出会い
ある夏の日。
私は空気の解ける音を聞いた。
真っ新な雪原を歩いた時に鳴るような、そんな音
気が付いた時には、私は空を踏みしめていた。
白い壁に囲まれた教室。
そこは私にとって牢獄であった。
息をすることも許されず、瞬くことも許されない。
敵意は背中に突き刺さり、嘲笑は眼前に浮かんでいた。
休み時間になるとすぐ、そこを飛び出すのは私にとって必然だった。
最初の頃はトイレの個室。
そこが見つかってからは色々な場所を転々とした。
結果、たどり着いたのは学校の屋上。
ここは本来、鍵が掛かっているはずなのだが、私が確かめると開いていた。
『いい子』の私がそんなことをするとは露にも思わないのだろうか、未だにこの場所は彼らに見つかっていない。
昼食を口に押し込み、ほうと息を吐く。
食べてる最中は泥の味がし、食べ終わった後の方が生きてるという実感さえあった。
空は青く広がり、太陽は高い位置にあった。傷だらけのメガネを服で少しこすり、かけ直す。色彩は濃さを増したが、相変わらず景気はぼんやりとしていた。
しのうかな
ふと、そんな言葉が脳裏によぎった。
最近、ニュースでよく見る。遺言的なものを作って自殺すれば、奴らも社会的に非難されるんだろうか。
「よし」
ちょっとした思いつきであった。
屋上のフェンスに足をかけ、その向こう側へ。スカートが少しはだけるが、見てる人間もいないので気にしない。
風が強かった。
わずか30cmほどのその境界線。
まさしく生と死の狭間。
死ぬつもりはなかった。
ただ、そういう選択もあるのだと覚悟を決めたかった。
少しの間、目を瞑り、深呼吸する。
気持ちが楽になった。
「よし」
再び現実へと戻ろうとフェンスに足をかけた。
「何してるのかね?」
「ぇ」
突然、横から声をかけられ少しぶかぶかのローファーが間抜けにも足を滑らす。
声を出す間もなく、私の身体は重力に引っ張られていく。
が。
何かを掴んだ。
それはロープのような、それでいて手触りはすごくザラザラしている。
落ちている感覚がないことに戸惑いながらも目を開ける。
私が掴んでたのは蛇でした。
「ひぃぇ」
口から変な音が漏れ出す。
それでもと咄嗟に離さずにいれた私はえらい、ほんとにえらい
「これでも今、君の命を助けてるのは私なんだ。あまり失礼な態度をとらないでもらえるかな?」
蛇がっ。
思わず手を緩めて、落ちかける。
ザラザラしてるおかげで滑り止めになって助かった。
「え、えーと?」
「君はまだその河を渡る気がないのだろう?ならば上がってきたまえ」
とりあえずぶんぶんと首を振る。
「ちなみに、私には君をもちあげるほどの力はないのでな」
えっ。
今、すでに身体は投げ出されており、ロープのような蛇でかろうじて学校とつながっているだけだ、無茶を言い過ぎだろ、この蛇。
「やれやれ、そんなことも識らないのか、今の人間というやつは」
蛇は屋上のフェンスに巻いてる方の頭を横に振りながら、チロチロと舌をだしている、なんだこいつすごくむかつく。
「空を歩き給え」
当たり前のように、その言葉が空から降ってくる。
戸惑う私をみて、蛇は言葉を繋ぐ。
「ここにいる以上、君には資格があるはずだ。君はできる人間だ、ということだよ。地面を歩くときの感覚を思い出せ、君の歩く場所こそが道なのだ」
足裏がどこか熱くなる。
思い出したのは、畳の上を歩くときの感覚。硬い地面ではなく、足裏をくすぐるような優しい感触。温かい音。
足が何かを踏んで、私を押し上げた。それは一歩一歩私を上に上げていく。
「ふむ、上出来じゃないか」
目を開けると、私は元いたフェンスの高さの位置に立っていた。
「さあ、こっちに」
声に従い、屋上の縁に降り立つ。
足先には硬く冷たい感触が戻っていく。
「よかった、よかった」
蛇はそういうとフェンスに絡みつきながら、私の目線まで高さをあげていく。
「私のせいで、せっかくの使い人を殺すのは忍びないからな」
「使い……人?」
「ああ、そうだよ」
私には蛇の表情は理解できない、でもきっとこの時の表情はかつて知恵の実を与えた時のように裂けそうなくらい邪悪な笑みだったのではないだろうか
「これから、君は僕の所有物だ」
長く赤く細い舌はチロチロと笑う