なんでかいきなり取り調べを受ける羽目になりました
なんでかいきなり取り調べを受ける羽目になりました。散歩している途中で警官から話しかけられて、事情聴取したいからと任意同行を求められ、断ったら疑われるのじゃないかと心配した僕は、そのままその警官について行き、そしてそのまま取調室に入れられてしまったのでした。
どうせ直ぐに終わるだろうと楽観的に考えていたのです。
ところが、その警官は随分と粘るのです。簡単には僕を取調室から開放してくれそうにありません。任意だから、本来なら自由に帰ってもいいはずなのですが、何故か半強制的に閉じ込められているような感じになっています。
はい。
どうもその警官さんは、僕を犯人だと決めつけているようなのです。困ったものです。その警官さんは若い方で、なんだか自分がいる今のシチュエーションに酔っているような雰囲気がありました。「腹が減った」とか言ったら、かつ丼の出前でも取ってくれそうです。いえ、まぁ、さっき試してみたら駄目だったのですがね。本当に腹が減っているんですよ。僕は。
その若い警官さんが言うには、僕が歩いていた近くの家で盗難事件があったそうなのです。普通に空き巣ですね。でもって、近隣の住民の方が、僕にそっくりな恰好の少年が不審な行動を執っているのを見たそうなのです。それでこの若い警官さんは、あ、なんか長いので、これからは略して“若井”さんと書きますが、この若井さんは僕を犯人だと疑っているようなのでした。
いやいやいやって感じですよね。そもそも、その証言が当てになるのか分からないし、仮に当てになったとしても僕と似たような恰好をした人なんていくらでもいるだろうし。それでそう言うと、若井さんはムッとしたような表情になってこう言うのです。
「だったら、お前、自分が犯人じゃないって証明してみろよ」
僕はそれを聞いて、軽く眉間を指で押さえました。
「うーん」
実は“ない”事の証明は難しいのが普通なので、“ある”と主張する側が証明責任を負うものなのです。だからそう言ってみたら、若井さんはそれを認めないのでした。僕はなんとか説得しようと口を開きます。
「あのね、若井さん」
「誰だ、それは?」
「僕が犯人じゃないって証明できなくても、それで犯人だって証拠にはならいでしょう? 単に犯人かどうか分からないだけですよ」
ところがそれを聞くと、若井さんはこう言うのです。
「いいや、違うね。犯人じゃないって証明できなければ、お前が犯人なんだ」
とんでもない事を言い始めました。そんな裁判は聞いた事がありません。僕はこう尋ねます。
「つまり、“ない”事を証明できなければ、“ある”だって言いたいのですか?」
「そうだ」
それを聞くと僕は腕を組んで考えます。それからこう言いました。
「そうですか。なら、若井さん……」
「だから、それは誰だ?」
「あなたが犯人じゃないって証明してみてくださいよ。証明できなければ、あなたが犯人って事ですよね?」
若井さんはその言葉に驚きます。
「だって、お前、証言の内容と俺の格好は違うじゃないか」
「なら、その証言が間違っていないって証明してみてくださいよ。証明できなければ、間違いだって事ですよね?」
それを聞くと、若井さんは明らかに困った顔を浮かべました。僕はなんだか少し楽しくなってきてしまったので、続けちゃいます。
「そうだ。あなたは自分が犯人だから、僕に罪を擦り付けようとして、こうして取り調べを行っているのでしょう?」
「なんだと? そんな事があるはずないだろうが?」
「なら、そうじゃないって事を証明してみてくださいよ」
若井さんは「ぐぬぬ…」と呻きました。僕はそんな若井さんに呆れます。普通、こうまで追い込まれれば、自分の過ちを認めるものでしょう。“ない”事が証明できなくても“ある”ではないのです。そんなタイミングでした。不意にドアが開いたのです。
「ヤマさん……」と、若井さんが呟きます。そこには、なんだかいかにも刑事ドラマにでも出て来そうな刑事っぽい人が立っていました。どうやら“ヤマさん”というらしいです。
「どんな具合だ?」
と、そのヤマさんは尋ねましたが、流石に答え難いのか、若井さんは何も返しません。それでチャンスとばかりに僕は今までの経緯を軽くそのヤマさんに説明しました。
「もし、“ない”事が証明できなければ“ある”でいいのなら、宇宙人だっている事になっちゃうじゃないですか。そうは思いませんか?」
最後に僕がそう言うと、若井さんは「宇宙人と犯罪を一緒にするな。宇宙人なんかいるはずないだろうが」とそう言いました。それにヤマさんは「何を言っているんだ、お前は?」と返します。
それを聞いて僕は、“良かった。真っ当そうな人だ”と思いました。話が通じそうです。これで何とかなるかもしれません。が、それからヤマさんはこう続けるのです。
「宇宙人はいるに決まっているじゃねぇか」
変な人でした。
“こう来たかー……”
頭を抱えました。
しかし、それから、もうこうなったら、この流れのままでいってやれと、そう僕は思い直したのでした。
続けます。
「なら、この若井さんが犯人だって事で良いですかね? 犯人じゃないって証明できないんだから」
ヤマさんは大きく頷きます。
「ああ、もちろんだとも」
なんでかヤマさんには“若井さん”で通じました。若井さんは慌てます。
「ちょっと、ヤマさん! 何を言っているんですか?」
「だって、宇宙人いるもん」
「宇宙人にいて欲しいから、俺が犯人でなくちゃいけないって事ですか?」
「そうだぞ、若井」
「若井って、誰っすか?」
ところが、そのやり取りの後で、残念ながら若井さんは気付いてしまったようなのでした。僕を指差します。
「ってか、その理屈で言ったら、お前だって犯人って事になるだろうが。犯人じゃないって証明できないんだから」
……その当たり前の発想に。
僕はそれにこう返します。
「いえ、僕は犯人じゃありませんよ。何しろ、若井さんが犯人なんだから」
「だから、若井って誰だよ?」
しかしそれにヤマさんはこう返すのです。
「いいや、犯人が一人だとは限らないぞ。複数いるかもしれん」
それを聞いて僕は言います。
「複数いるかもしれない? なら、ヤマさん。あなたも犯人かもしれないって事ですね?」
ヤマさんは淡々と返します。
「いや、それはない。俺にはそんな記憶はないからな」
それは皆、一緒です…… とは、思いましたが、僕は敢えてそれは言わず、こう返しました。
「いや、記憶がないからって犯人じゃないとは限りませんよ。何者かに記憶操作をされているかもしれないじゃないですか」
その言葉にヤマさんはピクリと反応しました。
「もしかして、それは……」
僕は頷きます。
「そうです。宇宙人です」
それを聞くとヤマさんは軽くガッツポーズを取りました。
「宇宙人……」
素敵な瞳でそう呟きます。それから、若井さんの肩をたたくとこう言いました。
「若井よ。そんな訳だ。どうやら俺達は記憶操作をされていたらしい。大人しく自首しようじゃないか」
若井さんは泣き出しそうな声で返します。
「ヤマさん。俺、若井って名前じゃないっすよぉぉ! 大体、記憶操作って、どんな目的で宇宙人が俺らに記憶操作するんですか?」
そんなところで、取調室のドアが開きました。人畜無害そうな警官が顔を覗かせて、こう言います。
「あの……、さっき、空き巣の犯人が捕まったって連絡が入りましたよ」
……意外に楽しかったです。