魔王
インフルエンザにかかってしまい、投稿がかなり空いてしまいました。皆さんもお体にはお気をつけください...
「レイさん、良かったんですか?私が言うのも何ですけど、あの勇者となら目的を達成できたかもしれませんでした。」
「...魔王助けなくても、いいの?」
「助けるさ。魔王が雪音かどうかも分からないけど、とりあえずは。」
〜〜〜
「そーかい。魔王は捨てるってことでいいんだな?」
「そうは言ってないよ。ただ、現状を打開する手段が今は浮かばないってだけだし。」
「考えがないんなら、それこそ愚かな選択だろ。勇者でありながら魔王を救おうとしてる時点でアレだけどよぉ。」
「それでも、僕をこの世界に呼んでくれたのはエルシアさんだから。裏切れないなぁ。」
「レイさん...」
「お前といたら楽しいことになりそうだと思ったんだがなぁ。仕方ない、そんじゃお別れだな。おいメパカ、帰るぞ。」
『はいはーい!グロキアまで超!長距離転移いっきまーす!』
「おまえのあれは転移じゃねぇって自分で言ってただろうが。そんじゃ、また会おうぜぇ、レイ。」
『ばぁい!』
突如、グロアを中心として地面に黒い波紋が広がる。そして彼はその闇の中へと身を沈めていき、最後には姿だけでなく気配まで完全に消え去った。
〜〜〜
「それより今は魔王の方をどうするかなんだけど...」
「魔王がレイさんの知り合いだという確証が無い以上、無策で突入するのは危険ですね。」
「...イスタルの軍に着いて行ったら、問題無い?」
「...あぁ、イスタル軍の後ろから魔王の姿を確認すればいいのか!」
「でもそれだと魔王を視認できるだけの距離まで近づかないと...私の転移も連続使用は厳しいですし。」
「それなら大丈夫。我に策あり!ってね。」
「...じゃあイスタル軍の後ろまで、転移お願い?」
「...わかりました。転移のインターバルはおおよそ30分となりますから、それは頭に入れておいてくださいね。」
「うん、わかったよ。それなら大丈夫そうだ。」
「では、行きます。」
「ーーーここからならイスタル軍の様子が見渡せますね。今は休憩中のようです。」
エルシアが転移したのは、イスタル軍が休憩している盆地の崖部分だった。
「...あれ、馬が多すぎる。というか、あれじゃ一人一頭?」
「全員が騎兵ってこと?それじゃ、置いてかれちゃうな、どうしようか。」
「彼らはいくつものグループに細分化されているようで、各々のグループ長がメンバーをまめに確認しており、兵装を奪取しての成りすましは通用しませんね。」
魔王側に変装を得意とした奴でもいるのだろうか。
「どのみちそれは無理だろうね。ミリィちゃんちっちゃいし、エルシアさんは...ほら、大きいし。」
「男性に比べればむしろ私は小柄すぎると思いますが...」
「...胸。」
「...レイさん?」
「......。さぁて!作戦会議の続き続き!」
「別に咎めるようなことではありませんし、誤魔化さなくても良いんですけど...そうですねぇ...あ、ミリィの【催眠の調べ】は?」
「...あれは精神的弱者にのみ、効く。兵士とかじゃ厳しいかも。」
「ふぅむ。仕方無いかぁ。ミリィちゃんが前で、エルシアさんは後ろね。」
「えーと、何の話ですか?」
「...?」
「さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで!ミリィちゃん。」
「...なるほど。」
そう言うとミリィはレイの前面に両手でしがみついた。
「ほら、エルシアさんも。」
「えぇっと...もしかして私達を文字通り"おんぶにだっこ"して走るつもりですか?」
そんなの無理でしょう、と暗に告げる。
「もちろん。STRにもちょっと振れてるし、ミリィちゃんの補助があれば心配無いって。」
ミリィの補助がなければそもそも体力が持たない。
「なるほど、ミリィの補助ですか...ほかに方法も思い浮かびませんし、お願いします、レイさん...」
「ほいきた!さ、乗っかっておいで。これなら転移も帰りの分だけでいいしね。」
「...失礼します。あの...レイさん、その...。」
「ん?どうしたのさ、もじもじして。」
どうも先程からエルシアさんの様子がおかしいように思える。
「えっと、その......私、重くないですか?」
「え?いや、全然重くないけど。むしろちゃんと食べてるのって言いたいくらい。」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。そんなこと気にしてたの?」
「...エルシアは、気にしすぎ。」
「ミリィが気にしなさすぎるんです!」
そういえば、昔雪音をおんぶした時もこんな反応だったような。こっちが普通の反応なのかな、などと考えていた最中、背に負ぶさったエルシアから声がかかる。
「あ、イスタル軍が動き出しました!」
「お、ようやくかぁ。それじゃ、二人ともしっかり捕まっててね。ミリィちゃん補助お願い。」
「...いえす、さー。」
「ミリィは随分と余裕ですね...転移のタイミングはレイさんの指示に合わせます。」
「うん、ありがと。それじゃ、せーのっ!」
掛け声とともに、人二人を担いだ男が馬より速い速度で走り出し、一定の距離まで近づくとそこから馬と同じ速度で疾走する。
「...【疲労軽減の調べ】【STR上昇の調べ】」
「調べって、言ってもさ、琴の音色がないと、味気ない、よねっ。」
「レイさん、無理して話さなくても...」
「...【疲労軽減の調べ】」
「ふぅっ、これなら魔王城まで、持つよ。」
「...ふぁいとっ。」
疾走を続けていたレイだったが、次の瞬間、その足を止めることになる。
「レイさん!前!」
「やっば、魔法かなあれ!まずいって!」
イスタル軍のど真ん中あたりに紫の光が落ちた。その光は着弾すると同時、イスタル全軍を飲み込むほど拡散し、消えた時にはそこはポッカリと空いた空白となっていた。
「...イスタル軍が...今の一瞬で全滅!?」
「...あれ。」
「あれは...もしかして。」
何もない地平にぽつりと佇む人影。それが少しずつこちらへ近づくにつれて姿が視認できるようになる。
見た感じ、上背はレイ近くあるもののかなり華奢な体格。首あたりでバッサリと揃えた黒髪。そして興味なさげにこちらを見つめる冷たい黒眼。
「ふぅん?まだ生きてるのがいた。まだ扱い切れてないのかなぁ...」
幼い少女のような軽い声色。見覚えのある愛おしいその姿。しかしーーーそれら全てを否定、覆すようなその圧倒的な威圧感。この場の支配権は今、彼女にあった。
「君、何してるの?女の子をおんぶにだっこって。ふざけてるのかな、ここはもう戦場だよ?」
「転移します!」
次の瞬間、エルシアとミリィが白い光に包まれる。『光がレイを避ける』ように。
「レイさん!なんで!なんで転移が!」
そして、レイを残して二人は転移していった。
「全員引き止めても良いんだけどさぁ。やっぱ君が一番おもしろそうだったし。君、あれ?勇者ってやつ?」
「...名前を聞くときは、先に名乗るのが常識だよ、雪音。」
「ゆきね?何それ知らない。まぁそれもそうだね。私は...あれ?名前ってそーいえばないな。まぁいいや。とにかく、魔王だよ。君は誰?」
「レイ。勇者で、君の幼馴染の御堂 零だよ。」
「みどーれい?レイでいいよね。幼馴染?初対面の相手に何言ってんの。私は小さい頃から魔王だった...うん、多分そうだよ。なんか記憶が曖昧だけど。...あれ?でも魔法貰ったのはこの前だったよーな...あれ?」
記憶が混乱している。元々魔王だったという記憶と、それを否定する記憶。それが意味すること、つまりはーーー
「メパカ...!」
「うーん、考えると余計に訳が分からなくなる?やーめた。さ、勇者さん、最終決戦だよ。魔王を倒せばゲームクリア。...あれ?なんの話だろ、もう訳分かんない。」
魔法による記憶障害なら、エルシアさんあたりに相談すればあるいは...とにかく彼女を連れて帰らないことにはーーー
「っ!」
「おぉ、避けた。だめだよー、目の前の私を無視して考え事なんかしてちゃ。すぐ死んじゃうよ。」
ーーーレイの顔が先程まであったところを光弾が通過していった。