僕は君の側にいることを望む
容姿端麗、文武両道、尚且つ性格良し。
なんて、周りから言われてます。
ぶっちゃけ、男子にモテます。
嬉しくないんですよ、男子にモテたって。
……だって僕、男子ですから。
美少女顔してても戸籍上、立派な男子ですから、男子にモテたところで鳥肌が立つだけ。
それでもいい、だなんてアホなことを言う輩がいるから、僕は護身術を徹底的に身につけた。
だけどさ、死角からナイフで刺されたら避けられる訳がないよね?
じわっとワイシャツが赤で染まる。
腹部には鈍い痛み。
冷たい汗が額に滲み、体温が低くなっていくのを感じた。その時何故だろう、不思議と自分は死ぬんだろうって不思議なくらいあっさりとその事実を受け入れることが出来てしまったんだ。
……そんな自分が怖い。
むしろ、そう思った。
「男子で悪かったな。そしたら、ちゃんと、もっと……お前が納得出来る理由で断れたはずなのに。犯罪に手を出すくらいに追い込んで、ごめんな」
僕が美少女顔じゃなかったら、君は真っ当な人生を歩められたのかな……?
もう、死ぬんだろうな。
出来ればもう少し、生きたかったなぁって思うよ。こんな僕にもね、同性の親友はいたんだ。
美少女顔がコンプレックスに感じてたとしても、僕は……、美少女顔だとしても男子として扱ってくれる親友の隣に、もう少し生きていたかった。
……僕の、唯一の、大切な人。
「ごめんねぇ、……くん!」
その時、どんな名前を言ったかは……。
死んだ今じゃ、君の名前を思い出せない。
「生まれる性別、本当は女の子だったのよねぇ。ごめんなさいね。
本当はね、君が大切にしてた親友と、あなたは家族になるはずだったの」
僕、女の子で生まれるはずだった?
そしたら、生きてられてた?
彼の隣で? 一番近くで?
「ねぇ! 元の世界に戻してよ!
僕、女の子でいいよ⁈ 彼の側にいられるなら、女の子でもいい!
元の世界に戻してよ! 彼の名前を、忘れたくないの! 僕の、記憶を奪わないでよっ!
あいつだけは、あいつだけは! 僕を、親友として見ていてくれた! あいつじゃなきゃ駄目なの! 女の子として、生きるなら、あいつの側じゃなきゃ嫌だ! 嫌だよぅ……、僕が女の子ならあいつが僕以外の女の子と仲良くしてるなんて耐えられない……」
僕は、膝から崩れ落ちる。
涙が、ポロポロと流れることが止まらない。
だけど、女は無表情でそんな僕を見つめる。
そして、冷たい声で……。
「それは無理よ」
驚きで涙が止まった。
……お前らの都合で、僕は……! あいつの側から引き離されたのに、と。
ギリッと、僕は唇を噛んだ。
「落ち着いてよぅ。
あなたを彼の元に戻すことは出来ないわ、いくら神だとしても同一人物として死人は一度死んだ世界に生き返せないのよ。死に関することは管轄外だから、私にはその権限はない。あなたの死は、死神が管理しているから。
私のミスで、あなたに大きな傷を負わせてしまった。私に出来るのは、あなたを別世界の『彼』に会わせることしか出来ない。ごめんなさい、ごめんなさい! 私が、私が出来ることはこれしかないの!」
女神は、涙を流した。
……その涙は、憎しみで汚れた僕の涙と比べたらとても綺麗なもので。
そんな涙を流されたら、憎しみをこれ以上向けられなくて、またギリッと唇を噛んだ。
「そんなの! 彼じゃないッ!」
僕は女々しいなぁ……。
彼じゃなきゃ、駄目だとごねるだなんてただの駄々っ子じゃないか……。
「どの世界の彼も、あなたを支えてくれるはずです。これもまた、運命。
私に出来ること、一つだけしました。これが私が出来る恩恵であり、私の償いです」
女神は僕に頭を下げた。
「僕はあなたを許しません」
「それで良いのです。私を、恨んでください。あなたから、唯一を奪ってしまった私を」
そう言われたと同時に、視界が歪んで、やがて見えなくなった。
意識がはっきりとして、僕は気がついたら子供になっていた。
三歳くらいの女の子。
まるで、中世のような建物に、上品で趣味の良い家具を見る限り、いいとこのお嬢様ってことか。
現代世界ではないようだ。
再び、ギリッと唇を噛んだ。
……もう、彼はいない……。
そう思うと、涙が止まらなくなる。大声で泣いた。その泣き声を聞いて侍女らしき人が飛んでやってきたが、気にしてなんかいられない。
……彼以外、どうでもいい……。
僕は、現世のお父様やお母様に頼まれたことをこなすだけの人形のように生き始めた。
もう、どうでもいいや。誰の婚約者になろうと、行き遅れになろうと、暗殺されようと……。
そんな生き方を、十年続けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
まるで、日向のような微笑みをする、魔法使いが頭から離れない。
彼なら、人形のような娘に笑うことの必要性を教えられるんじゃないかって、期待した。
「なぁ! 君!」
十年もの間、私は娘の笑顔を見たことがない。我が娘ながら人形のように美しいが、無表情が余計に人形のように思わせる。
そんな娘の幸せな表情が見たい。
そんな思いで、彼の肩を掴んだ。
彼はびっくりしたようにこちらの方に振り返って、困惑したような表情をした。
「私、何か粗相してしまいましたか?」
心配そうに言う彼の言葉を、首を横に振ることで否定して、縋る思いで彼の両肩を掴んだ。
「娘を助けてくれ!
ただ生きてるだけの娘を助けてくれ!
その暖かい微笑みで娘を、包んでやって欲しいんだ! 君が駄目なら、誰が側にいても娘は救えないと諦める! 君じゃなきゃ駄目なような気がするんだ。どうか、頼むよ……」
そんな私に、彼はまた困ったように笑った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
嬉々とした表情を浮かべて、お父様は私の部屋に入って来て、僕と視線を合わせて話しかけてきた。
……可愛げのない娘なのに、この人はどうしてここまで優しくしてくれるんだろう?
……お母様はすぐにサジを投げたと言うのに、我がお父様ながらお人好しだな。
「リリィ! 今日はリリィの話し相手になってくれる人を連れてきたんだ!」
無垢な笑顔で笑う、お父様。
……どうせ、お父様以外は僕の話し相手などサジを投げるんだから、どうでもいいや。
僕は呆然とそう考えた後、お父様と視線をそらすために窓を見た。
「リリィ……。お父様は、我が子であるリリィを愛してるんだ。
リリィの笑顔を見るためなら、どんなことにも縋り付く覚悟でいるよ」
そう言って、お父様は僕の髪を撫でた。
「そうですか」
そんなの、どうでもいいや。
僕は、たくさんの愛なんかいらないもの。欲しいのは、あいつの隣に在ることだけ。
……お父様は、僕の願いを叶えられる? 神様でさえ、叶えられなかった僕のお願いを。
そしたら、僕は笑顔であることが出来る。
「お父様では駄目なんだね、リリィ」
お父様には感謝してる。
名前を忘れた僕に、リリィって名前を与えてくれたからね。
表情には出さないけど、多少なりとも情は持っているはず。
「はい。僕は、ただ一人の男の側にあることだけを望んでます。それは、狂ってる感情であることは知っていますが、僕の唯一は彼だけです」
だから、教えてあげたの。
そしたらさ、お父様も見捨てくれるって思ってたのに……、お父様はまた僕の頭を優しく撫でてくれたし、いつも以上に穏やかな表情だった。
「やっぱりリリィも、神々の被害者だったんだね。そのせいで、人形のようになったのか」
『リリィ』も……?
それは、どういうこと?
「私もリリィと同じだよ。
神々が憎くて、憎くてたまらない」
僕はお父様のこんな表情を見たことない、憎しみだけに満ちた表情を。
僕は表情には出さないものの、驚きで声が出なくなってしまった。
「リリィ、私は賭けに出た。
私は今日連れてきた男にしか、リリィを人間に戻せるやつに心当たりがない。
その男が出来なければ、私は君の笑顔を見ることを諦めよう。
どうか、私の賭けに付き合ってくれないか」
僕に彼は根気よく接してくれた。
……空回りしてると気付きながら。
「いいですよ」
そう言うしかないだろう?
そう答えた時、遠慮がちに僕の部屋のドアがゆっくりと開かれていく。
「僕なんかがそんな重要な話、聞いてて良かったんですかね……?」
その声に息を飲んだ。
間違えない、この人はこの世界の……、僕の唯一の親友だ……。
姿は違えど、聞き間違えたりしない。
だけど、違う!
彼は彼! 親友じゃない!
なのに重ねてしまう自分が嫌になる。
「今日は、帰ってください……!」
そう言うことしか出来なかった。
「リリィ⁈」
お父様、ごめんなさい。ごめんなさい。
この人が悪人なら良かった。
でも、この人はお人好しだ。僕が側にいることを望んでいなくても、きっと側においてくれる。
こんな人に我儘なんていない。彼のように演じて、なんて言えない。言える訳がない!
この人を巻き込みたくない。
この人の感情を殺させたくない。
「今日は、帰ってください!」
僕は壊れたように言い続けた。
……彼を巻き込みたくない、その一心で。
なのに、彼は……。
「明日、また来ます」
意志の込もった声でそう宣言した。
「強制はしない、無理そうなら断ってくれて良いんだからね……?」
お父様は、意地を張っていっているならばと考えたのか、そう切り出したのに彼は……。
「いえ、明日また来ます」
はっきりと断った。
ここから僕と、彼の攻防戦が始まった。
「帰って! 僕、君に会いたくない!」
そう言えば帰ると思ってた。
実際、お父様以外の人間はそんな僕に愛想尽かして去っていったから。
なのに、彼は違った。
「なら、ドアの前にいる分には構わないということですよね? 僕はあなたが逢いたいと望んでくれるまでずっと、ずっと待ってます」
なんで? なんで、そう言ってくれるの?
毎日、そんな疑問を抱えながら、一ヶ月もそんな攻防戦を繰り返した。
ある時から彼は来なくなった。
一週間、遠征に行くと言ってから、彼は三週間も過ぎたのに僕の元へと現れない。
ついに、愛想つかされたのか。
実に呆気ない最後だったとそう思った時、何故だか悲しくて涙がポロポロと流れてきた。
「会いたい、です……」
あなたが、この世界の親友的な存在であるなんて関係なく、拒否する僕の側にいてくれようとしてくれたあなたが、どうしようもなく……。
たかが、三週間しか会えなくなっただけで恋しく感じるほど、僕はあなたが……。
「いなくなってから気づくなんて、僕も馬鹿ですね……。彼のことが好きだなんて気づくなんて」
……ほんと、馬鹿。
そう考えながら自分を嘲笑った。
名前も知らないなんてもっと馬鹿。
聞く機会なんていくらでもあったのに。
今更後悔するなんて僕、馬鹿だなぁ。
自分の愚かさに僕はまた泣いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「彼が怪我した、とは本当か⁈」
医務室にリリィさんのお父様が現れた。
彼とは十中八九、僕のことだろう。
……リリィさん、心配してくれるかな? まあ、リリィさんは僕のこと嫌っているみたいだし、心配してくれる可能性は極めて低いだろうなぁ。
自分で言ってて虚しくなるなぁ。
気づいてないふりしてたけど、そうじゃないかって考えると、胸がとても痛く感じる。
「リリィさん、元気ですか?」
恐る恐る聞いてみた。
……まあ、あまり変わらないだろうけど。
僕が居ようと居まいが、リリィさんはリリィさんのままだよ……。
「リリィ、毎日泣いてるよ。
リリィに君が怪我したことでリリィのところに来れないこと、伝えていいかな?」
嘘だ、嘘!
そんな都合のいいことがある訳ない!
リリィさんは僕が嫌いで……!
「リリィは天邪鬼で、お人好しで、意地っ張りで、自分のことは二の次な女の子だよ」
その言葉に、鼓動が速くなる。
鼓動が速くなるたびに、僕の期待はどんどん大きくなっていった。
……ああ、リリィさん。
あなたに無性に会いたいです。
僕はリリィさんのお父様の提案に、二つ返事で返答したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「彼が、怪我をした……⁈」
血の気が引くのを感じた。
その時、前世腹部を刺された記憶が鮮明に、映像として脳内に流れる。
僕はその瞬間、パニックになりながら。
「今すぐ彼の元へ‼︎」
自分のように死んでしまうんじゃないか、と僕は気が気でなかった。
急いで、王城の医務室へと向かった。
マナーなんて関係なく、乱暴にドアを開く。
そこには思ったより元気そうにする彼の姿があって、安堵からポロポロと涙が溢れ、腰が抜けた。
「リリィさん?」
きょとんとする彼が憎たらしい。
そう考えているうちに、彼は僕との距離を狭めていた。……僕の涙が拭けるくらいまで。
その触れる指がとても心地よいと思った。
「見捨てられたかと思いました、僕は素直じゃないから。今までの人のように愛想を尽かして、僕の元から去っていってしまったのかと思いました。
怪我したと聞いて焦りました、怖かったです。僕の元から本格的に消えちゃうんじゃないかって思って、思い出したくもない記憶まで引き出してしまいました。そこまで動揺しました、だから私の元から消え去らないでください。
あなたを巻き込みたくなくて、拒絶していたのに、あなたって人は躊躇わず踏み込んできて、僕に側にいて欲しいと望ませたんだから、死ぬことなんて許しません。側から離れることも許しませんから、覚悟しておいてください」
たくさん我儘言ってしまった。
……彼は呆れるだろうか?
そう思うと怖くて顔が上げられない。
すると、彼の手によって僕は無理矢理顔を上げさせられて……、柔らかい唇が合わせられた。
彼の目に映された僕の顔は、一瞬でさっきまで青ざめていた顔が、真っ赤に染まっていた。
吐息まで熱くなったような気がした。
「リリィさん、僕はリリィさんに一目惚れをしてしまったんです。
おかしいでしょう?
七歳も年下な、本来なら妹くらいのリリィさんに僕は恋に落ちたのです。側にいたいと思ったのです。僕が、リリィさんの側にいなければと思ったんです。
だから、どんなに拒絶されても、諦められなかった。リリィさんがどうしようもなく好きで好きでしょうがなかったから。
だから、たくさん甘えて欲しいです。
僕だけに、リリィさんの側にいていいと言う権利が欲しいのです。くださいますか?」
耳が溶けてしまいそうなくらいの甘すぎる、糖度の高い言葉に僕はくらくらしてしまう。
僕はきっと、リンゴのように真っ赤に顔を染め上げているのだろう。
でも、僕は根っからの意地っ張り。
素直に「うん」なんて言えない。
「僕、前世の時男だよ?」
なんて、言ってしまう。
どうしよう、これを知って気持ち悪いなんて言われたら。僕は、僕は……死にたくなる。
だけど、そんな心配思い過ごしだった。
「それでも構いません。
あなたは、あなたですから。
僕は前世のあなたを知りません。
僕が好きになったのは、今のリリィさんです。僕はリリィさんであるあなたを好きになりました。
前世、リリィさんが男であろうと女であろうと、どうでもいいです。僕は恋に盲目になりやすいのです、僕はリリィさんがどんな問題を抱えていても好きでいられる自信しかありません。だから、安心してください。
心配ごとはそれだけですか?
それなら、僕の望み叶えてください」
普段の気弱さがない強い意志が宿った目を向けられるから、僕は余計に天邪鬼になる。
「名前知らないし……」
本当可愛げがないと思う。
両想いなのに甘えられないなんて。
そんな僕の天邪鬼さに、呆れもせずに彼は付き合ってくれる。
「そうでしたね。僕、自己紹介してませんでした。シオンって言います、家名はマーベルです」
にこやかに笑ってそう教えてくれるからさっきからドキドキすることが止められないでいた。
……高鳴る鼓動の宥め方を誰か教えて!
内心、そんな教えを乞いていれば、不意打ちで彼……いや、シオンさんが僕の髪に触れてきて、まるで髪の毛一本一本触れるかのように丁寧に、優しく撫でてきた。
その動作に僕は余計に翻弄された。
「し、シオンさん! やめてください! 僕、僕……! これ以上触れられると心臓が壊れてしまいそうだから、髪から手を離して……!」
もう、告白したも同然だった。
なのに……、シオンさんはその言葉だけでは満足してはくれなかった。
「どうしてです?
僕はリリィさんのこと、どうしようもなく好きだから、リリィさんに触れたいんです。
今までお預けされていたんだから、少しくらい我慢してくださいよ」
なんて、言われてしまえば、何にも言えなくなってしまうじゃないか……。
恥ずかしくて、照れくさくて。
だから、ついポロリと言ってしまった。
「シオンさんに触られると、ドキドキが止まらないんです……。僕、シオンさんのこと、ずっとずっとそばにいて欲しいって望んでしまうくらい好きだから、シオンさんに触られると恥ずかしくて、でも嬉しくて、だけど照れくさくてどうしようもないんです」
そう言い終わったと同時に我に返って、僕はのぼせたくらいに顔を赤くさせた。
……ああ! 恥ずかしい!
恥ずかしすぎてシオンさんの顔が直視することが出来なかった。
そんな私に、彼は……。
「可愛すぎて困りました……」
そう甘すぎる声で言って、恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆い隠し、俯く私を看護婦に安静にしてなさいとシオンさんが怒られるまで、包み込むように抱きしめていたのだった。