離別
「して、どうしましょう。今の私達に差し上げられるものなどございません。この通り、着の身着のままといった風体ですし...ふむ。文字通り、この体を労働なり奉仕なりに費やす...くら.......」
まぁそもそもこの姉妹を開放したのはレイではなくグロアなのだが。
「いやぁ、別にいいよお礼なんて。そんなことを期待してたわけじゃ...あれ?どうしたのレイラさん。」
「え....えぇっと...!さっ、先程は失礼しまちっっ!」
どうやら『戻った』ようだ。先程までのレイ
ラへと。
「えっと、えーっと...レ、レイさん!何か欲しいものとか...私にできることとか!な、何かありませんですか!?」
「気絶こそしないものの、パニックに陥っていますね。」
「...ギャップが凄い。」
「...うーん。グロアはなんとかなりそうだし、そうだなぁ。強いていうなら、僕らに敵対さえしなきゃそれでいいよ。」
「でっ、ですが!そんなことではこのご恩は!」
「レイさん。グロアがなんとかなりそうだというのも聞き捨てならない内容ですが、魔王のあの力は勇者達を集えども...私の転移魔法にいとも容易く妨害を、それもかなり繊細な書き換えを施すほどの魔法技能、そして軍隊を瞬時に壊滅...消滅させるほどの力をもっており、少しでも戦力は欲しいところです。ですからここは...」
姉妹勇者への協力を要請する、と。当初の予定通りに。しかしーー
「グロアは大丈夫。僕一人でいいよ。魔王もーーー魔王こそ僕一人でやらなきゃいけない。あれは僕と魔王の...僕と雪音の問題だから
。」
「私が貴方をこちらの世界へと呼んだ意味。世界平和を果たすためにもレイさんには死なれるわけにはいかないんです。貴方はこの世界の『王』となるべき...レイさん?」
「...あぁ、ごめんごめん。大丈夫、この世界の争いはちゃんと収めてあげる。それが雪音との再開のきっかけを与えてくれたエルシアさんへの恩返しだ。」
「...レイ、怖い顔してた。どうかした?」
「いやぁ、ちょっと考え事をさ。もう大丈夫だから。...あー、ちょっと外歩いてくるよ。頭整理したいしね。」
そう言うと、レイは部屋を出た。
「...私、なにかまずいことを言ってしまったのでしょうか...」
「わっ、私がおどおどしてたから...ですよね...」
「ふむ。上辺を取り繕うのは案外苦手なのか...。そう悲観するな、妹よ。恐らくだが原因は...まぁあくまでも予測の域を出ん話。あえて話すことでもないか。気にしないでくれ。」
何か答えにたどり着いたような口ぶりのエイラ。この中で言えば2番目にレイとの付き合いに年季がない人物なのだが、生まれ育った環境の影響なのか観察眼に長けているようだ。
「...今日はもう寝よう?考えたって仕方がない。」
「そうですね...それでは私とミリィは隣の部屋を借りてきます。」
そして翌日ーーレイは未だ帰らず。
「......うぅ。」
「...どうしたんだろ。」
「私には、彼がこんなにも無責任なことをするとは思えないんだが...しかし現に彼はふらっと出ていったきりだ。」
「そ、それに...最近召喚されたレイさんなら身を寄せるあてとかも無いんじゃ...」
「レイさんがあてに出来そうなところは、全て私とミリィも知っているところの筈です。召喚してからずっと...1日として傍を離れたことはなかったですし。」
心当たりを思い起こしていると、不意にミリィがこう呟いた。
「...グロキア、とか。」
この世界において最大の軍事力を保有するグロキア。あのグロアを召喚した国である。確かにレイはグロアとどこか親しげに接しているようにも見受けられた。だが、グロキアとは軍事国家。あえてその様な危険地帯へと身を踊らせる必要もないだろう。
「あの国へ行くというのなら相当の理由、目的があるという事になります。それも、命懸けで成したいとまで思えるような強い思いを持って。」
〜〜〜グロキア国中心部〜〜〜
「...でぇ?うちの兵隊さんを100は斬り捨てておいて俺に話があるってか。国境門のとこで名前出しゃ、出向いてやったのによ。」
「...“ここの勇者に取り次いでくれないかな。レイが来たって言ってくれたらいいから。”って言った瞬間、その場にいる全員に切りかかられたんだけど。」
縮地がなければ死んでいたかもしれない。如何にレイのAGEが化物だろうと初速はどうしても遅くなる。ましてや囲まれていたあの状況、加速のための距離を稼ぐことも難しかった。
「そんで騒ぎになって、わらわらと湧いてくる兵を斬って斬ってここまで来たのかよ。お前、確か空を走れたんじゃなかったか?」
「あぁ、【宙蹴り】ね。あれは一度の跳躍に対して二回だけだよ。」
あっさりと自分の能力について語るレイ。
「あ、そーなん。で、俺に用ってのはなんだよ。再戦でもしにきたか。」
「違う違う。そもそも僕は君に会いに来たんじゃない。ーーメパカを呼んでくれ。」
「あぁ?またそりゃあ、何の用だよ。」
「ちょっとね。まぁすぐに分かるよ。メパカにも説明するから、二度手間になるのも面倒だし。」
少し考えるような仕草を見せたあと、グロアはレイと目を合わせーー頷いた。
「なんか知らねぇけど、おもしろそうだし協力してやるよ。ーーーメパカ!」
『っわ!ちょっと待ってよ!なんかレイ君いるし!ちょっと待って!』
ばたばた、がたがた、がっしゃーん。
やけに生活感溢れる音がこちらまで届く。
「あー...寝てたなあいつ。多分今風呂だよ。声だけなのに体洗ってなんの意味があるんだか。」
『気持ちの問題だって!わっ!冷た』
「通信きった。支度が済めば向こうから呼びかけてくるだろ。」
「転生神だっけ。意外と人間味あるんだね...」
神のイメージからはかけ離れている。もっと厳かな感じを想像していたのに。まぁメパカに関しては今更か。ところがーー
「えっ。お前それ信じたのかよ。」
「あれ?メパカって転生神じゃないの?」
「そもそもあいつは神じゃねぇよ。神を殲滅させようと躍起になってるーーまぁ所謂“悪魔”ってやつだ。」
神ではなく悪魔ーーそれでは、勇者達をこの世界へと連れてきた目的は...
「神には悪魔じゃ直接干渉できないってんで、この世界で自分の手札を作ろうってんだとよ。まぁおもしろそうだから乗ってやってんだけどな。」
つまり、エルシアより伝え聞いたあれはーー
目的のために世界征服すると言う雪音はーー
雪音の目的がもしも、あの世界へと帰るというものだとしたらーーー
ーーーその目的は絶対に果たされない。
「っ...ざ......。」
「あん?どーした?」
「っっざっけんな!!」
「うおっ!...おい、急にどうしたんだよ?」
「...もういい。メパカには頼らない。頼れない!」
そう言うとレイは踵を返し、駆け出した。
「...ったく。一体どーしたってんだよ。」
独り呟くグロア。そこへーー
「うおっ!...んだよ、次から次へと。レイならもう居ねぇよ。」
「さっきまではいたんですね!?」
「...やっぱり、ここだった。」
「一体なんのために...それに、後方の惨劇は彼が...?」
「なんか、急に怒鳴って走り去っていったぜ。メパカに用があるって言ったくせに“もーメパカには頼らない”とか言って。」
「それで、レイさんはどちらへ!?」
「おい、落ち着けよ転移っ娘。えーと、あっちいったぜ。空飛んで。あいつ、やっぱ飛べるんじゃねぇか。」
「【イレギュラー】重力から逃れて飛んだ...?」
「あっちの方角は...なるほどな。」
「...行きましょう。イースラに飛行船を手配してもらって、上から転移で乗り込みます。」
「落ち着くんだ。あそこはまずい。」
「あんな所にレイさんを一人で行かせるわけには行きません!」
『いいじゃんいいじゃん。レイ君魔王にお熱みたいだし、魔王城に行くくらい普通だよ普通!』