浮気者
「...んで、真っ先にここへ来たと。舐められたもんだなぁ、魔王さんよ。」
「グロキアって兵の数は凄いけど、質はクズなんだねぇ。普通に歩いてこれたよ。」
無論、魔王である雪音が何もせずここまでこれる道理はない。雪音の魔法によりその容姿が認識しづらくなっているのだ。
視界には入っていてもその情報が脳へと伝達する際に齟齬を生じさせるといった物で、それなりの魔力量、魔法耐性がない者にはこの女性が魔王であるなどと思いもしないことだろう。
「はっ、クズなりに使い道はあんだよ。それよりさっさと始めようぜ。」
「さっさと世界征服しないと零が心配するからね。3時間で戻るって言ったし!」
何処からともなく取り出したるはエルシア達との戦いでも使用した長剣。両手で大上段に斬りかかる。
「っと、あぶねぇな。俺の能力知らねぇ訳じゃねぇだろうに。」
バックステップで距離をとりそれを躱すグロア。敢えて斬られた方が良かったか、と思案するもののやはり痛いものは痛いのだ。流石に自分から傷を負いにいくのには躊躇してし
まう。
それに対して雪音は、攻めの姿勢。なおも果敢に斬りかかる。
「痛みを返すなら返せばいい。そんなことをしている間に命を貰う。」
まるで【コンティニュー】の存在を知らないかのごとき振る舞い。
「はっ、いいぜ。やってやろーじゃねぇか。殺れるもんならやってみろよぉ!」
回避を捨て、身をさらしながら特攻するグロア。斬ろうが斬られようが傷を負うのは最終的に魔王であり、グロアは一時の痛みに耐えるだけで勝利は揺るがない。
だが、雪音の大剣はグロアの剣を強く打ち据えた。大剣をあっさりと手放すと代わりにグロアの右腕を掴み身を潜り込ませーー投げた。そして右腕は離さず、体勢的に抵抗が難しいグロアへ向けて魔法を放つ。
「即時行使っと。ほい、おしまいー。」
「ぐっ、うぁーー」
そこに立つは2m程の氷柱。魔力により現出したそれは、中に不純物を含んだまま溶ける
ことなく存在し続けるだけのーー
「それじゃこまるんだなー!」
「っい...!?」
雪音の腹部から腕が生えていた。小さい、容易く握りつぶせそうな華奢な手のひら。
「全く。貯めた魔力全部使っちゃったよ。右腕だけなのに燃費の悪いこと!」
雪音の胸まで程の背丈。全身は黒い靄のようで、シルエットが浮かぶのみ。。唯一人と分
かるのはその右腕のみで、つまりは魔力が足りなくてこのような半端な姿なのだろう。
「グロアっちー?相手は仮にも魔王だよ?普通の勇者じゃタイマンはれるわけないって言ったじゃーん!装備だって整ってないのに。」
シルエットが氷柱へ触れる。すると、溶けるでもなく氷のみが消滅した。
「...はぁ、情けねー。だが助かったぜメパカ。つーかなんだありゃ、レイの比にならねぇよあの体捌き。」
「そりゃ魔王って言ったらラスボスだからね!まさかラスボスが出向いてくるとはおもってなかったけど!」
「...おまえが...!元の世界に帰れるだとか言って私を騙すから...!」
「...あぁ、知っちゃったんだ。でもね、君はグロアの成長のための礎。ラスボスは最後までお城で待ち構えてなくちゃね。」
そう言うと雪音の腕を掴み、【コネクト】の扉まで跳躍。そして扉の奥へと押し込むと扉を素手で破壊した。
「...これでこの辺にコネクトは張れないはず。なんたって私が直々に破壊したんだから!おっ」
言い終えると同時、体を覆う黒い靄と右腕が瞬時に消滅した。
『むぅ、燃費悪いにもほどがあるぅ!』
「お、戻ったのかメパカ。」
『ごめんねぇ、〈次の能力あげる〉までまだまだかかりそう。魔力空っぽになっちゃったし。』
「いいさ、勇者ってのは段階踏んで強くなっていくもんだろ。」
「まぁねぇ。その方が面白いしね!」
〜〜〜
「はぁ...はぁ....うぐっ.....痛い..」
メパカに貫かれた腹部。見るからに重症、医療の発達していないこの世界においてそれは致命傷にも思える。
「リストラぁ...零に使っちゃったしなぁ..やばい、意識が....遠...」
「...?雪音、帰ってきて...!?どうしたのさそれ!血が!」
「零..!?ごめんね...ちょっとみすっちゃって、やばいかも...」
「エルシアさん!早くこっちへ来て!」
エルシア。零を利用しようと、私から奪おうとしている憎い女の名を確かに呼んだ。この場は世界と隔絶されている。他の人間がここにいるはずがーーー
「どうしたんですか、零さん...!酷いですね。ミリィ、治癒促進と強化頼みます。」
「...らじゃ。」
何故彼女達がここにいるのか、何故彼女達は私を治療しようとしているのか。私は魔王で彼女達の敵なのにーーーと、そこで雪音の意識は途絶えた。
「あ、おはようございます。あれから3時間ほどしか経っていないのに、凄まじい回復力ですね。もうほとんど傷口塞がってますよ。」
目を覚ますと私はベッドに寝かされており、近くまで運んできた椅子に座りこちらを見ている女が。
「な、なんですかその敵意剥き出しの目は...全く、助けてあげたんだから感謝してほしいものです。」
この女が何を考えているのか、私には分からない。零を私と引き離そうとするかと思えば私を助けたり。いや、それよりもまずはーー
「どうやってここまで来たの。」
「簡単な話です。【代償】を支払ったまで。」
なるほど、こいつが1人で零を召喚したことや無詠唱での長距離転移など、それら全てにようやく合点がいった。この女が目的にどれだけ本気なのかも。
「【代償】...おまえはつまりーーー」
「あっ、起きてる!良かったぁ...おはよ、雪音。」
この人のためなら全てを捨てることも厭わない。そんな相手が私の様子を見に来てくれたというだけで心が満たされる。同時に、欲が出る。
「零...ぎゅってして。」
「はいはい、ぎゅー。」
零がハグしてくれる。自分から頼んでおいて、パニックになる。顔が熱い。心臓の鼓動が耳につく。頭の中がふわふわして、周りの目をなんて気にならなくなる。
「レイさん!わ、私も!ぎゅーってしてください!」
「いやいや何言ってんのエルシアさん...」
これは私だけの特権。他の誰であろうと譲るつもりはーーー
「...ぎゅー。」
「わ、急に飛びつかないでよ、びっくりするから。」
譲るつもりはーー
「...だって、構ってくれないから。」
「ミリィは甘えん坊だなぁ。」
譲るつもりはーーー!!
「零!私がいなかったからってこんな!こんなハーレム作りやがってぇぇ!」
「ちょ!暴れると傷に障るって!落ち着いて!」
「このーー浮気者!!」
「浮気なんてしてないから!?」
世界征服なんかよりも、目下大変な問題が起こった。零はそんなことないって信じていたのに、男はやっぱり、みんなそうなのか!