱高校の拠点近くの川まで移動していた。

夜戦開始まであと十分。二十時になればこの川近くも激戦区になり、隠密に動いていた意味を無くす。


「全員、位置についたね。後は任せるよ」


最後の休憩地点で小笠原は通信を終える。愛理の方もグッと親指を立てて準備万端だと伝えて来た。

援軍補助で追加したのは元第参高校と元第四高校の軍学生だ。忠実で優秀だと二人は自慢げに語る。

あとは夜戦開始を待つだけだった。


「あっちは大丈夫だよ。僕達も準備しよう」

「その前に少し聞いてもいいですか?」


びしょ濡れになった服を着替えながら鹿野は気になっていたことを質問する。

その間に援軍補助の俺たちは軍服を着る必要は無いので、運動着の黒色のジャージの上着を何度も振り回して乾かしていた。防水リュックに着替えを持って来れば良かったと後悔しても遅い。一心不乱にジャージを回すことだけに集中するんだ。

ジャージを振り回す竹志の横では鹿野の問いに小笠原が答えようとしてくれていた。


「何かな?」

「あの策で本当に内部に潜んだ裏切者を捉えることができるのですか?」

「君たちの軍学校の罠は優秀だ。必ず捉えれる。それと部屋に生徒会長が無防備に待機しているチャンスを敵は無駄にしたくないはずだ」


小笠原は鹿野を通して全校生徒にある伝言を通している。

『作戦部屋の立ち入りを禁止。通信の指示を必ず聞くこと』

優秀な部下なら絶対に入ってこない。裏切者だけを誘き寄せることができると小笠原は踏んだ。


「多少の犠牲を払っても、動く価値のある状況なら敵は動くはず」


小笠原は確信している。声から自信が伝わった。


「単純な策は意外と使えるんだよ」

「それでも私たちが第壱高校に奇襲を仕掛けることの必要性が分かりません。他の軍学生に任せた方が効率が良いと思っています」

「僕達の敵はね、第壱高校でも内部の敵だけじゃないんだよ」

「ど、どういうことですか?」


小笠原はゆっくりと顔を上げる。


「風紀委員にも、敵が潜伏しているからだよ」


その一言は生徒会メンバーの表情を凍り付かせるほどだった。


「泳いでいる間、風紀委員の動きを少し探らせたんだ。結果はクロだと断定するよ」


夜戦に置いてもっとも平等の存在である彼らが敵だと小笠原は断言したのだから。

そのことを予想できていたのか、竹志と愛理は同意するように頷いた。


「第壱高校の行った違法夜戦は少し強引過ぎる。俺も襲われたが、暗殺のような倒し方じゃない。喧嘩に近い戦い方だ。第壱高校らしいが、相応しくない戦い方だな」

「それに風紀委員はそこまで無能じゃないからね」


先輩たちの言葉に嘘は無いと分かったのだろう。軍学生たちは悔しい思いで制服を握っていた。


「では見張り台に居る風紀委員たちは……」

「アレはもう第壱高校の監視カメラだね。僕達の仕掛けた罠は全部報告しているから、手違いで情報が漏れたりしたら最悪だね。攻略本を敵に渡すようなモノだよ」


今すぐ怒鳴り声を上げて近くに居る風紀委員を殴り飛ばした感情に襲われる。

だが隠れている身の者がそんなことをするわけにもいかず、鹿野はその場に座り込んでしまう。

行く場を無くした怒りは鹿野の戦意を削っていた。


「ふざけるな、何だこの最低な夜戦は……!」

「……最低な夜戦って何かな?」


震えた声に問いかけて来たのは愛理だった。

いつもの笑った顔ではない。先程の高いテンションが嘘のように見えるくらい違って見えた。意外な人物から話しかけられた鹿野は戸惑ってしまう。


「ど、どういうことですか……」

「戦いに平等じゃないこと? 裏切者がいること? それとも、人がたくさん死んじゃうこと?」

「何を…言ってッ……!?」

「本当の……本当に最低な夜戦は———」

「———華道」


怯える鹿野に華道が何か言おうとする前に、竹志の声が聞こえた。

華道は竹志が首を横に振るのを見て、それ以上何も言おうとしなかった。

気まずさと静寂の空気に包まれる中、小笠原が呟く。


「夜戦開始だ」


次の瞬間、耳の鼓膜を破ってしまうかのような轟音が襲い掛かった。

男たちの雄叫び、地面を揺らす衝撃、そして苦痛の悲鳴。

人と人が潰し合っていることを実感する瞬間だった。あまりの恐怖に優香は耳を両手で塞ぎながらその場に座り込んでしまう。

愛理は優香に寄り添って落ち着かせてくれている。介抱は彼女に任せた。


「ホラね———罠にかかったよ」


小笠原の早い報告に一同が驚く。

仕掛けた罠はもちろん立ち入りを禁止したあの部屋だ。


「見れるか?」

「今送って貰ってる」


最新型のスマホを操作しながら小笠原は竹志に見せる。ジッと画像の目を凝らして判断していた。


「いた。右下は風紀委員だ」

「分かるの?」

「夜々月から風紀委員たちの顔を全部見せて貰ったからな。覚えている」

「なら証拠になるね」

「ほ、本当に捕まえたんですか…?」


気になった西城がこっそりと小笠原の画面を覗き込んだ。

二人はしまったと息を飲むが、遅かった。


「え?」


西城の表情が一瞬で凍り付いた。

見てはいけないモノを目にしたかのような反応。彼女は怯えるように竹志と小笠原から距離を取っていた。


「嘘……ですよね……!?」

「西城? どうした、おい!」


尋常じゃないと見た鹿野が西城に駆け寄る。周囲から説明を求める視線が二人に集まる。しかし、西城の反応を見てから誰も簡単に聞くことはできなかった。


「僕、やっぱり間違えたかな……」

「いや、お前の判断は正しいよ」

「正しい? 本気で言っているんですか!?」


珍しく西城の荒げる声に鹿野たちは驚いていた。対して竹志と小笠原は表情を変えず何も言わない。

鹿野は落ち着くように西城の体を抑えているが、声は抑えれなかった。


「———人を殺すことの、何が正しいのですかぁ!!」


「……………え?」


西城の言葉に優香は何を言っているのか全く分からなかった。

いや、認めたくなかったのだ。仕掛けた罠———それが人を(あや)めてしまっている事実を。

デタラメだ。嘘だと、信じたくない思いで優香はゆっくりと首を動かして竹志の顔を見る。


———竹志は目を閉じて、無言の肯定をした。


否定の言葉は一切無い。

生徒会も同じように信じられずに立ち尽くしていた。鹿野は震えた足で小笠原に近づく。


「見せて、くださいッ……」


勇気を振り絞って声に出す。弱々しい声に小笠原は迷っているが、竹志が頷いて許可を出した。

受け取った鹿野は、画面に映った惨状(さんじょう)に目を見開いた。


「これは———最低じゃないんですか!?」


人の血で真っ赤に染め上げられた部屋に、生徒会長は声を荒げた。


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