譲れない部分
「...飛行船。イースラに一隻しかないのに。」
「国の勇者、それもいずれは世界の代表となるべき王の危機なんですから、これぐらいは当然です。」
「今のところ空賊に対抗できる物を造るのはかなり難しいからな。ここまでのマジックコーティングを施すのがどれだけ大変か...」
「動力を魔法で射抜かれたらそれまでですから...」
この世界において攻撃魔法はかなりの魔力を必要とする。
しかし狙う側の空賊からしてみればそんなことは大した問題にはならない。数人、数十人と魔法を少しずつ重ねる時間ならいくらでも取れるのだから。
「とにかく、これで魔王城まである程度近づ
き、転移の射程に入った段階で即行使します。」
「だが、正気かどうかは確かに分からんのだが...もしも彼が自らの意思でーー」
「正気なはずがありません。魔王と接触した際に何かされたに違いありません。」
「そ、そうか...」
エルシアの、レイに対するーーー世界平和への執着は常軌を逸している。それは世界を超えてレイを召喚するほどに。それは『自らの人生を捨てる』ほどに。
〜〜〜
「...んん。」
「おはようばーか。私の方が頑丈だって言ってるのにばーか。」
「起き抜けにそんな可愛く罵倒されてもなぁ...」
今レイが体を横たえているところは先程の畳部屋。押入れから出してきたのだろう、布団まで敷かれていた。
「実際、私ならノーダメに等しい威力だったのに。何勝手に死にかけてるの、ばーか。」
「なんだかそう言われると情けなくなるな...」
護るどころか、なんなら護られるのが正しいレベルだ。防御面には全くステータスを振っていない、完全な初期値なのだから仕方が無いことではあるが。
「...まぁ、でも。」
「ん?」
「嬉しかったよ。理屈で考えると馬鹿だけど。」
「...ん。馬鹿だね、僕は。っ!」
何故かうつ伏せに寝かされていたレイは、起き上がろうと腕に力を込め、体を起こそうとしたところで異変に気づく。
「ちょっと、そのまましばらく寝てて。背中からもろに喰らったんだから...ぶっちゃけ爛れてる。まぁ本来なら消し飛んでるんだけどね。」
「え...まじか。想像したら鳥肌立った。」
「服ごと爛れてて、剥がすの大変だったんだから。」
「待って、ごめんなさい勘弁してください。」
安易に想像できてしまう、その状態。今の自分の事だと言われると恐怖しかない。
「私だって、見るだけでも怖かったよ。剥がす時なんて魔法で音と匂い遮断して眼も瞑ってた。」
「それ、多分皮膚ごと剥いてない?」
なんて残虐な幼馴染なのだろうか。
「うん、ごめんね。でも早く応急処置して薬作りに行かないといけなかったから。」
その薬というのが今差し出されている赤黒い...毒?」
「だから薬だって!」
「あっと、声に出てたか。えーと...それじゃ貰うね。」
丸い形をした瓶を受け取り、早速それを飲...
「...ストロー無い?」
うつ伏せでどうやって飲めばいいのか。
「そんなハイテクな物、この世界には無いって。」
「なんなら自作だって出来そうなシンプルなものなのに...良く分からないなぁ...」
それにしても、どうやって飲もうか。地味に死活問題かもしれない。
「...口移し...しかないね。」
そんな訳があるか。
「そんな顔真っ赤にして何を言ってんの。そもそも口を合わせる方がつらいよ。」
体制的に。
「まぁいいよ。はいストロー。」
「あるんかーい!ったぁぁ...」
背中に響いた。しばらくは絶対安静を余儀なくされることだろう。
瓶にストローを差し込み、吸い上げる。そして中身が舌先に落ちた、その瞬間。
「うわっ、あっま。なにこれ葡萄?」
「美味しい?」
飲み易さを求めた結果と言うには些か甘すぎるような気がする。薬を飲んだ相手に対して美味しいかと尋ねるのもーー今、視界に写った物はなんだろう。
「えっと、その瓶は?」
今まさにレイが飲んでいる物とそっくりなそれ。雪音が後ろ手に持っているのが見えた。
「あー...実を言うと、こっちが本物のお薬で、名付けて『リストラ』ってところかな。なんだか哀愁漂うネーミングだ」
またしょうもない嘘をつく。
『リストラ』、直訳するとたしかーー再構築。
「そのまんま再構築って意味なんだけど...とにかく早く治ることを追求した結果、これにたどり着きまして。」
再構築ということは、つまり。
「まぁちょーっと痛くなるけど、すぐ治るから!30分くらいで収まるはず!」
「細胞を破壊して、新しく作り直す...的な?」
刹那、レイは痛みを堪えて布団から飛び出し外へとーー出ること叶わず、首を『魔王』に掴まれた。
「嫌だって!ほんとに!助けてぇぇ!」
しょうもない嘘をついていたのも、本命を悟られないがため。流れに乗じてもう一つ、と差し出してそのまま飲ませる腹積もりだったのだろう。
「昔から注射とか苦いお薬とか大嫌いだったから。なんとか飲ませないとって考えたのにぃ。」
「嫌だってさ再構築って明らかにやば...ッっぐっっあっぁぁあぁあ!」
片腕で頭を完全に固定され、もう片方の手で薬を流し込まされる。液体が触れた部分ーー舌先、喉を通って腹へと落ちるーーが燃えるように暑い。凍りついたかのように痛い。やがてその苦しみは背中を含む全身へと伝播していく。脳が五感に気を向ける余裕がないの
か、何も見えない、聞こえない。自分が叫んでいるのか、それすら分からない。そしてとうとうレイはーー落ちた。
「あー...やっぱりそうなるよね。まぁゆっくりおやすみ、零。」
痛みのあまり気を失ったレイを再び布団に横たえると、雪音は玄関から外へとでる。
「あの時の有象無象さんかぁ。レイなら今寝てるから、機会を改めてね。」
「そうもいきません。レイさんを返して下さい。」
上空では巨大な飛行船が旋回している。あそこから転移してきたのだろう。
「『返せ』だって?これはまた変なことを言う人だね。零はやっと『帰って』来たのに。」
「まるであなたがレイさんのーー『魔王』が『勇者』の帰る場所であるかのような物言いは不快です。例えあなたとレイさんが同郷だったとしても。」
「でも現に零は私の元へと帰ってきた。高々数ヶ月一緒にいただけのあなたにそんなこと言われたくはないかな。」
レイとの戦闘で見せた二刀の構えーーではなく、巨大な大剣を両手に持った雪音は、愚かしい彼女を表情で嘲笑う。
「道理を通したいのならーーーそれ相応の力を示しなよ。」