釣りと勇者(姉)
「[腕にかかる負荷]を意識して...【イレギュラー】っと。おぉ、何の抵抗も無くあがった。」
「...わー。大きい。」
「レイさんの身長くらいありますね。竿が耐えたことにも驚きですが...もしかしてそこにも【イレギュラー】が適応されてるんですか?」
「うーん、身につけてるものはありなのかな?服とかは適応されてたっぽいし。」
今、レイは慣らしも兼ねて能力を使用しつつ釣りを楽しんでいた。
「...お手を拝借。」
突然、ミリィが空いた右手でレイの左手を掴んだ。
「...これでも能力が適応されたら、無敵になる...?」
「魔法と剣撃やらが同時に飛んでこない限りは、ですけどね。」
迫る攻撃を認識さえすれば、仲良く手を繋いでそれを無効化することができる。シュールだな、それ。
ミリィの竿が大きくしなる。
「...あ、かかった。...重い。無理みたい。」
「うーん、残念ですね。」
あーでも、とエルシアは続ける。
「よく考えたらどんな攻撃が来るかを予測、最悪見てから能力を発動させないといけないので、なかなかリスキーかも知れませんよ、レイさん。」
「そこはほら、AGE依存の動体視力と反射神経でさ。」
「あぁ、確かに。」
「...攻撃全般、まとめて[ダメージ]とかじゃ駄目なの?」
「それが出来たら僕も不死身並みじゃないかなーって考えてたんだけどさ、」
例えばーーと、レイは昨夜試した結果を述べる。
「剣で切られたら切られた部分が損傷、つまりダメージを受けるよね?さらに痛みも感じて、それもまたダメージな訳で。つまり複数指定していると同義ってことになる。そーなると能力は発動していない、OFFに限りなく近い状態になるってわけ。」
ちなみにそれを確認するために、指先をほんの少しだけ短剣で傷つけた。痛かったし血も出てきたけど。
「今のところ思いついた使い方は、攻撃防ぐってのと、空気抵抗減らして加速、あとは空を飛ぶくらいか。まぁ考えればいくらでも出てきそうな能力だけど。」
「でも、レイさんの場合だと空気抵抗ってかなり重要になると思います。」
「どうして?」
レイはそこまでそれは重要視していなかったのだが。
「普通に考えて、速度が上がれば上がるほど抵抗も大きくなりそうじゃないですか?それに、仮に音速を超えてしまったら衝撃波なるものも発生してしまいかねませんし。」
「あぁ、前半は確かにそうだけど、どのみち音速を超えた時点で僕は詰んでるよ。」
そう言ってレイはけらけらと笑う。
「どういうことですか?」
「そんなスピード出したら、砂粒一つ一つまで僕にとっての凶器になる。なんせ音速で飛んでくるのと同じなんだから。そもそも衝撃波を防ぐのに空気抵抗を無くすのは間違ってると思うよ。それに、空気摩擦もとんでもないことになる。」
そうなれば、とレイは身震いを一つし話を続ける。
「僕、燃えちゃうね。てかまず身体が耐えられない。」
「...レイ、いつも速度を抑えているの?」
「そりゃあ、身体が音速に耐えられないからね。まだ自殺するような歳じゃないし。花の高校生だぜ?僕。」
「ときどきレイさんは私達の知らない単語を用いますね...」
「...あれでも抑えてる......」
能力によって抑える必要も無くなれば嬉しかったのだが。全くもって使いづらい能力であることこの上ない。
「まぁ、ほんの一瞬だけ猛加速する分には耐えられそうだから、音速も出せるかもね。怖いから試したことないけどさ。」
この世界に来た際、身体が強化されたようだし。それに、
「【鎌鼬】のとき、剣を振るう僕の腕は音速を超えてると思うよ、多分。あれは全力でやってるし。」
「能力も使わずに刃を飛ばすなんて、聞いたこともありませんしね。かなりの速度でなければ出来ない芸当でしょうし。」
「...いちいち鞘に収めてじゃないと、レイでも無理なの?」
「うん、無理だった。鞘で勢いつけてやらないとあの速度で振るうのは厳しいね。」
「いまのところ有効な火力が【鎌鼬】に頼り切りな状態ですので、何か他に...あ、レイさんかかってますよ。」
「おっとと、よいしょっ!...おぉ、なんだこれ。」
レイが釣り上げたのはーー
「長靴...ですね。」
「...深海に長靴...?」
「えぇ...船の上から長靴釣るってなんだよ...ん?なんか入ってる。...わぁ、魚が入ってる。」
長靴をひっくり返すと、手のひらほどの大きさの魚が1匹落ちた。
「魚だと思ったら長靴で、長靴から魚が...なんですかこれ。」
「...ぎゃぐ?」
「あはは、びっくりだねぇ。」
そんな感じで残りの船旅もエンジョイした一行。そしてーー
「着いたーー!いやぁ、長い旅だったね。もう釣りはいいや。」
「陸地はやっぱり落ち着きますね。えーと、王都の位置は...」
「...あれ。あの高い建物が王城。」
目を眇めて見ると、かなり遠方にあるそれをなんとか視認できた。
「見えてるなら楽ですね。ではいきます。」
そう言ってエルシアは2人に手を差し出す。2人ともその手を握ったのを確認し、王城へ向けて転移を行う。
〜〜〜王城内部〜〜〜
「なっ!誰だ!どこから...」
これ以上騒がれる前にとレイが鞘で後頭部を叩く。
「...他に人はいないようですね。勇者はどこでしょう。」
「...多分、上。てっぺんのところ。」
「まるで軟禁してるみたいだね。まぁ能力を使えば脱走も楽々だろうけど。」
「それをしない理由があるのでしょう。とにかく会いに行きましょう。」
「...おぉ、あなたが勇者?」
目の前にいるのは、椅子に座り佇んでいた女性。歳はレイと同じくらいか。赤い髪を首より少し下ほどでバッサリと切ってある。
「っ!誰だ!」
そう言って彼女は立ち上がり、右腕をレイ達へと向ける。
「...!後ろ、能力で造った大砲が。」
「やばっ、本当に見えないや。[衝撃]【イレギュラー】」
「さて、話がしたいんだけど、聞いてくれる?エイラさん。」
「...貴様達、能力には気づいているんだろう。なぜ平然としている。」
「そりゃあ、僕も勇者だからさ。新参だけどね。」
よろしく、とレイは笑いかける。
「あぁ、個人召喚とかいうやつか。まさか本当に貴様みたいな存在がいたとはな。」
「あ、すんなり信じてくれるんだね。」
「ここで疑っても仕方がないだろう。能力は解除した。それで、話とはなんだ。」
やけに聞き分けがいいな、と訝しんでいると、
「なに、別にだまし討ちをしようだとか、そんなことは考えていない。この至近距離で未知の能力とやり合うのは愚と判断したまで。貴様らは私の能力を知っているんだろう?」
理にかなっているかもしれないが、随分と割り切った判断をする。
「へぇ、面白いね、君。それで話なんだけど...」
そう言うとレイはエルシアへと視線を向ける。
「では、それは私が。単刀直入に言いますが、私達と共に魔王を討伐に行きましょう。」
「そんなことか。悪いが私はこの国から出られないのでな。他を当たってくれ。妹も無理だから、グロキアの勇者しかいないが。」
「あなたの妹、レイラさんですね。どうして彼女も無理だと?」
「私がこの国に縛られている理由でもあるんだがな。あいつは今ーー」
グロキアに捕らえられている。と、彼女は言った。