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魔王と雪音

「てゆか、君速いねぇ。動きがあんまり見えなかったんだけど。前の私なら見えたかなぁ?剣道やってたし。...あれ、剣道ってなんだろ。」


「そうだね。雪音は7歳から、こっちに来るまでずっと剣道を続けていたよ。僕と一緒に、君が居なくなるまで。覚えてるんだね。」


「だからぁ、雪音って誰?私の記憶が怪しいのと関係あるのかな。」


「僕は君の敵じゃない。一緒に帰ろう。」


「無理だよ。私は“目的を果たすために”人類を滅ぼすんだ...っていう謎の使命感が意識の奥底で湧き出て止まらない。なんのためにしてるか分からないけど、それに私は従う。」


自らの記憶が上書きされた、創られた記憶だと気付かないまま、それでもなお元の雪音の目的を果たそうとしている。雪音は何をそこまで望んでいたのか、僕にはわからない。でも。


「君が例え人類の敵となる魔王でも、僕は君の味方でありたい。これは単なる我が儘で、勇者としては最低かもしれないけれど、それでもーーーっ!」


最後まで言い切る前に、レイは頬を掠めた鋭い痛みに思わず言葉を途切れさせる。


「なんで君が私の事を雪音って呼んでるかとか、良くしてくれようとしてるのかとか、いろいろ分からないけどね。ただ一つーーー」


雪音は...魔王は両腕をこちらへ向け、感情の一切を押し殺した表情で呟いた。


「人類は滅ぼさないと...」


目の前を埋め尽くす巨大な、熱を放つ球体。それは時間が過ぎるにつれて更に肥大していき、終には直径10mほどにまで成長した。


「【イレギュラー】。自身を魔法の影響下の例外とする。」


そして、レイはそれを無傷でやり過ごすーーー魔法ならば。


直前に視界に写ったのは、半身になって足を挙げかけている雪音の姿。

体を打つ痛烈な衝撃に身を蹲らせ、自分が蹴り飛ばされたんだと遅れて理解する。そして、あの太陽のような球体がまだ放たれず滞空しているのを見た。


「勇者の能力は知ってるよ。頭に入ってる。当然対処法も考えた。君の【イレギュラー】だったら、一撃必殺の魔法で脅して物理で殴る。物理を無効にしてきたら魔法で、魔法を警戒し続けるなら、このまま殴り殺す。」


「...逆に言えば、僕が魔法を警戒し続けて能力を使っていれば、君には物理しかない訳だ。」


「だから何って話。...ほら、これが私の武器。魔法がなくたって勇者なんか敵じゃないの。」


彼女の手元にはいつの間にか2本の剣が。右手には日本刀のような片刃の長剣、左手にはレイが持つ物と同じくらい、ナイフ大程の短剣。それらを剣道の二刀流のように構えた。


「そもそもさぁ、勇者と魔王は対等じゃないんだよ。勇者が仲間を集って、他対一が定石。一体一じゃ勇者が魔王に勝てる道理はない。」


「僕はそうは思わないな。以前だって、君は僕に一度だって勝てた試しが無かったよね。」


「...何のことか分からないけど、無性にむかつく。もーいいよ。御託はもーいい。終わらせよう。」


先程まで魔王がいた地面が穿たれ、AGEが上限値まで達しているレイの目ですら完全には追い切れない素早さで、斜めに角度をつけながら接近してくる。


「あっは、見えてるんだ。」


剣の間合いまで接近してきた雪音は、右の刀を振るう。それをAGEによる動体視力を持っていなすように後ろへそらし、そのまま雪音の懐へ飛び込む。そして自らの短剣の峰を雪音の腹へと叩き込むーーーが、しかし。


「...なんで止めたの。今のくらい喰らっても大したことないのに。」


「んー。とりあえず気絶させるつもりで仕掛けたけど、峰打ちでもだめだね。体が止まっちゃうや。剣道の試合なら躊躇いなくやれたんだけど。」


「...あの時の、防具付けた私よりも今の私の方が遥かに頑丈だよ。君に手加減されるとこっちも殺りづらいじゃんか。本気でやってよ。」


「じゃあ、竹刀と防具持ってきてよ。そしたら、また稽古つけてあげるからさ。」


「だから!防具なんて無くても!本物の刃物でも!あの時の私なんかよりも全然安全で...あれ?えーと...」


「やっぱり君は雪音だよ。その記憶に写っている、君そっくりの容姿をした、君より少しだけ幼い女の子が、雪音だ。」


「で、でも!私は人間を皆殺して帰らなきゃ!突然居なくなっちゃったし!皆に迷惑だっていっぱいかけちゃってるし!それに、零にだって...」


「だからさ、ほら、迎えに来たんだよ。一緒に帰る方法を探そう?」


「零...?違う!零がここにいる筈がない!零を驕るな!」


「僕が御堂 零だ。一度は諦めた、君とともに生きるためのチャンスは絶対に逃さない。」


「...........違う。違う!!君も殺してみんな殺して私は元の世界に帰る!こいよデラギグランジャ!こいつ殺せ!」


滞空していた太陽のような球体が消え、その代わりと言わんばかりにその場所に直径5m程の赤い魔法陣が浮かび上がる。そして、“それ”が這い出でた。


べちゃ、べちゃ、べっちゃ。


“それ”は、骨格がないらしい。変幻自在に姿を蠢かせながら徐々に接近してくる。


「“腐敗竜デラギグランジャ”。コイツに触れると溶けちゃうよ。呑まれて死ね。」


「雪音!」


魔王から紫電の光が弾け、目が光に慣れるころにはそこに人影は無かった。


『ぐぅぁぎぃぃぅぅ』


「...なんだよこいつ...」


醜悪な見た目、臭いに加えて声まで不快。これ以上こいつと相対したくは無かった。


「それにしても、何が“勇者の能力は知ってる”だよ。分かってないじゃん。」


「【イレギュラー】。[腐敗竜に触れると溶ける]。僕はそれの例外だ。」


真っ直ぐと対象に向かって特攻、顔と思しき部分へと拳底を打ち込み、衝撃を全身へと伝播、ゲルのような体を四散させる。そして、やがてそいつは地面へ溶けていった。


「うん、強いなやっぱ。グロアが規格外なだけだよねぇ。」


グロアを殺すことはそう難しくない。問題は、殺しても生き返ること。【イレギュラー】を如何に駆使しても無理だ。ご都合主義で片付けられて終わる。


「さーて、どうしようか。雪音はいないし...そろそろエルシアさん達が転移してきたりして。」


どのくらい時間がたったのか分からない。そんなことを考える余裕はなかった。三十分は経った頃だと思うが...


「...んー。暇だなぁ。魔王城はまだ遠いだろうし。」


いじいじ。柔らかい地面の砂を弄り始める。細やかな砂粒は、太陽にかざすとガラスのように光を反射していた。

次にレイは、そこそこ近くに見える水場を見た。そして暫し黙考。



〜〜〜


「レイさん!魔王は...ってあれ?...何してるんですか。」


「いやぁ、暇だったからさ、砂を固めて泥団子をね。」


「...美味しそう。」


「いや食べられませんよ?」


「あと、モアイ像も。ほらほら、なかなかのクオリティじゃないかな?」


「何ですかこの...顔?珍妙なフォルムをしていますね。」


「...美味しそうじゃない。」


そりゃあ美味しくないだろう。そもそも泥である。そしてモデルも岩である。


「ていうか遅かったね。何かあったの?」


「ええ、朗報です。実は、双子勇者が解放されました。」


「へぇ?グロキアが妹勇者を手放したの?」


「それが...どうもグロアが圧力をかけたそうです。彼の発言力は相当なものらしく、すぐに開放されました。」


「へぇ、どうせその方が面白そうだー、とか思ったんだろね。それじゃ迎えに行こうか。」

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