言えない秘密
———結局軍学生は逃げて行った。良い判断だと竹志は上から目線で思う。
最後の一人になっ軍学生はやられた軍学生二人を担ぎながら俺の顔を見て悔しそうな表情をしながら去っていた。恐らくあの学生は将来立派になるだろう。本気を出した瞬間から一番状況を飲み込み理解していた。頭の回転の速さが実に有望。
いざ帰ろうとするもリュックとその中身はボロボロ。持っていたコンビニの袋で代用して回収するも最終列車は普通に発車して普通に逃した。どこが普通なのやら。日本の電車を見習え。
現在、電車は終電まで走り切って車庫へと戻っていると駅の入り口で帰りの仕度をしていた車掌さんから苦笑いで言われてしまった。
「…何度電車を逃せば気が済むんだ俺たちは」
「…そうね。あと二回くらいは逃しそう」
「フラグ建てるな」
死んだ目で駅の入り口に佇む竹志と優香。瞳に希望の光なんて宿らない。ヤンデレのように目のハイライトがオフになっているまでもある。
軍学生との遭遇の時点で大体察していた。予言していたと言えるまでもある。
そして、ここまで来るとこの後の展開は分かりきっていた。分からないわけがない。
「ホテル、行くぞ…」
「またなのね…」
二度目のホテルである。特に優香は文句を言わず、喧嘩などにならなかった。
前回は弟たちも部屋に入れて泊まったからな。ちなみに男四人は床で寝ました。ベッドに優香と一緒に寝る? 何それ怖い。彼女ができたことのない俺にできるわけがない。リア充でも難しいと思うよそれ? 多分だが。
しかし、今回はあの日のようにはならないぜ。何故なら今回泊まるホテルはなんと七階建ての高級ホテルで部屋の数が多く―――!
「大変申し訳ございません。ただいま部屋は軍学生たちが多く利用していますので空き部屋が一つしか…」
「「おいマジか」」
頭を下げる受付の男に俺たちは絶望の淵へと蹴り落とされた。
部屋の数が前のホテルより何倍も多いんだぞ。どうして毎度毎度部屋が埋まっているのだ。これはもう呪いの一種では?
「軍学生って…どこの高校なんですか?」
「第壱高校の方々です」
「よし逃げるぞ柳。超逃げるぞ。ダッシュダッシュ!!」
「お、お待ちくださいお客様!?」
受付の男が俺を止めようと叫ぶが無駄。急いで優香の手を引いて入口まで逃げる。
ドアを開いて外に出ようとするが、
「あ、アレ? あ、開かない…!?」
「お客様! 既に二十時を過ぎましたのでロックが…!」
「チッ、姑息な手を!!」
「姑息って…安全のためにロックをかけたのよ…?」
受付の男が気まずそうに説明する。説明を聞いた竹志は舌打ちをした。その様子を見ていた優香は呆れてしまっている。
「敵の拠点に突っ込むとか馬鹿か俺たちは…! 運が悪いってレベルじゃないぞ…!」
「で、でも…ここに居れば戦いは起きないじゃないと? ほら、建物内での夜戦は禁止でしょ?」
「違法夜戦する連中が今更そんなことを気にすると?」
「ごめん、アタシが悪かった」
理解が早くて助かる。
「いいんだ。分かってくれて嬉しいよ俺は」
「タケ…」
「だからさ、手伝ってくれるか?」
「…うん!」
「お客様!? 良い感じの雰囲気になってもドアを壊さないでください!?」
「「やっぱりダメか」」
受付の男に注意を受けて俺たちは破壊工作をやめる。というか超強化ガラス、マジで硬い。ヒビ一つ入らないんだが。
大人しく受付まで戻り、受付の人は話を戻す。
「じ、事情があるようですね…安心してください。空き部屋のフロアは一般客しか利用していないので軍学生と会うことはないと思われますよ」
「「受付の人…!」」
俺たちは感動した。すぐに事情を察し俺たちのことを気にかけてくれる。さすが高級ホテルのエリートは違うぜ!
「まぁスイートルームなのでお高いですが」
訂正。この受付、かなり嫌な意味でできる人だ。学生にスイートルームの値段を払わせるとか。正気か貴様。
でもここは《フクオカ》だ。余所の国では何十万、何百万する場所はあるがここは格安宿泊施設が多くて有名な場所。スイートルームもきっと安いに違いない。
「ち、ちなみにおいくらですか?」
「夕食と朝食は?」
「絶対にいらないです」
「かしこまりました。お値段は十万と五千円となります」
「じゅ、十みゃん!?」
あまりの大金額に思わず噛んでしまう。そんな金額持っているわけがないだろうが! 貧乏人の俺たちなら最高三ヶ月まで食事代が浮いてしまう額だ。
竹志はフロントをバンバンと叩きながら抗議する。
「本気ですか!? だって泊まるだけですよ!? 前に泊まったところなんて千円で良かったんだぞ!?」
「え、えっとお二人合わせて十万と五千円になるので…」
「どっちにしろ払えねぇよ!? 何でこんなに高いんだよスイーツ!」
ついに敬語がどこかへ旅に出てしまった。
「高級ホテルですので…」
「正当な理由ありがとう!」
アホなキレ方をしてしまった。
聞いたところ一般宿泊部屋なら五千円で済んでいたらしい。あまりの違いにガクガクと震えた手で俺は首を横に振った。
「無理…払えない…せめて一万円で」
「すいません、こちらも無理ですので…」
「玄関まででいいから!」
「逆に玄関で寝るのですか…」
必死に交渉するもエリートは首を縦に振らない。本格的に入口を壊すかどうか考えていた時、
「支払はカードでも、大丈夫ですか?」
隣に居た優香が、受付に黒いカードを渡したのだ。金色のシリアスコード番号に優香の名前が刻まれたカード。正真正銘、優香のカードだった。
突然の出来事に俺と受付の男は固まってしまうが、
「ハッ!? しょ、少々お待ちください!」
受付の男は慌ててカードを受け取り清算し始める。すると受付の男が豪華な装飾が施された鍵を優香に手渡した。
「部屋は最上階です。一番奥の部屋になられます。ごゆっくりどうぞ」
受付の男は再び頭を下げる。鍵を受け取った優香がエレベーターへと向かう後姿をポカンとした表情で見ていた。
「ま、マジかー…柳さんマジかー…」
優香が金持ちだったことに驚きを隠せない。バイトをしているくらいだから金は裕福にあるとは思えなかったのだが。あのカードって俗に言うブラックカードじゃないか?
エレベーターのドアが開くと、優香が振り返ってタケと目を合わせる。
「ほら、来なさいよ?」
「え? いや、俺が一緒の部屋って…」
「…もう別に気にせんし」
つまり男だと思われていないのかな?(戦慄)
#
高級スイートルームは、とにかく凄かった。
「何だこの異次元空間」
「スイートルームよ」
異次元空間ですね分かります。何それちょっと強そう。
部屋の顔である玄関の装飾はピカピカに輝いており、西洋の剣や盾、シャンデリアがぶら下がっていた。
リビングに入れば広々とした空間が待っている。白色の家具で統一された素敵なお部屋。誰もがこの部屋に住みたいと思うだろう。
ソファは全身が埋まってしまいそうなくらいフカフカ。ベッドはトランポリンのようにフッカフカ。フカフカとフッカフカ、これ全然違うからな? ベッドの方がフカフカなんだ。アンダァスタンド? …どうでもいい議論だったな。
窓から見える夜景は絶景。ベランダにはプールと巨大バスタブ。
なんというか…その…あの…はい。
「自分のアパートと比較したら死にたくなってきた」
「…強く生きなさい」
ありがとう。いつかこんな部屋に住めるくらい頑張るよ俺。何十年後になるか分からないけど。
場違いすぎるコンビニの袋を置き、ソファに座る。あぁ、ホントここに住みたい。
「ねぇ」
「うん?」
空いていた俺の右隣に優香が座り体を寄せて来る。肩と肩同士が触れ合い、心臓の鼓動が速くなる。
(お、落ち着け! 何を焦る必要がある!)
前回だって何事もなく終わったじゃないか! だって床で寝たし! 優香とは寝てないからね!
一体どんな話をするのだ? ハッ、まさか!?
『さっきは助けてくれてありがとう。大好き!』
(これだぁ! キタコレ! 元軍学生で良かったぁ!)
だって漫画やアニメでよくある展開だ! ヒロインを華麗に助けた俺に惚れる! やったぜ!
しかし、そうやって喜んでいられたのは束の間。優香の悲しげな表情を見て俺は唇を噛んだ。
「タケは…何者なの…」
「…やっぱり俺のことが―――」
「違う…全然違うと…タケがどういう人でも、アタシは味方でいられる…優しいって知ってるから」
ギュッと握られた服の袖に視線を移す。相手の顔を見て話すことができなかった。
「でも、アレは『普通』じゃない…そうよね?」
「…ああ」
優香の推測は正しかった。
軍服を着用していない者が軍学生に勝つことなど、この国の常識ではありえないことなのだから。
軍学生の卒業生は十分強い。多少は戦える。しかし、勝てる見込みはとても少ないというのが普通の捉え方なのだ。
例え一年生でも二人、それ以上の多勢で攻められれば簡単に負けてしまう。そもそも一対一で勝てるかどうか分からない。卒業生といえども、軍学生との差はそれだけあるのだ。
よって軍学生の卒業生でも二、三年生かレベル2と戦えば瞬殺されるのがオチだ。
つまり、軍学生の卒業生は一般人から見れば強いが、学生から見ればそこまで強くないのだ。竹志たちが指す多少は戦えるという点はそこにある。
「……」
そのことを説明すると優香は黙ってしまった。同じように俺も顔を上げられず、俯いたまま静止していた。
何故俺があそこまで戦えたのか。何故不利な状況でも立ち向かい、危険を冒したのか。
聞きたいことはたくさんあるだろう。
「どうして」
しかし、優香が聞きたいことは竹志のことではなかった。
「アタシのことは、何も聞かないの…?」
「…聞いた方がいいのかよ」
彼女の声は震えていた。
優香が支払った大金。その行為に何もおかしいと思わない方が無理だ。
本当は気付いている。それでも、簡単に口にしていいことだと思えない。
「……」
「……」
この沈黙の原因は、互いに隠していることが多すぎることに気付いてしまったから。
踏み込んではいけない線がそこに引かれていた。きっと干渉して欲しくないと書かれた立札が、そこに立てられているだろう。
俺はその線を越えられない。越える勇気はない。
―――でも、俺が隠し続けた世界を知って欲しいと思った。
嫌われてもいい。軽蔑されてもいい。
だけど、一年以上一緒にいた優香に秘密を教えないままはダメだと心が叫んでいた。
「優香、俺は聞いて欲しいことがある」
「ッ…」
初めて呼んだ名前に優香は驚く。いつものように柳とは呼ばなかった。
「俺は―――」
ただ一言だけ。自分の卒業した高校と、
「―――……」
自分の強さの秘密のことを、簡潔に教えた。
驚きながら聞く優香の顔を見たくなかった。でも目を合わせなければ信じて貰える内容じゃなかったから。
再び沈黙が場を支配する。怒鳴られるのではないか、泣かれてしまうのではないか、拒絶されるのではないか。
悪い方向になってしまうことばかり考えてしまう。
そして、優香は俺と目を合わせた後、手と手を重ね合わせた。
「うん、大丈夫…」
「…優香」
「全然大丈夫やった。嫌いになることないよ」
「…ちょっと泣きそう」
「ちょっとだけ涙、零してるけどね…」
泣いてないよ。優しい笑みに惚れたけど、泣いてない。ギリギリ泣いてない。分かったな? …惚れたことには触れないでくれ。
「と、とりあえず何か飲もうぜ! 自販機が下にあったから俺が買ってくるぜ」
「え? 注文すればすぐに持って来てくれるとよ?」
「オレンジジュース一杯が千円するとか洒落にならん」
メニュー表を持ちながら首を傾げる優香に俺は汗をドッと噴き出しながら焦った。そんなこと簡単に言わないでくれ。一番下に書かれているワインとか万の字が見えるけど気のせい?
首を痛めるくらい何度も横に振って注文を拒否。サイフを持って部屋を出ようとしたとき、ピンポーンと軽快な音が響き渡った。
どうやら部屋のインターホンが押されたようだ。ってまさか!?
「頼んでないわよ!?」
「デスヨネー」
お前か!?みたいな顔で優香を見たが違った。疑ってすいません。
使用人が鳴らしていないなら、一体誰がインターホンを鳴らしたのだろうか? その答えはすぐに辿り着いた。
「…第壱高校の奴らか?」
「えッ」
可能性はあった。いや、その可能性しか残されていなかった。わざわざ用もなく使用人が来るわけがない。ベッドメイキングなら可能性はあるが、ベッドを見る限り綺麗だ。その必要性は感じられない。
「柳。俺が出るから隠れていてくれ」
「…ホントに大丈夫?」
「ああ、任せろ。襲われそうになったら全力で逃げるから」
「逃げるんだ…悪いとは思ないけど言わなくていいとよ?」
「言葉言葉。…可愛いからいけどよ」
奥の部屋へと優香は移動し、俺は廊下に飾ってあった盾のレプリカを手にする。ってふざけんなこれ。超軽い。学生の攻撃なんて防げそうにないぞ。
しかし、無いよりはマシだと自分に言い聞かせながら玄関の扉まで辿り着く。注意しながらドアの覗き穴から来客の正体を見ようとするが、
(チッ、暗くて何も見えねぇな)
ホテルの廊下に点いた電気はまだ消灯していないはず。こんなに暗いのは相手が覗き穴を指でも塞いでいるのか?
ピンポーンッと二度目の呼び出し。軽快な音が再び部屋に響く。
このまま出ないままだと怪しまれて突入される。それだけは嫌だと思い、扉に向かって声をかけた。
「はーい、どちら様ですか?」
正体を隠すように少し低い声を出していた。どうか第壱高校の軍学生ではありませんように!




