第1話「なんか手足に鎖ついてるんですけど…。」
続きです。
主人公は普通の女の子…の予定。
私はまるで植物だ。
ベッドからは起きられない。自分で排便もできない。お風呂になんて入れるわけもないから、家政婦さんに体を拭いてもらう。そんな私が自分の稼ぎがあるわけなくて、もちろん親の金で生き延びている。
幼い頃からこうだった。小学校は数えるほどしか登校しなかったし、中学校に関しては名前だけ入学して卒業した。高校は行ってないし、ここ数年家からも出ていない。
全く、自分でも何で生きているのか不思議に思う。
なまじ親の仕事がうまくいっていて裕福なだけに、両親は私を生かすことに関しては最善を尽くすのだ。
不謹慎だと思われるかもしれないが、本当にありがた迷惑だ。
こんなの生きてるとは言い難い。
出てきたご飯を食べて、親がいないと生きていけない。
その姿はまるで人間に世話される植物の様だ。
「お嬢様、」
ノックの音に、どうぞと私が返事をして家政婦さんが入ってくる。
淡々と仕事をこなす家政婦さんを端にテレビが聞き覚えのある声をあげた。
『―――これからの日本は、』
デジタルの画面に知った顔が写る。私の父親だ。
私の父親は敏腕の政治家で、現在不景気の日本を引っ張っている総理大臣よりも顔が売れている。
それほどまでに支持率が高く、人望も厚い。
「旦那様もお仕事をがんばっておられます。お嬢様もどうか、ご自愛なさってくださいね。」
家政婦さんがいたわりの言葉をかけて部屋から出て行く。
喋ろうとしたが、ひゅうっと喉が鳴るだけで口は動かなかった。
私の様態は芳しくない。数ヶ月前から全身麻痺に陥り、数年前までは手が動いて本も読めたのに今では起き上がることもできない。私の唯一といって良い生き甲斐の読書を奪われたのは痛い。夜には必ず発作が起きる。こうなるとさすがの私も先が長くないのを察する。もちろん親だってわかっているだろうが、決して私のために仕事を休んだりとか、合間を縫って会いに来るとかはしない。あの人たちが大事なのは私ではなく体裁なのだ。敏腕政治家も家内では冷たいというのが現実である。
『――あきらめることなど、あり得ないのです。その程度の困難など立ち止まる理由にすらなりません。皆さんもそうでしょう?』
テレビの中の父が問いかける。
父は強い人だなぁと思う。尊敬もしている。私にかまってくれないけど、仕事だから仕方ない。死にかけの娘を見舞いにも来ない人だ。
私にも、認めてもらおうと努力をした時期もあったけど、そんなこともう遠い昔の出来事だ。
父は地位も財力もあって、その力でみんなを守っている。悲しいことに私は守られている、その他大勢でしかないのだ。
ああ、考えると悲しくなってきた。
寝てしまおうか。
そうして瞼を閉じる。今日はなんだか体の調子が良いしよく眠れそうな気がする。
次にこの瞼が無事開くことを祈って。
私は眠りについた。
肌寒さで目を開く。
なんだかおかしな臭いがするのだ。汗と血、カビ、土の臭い。
暗くて見えないが確実に私の部屋ではない。
なんだか頭が痛くて右手でさする。うむ、幾分か痛みが軽減されたような気がする。
………頭をさすった?
思い出してほしい。私は寝たきりで排便すらも他人任せの超病弱少女だったはずだ。
その私の体が動いた……だと?
ゆっくりと体を起こす。足の指も開いたり閉じたり。腕を上げ下げして万歳をしみる。
「うごいてる!!!!」
どうして、なんてどうでもよくてとりあえず立ち上がってみようとするが、うまくいかない。
どうしても尻餅をついてしまうのだ。
壁を使おうと手を伸ばすも宙をさまようだけなので、足を引きずってとりあえず動いてみることにした。
しかし不思議なことに引きずるたびにカラカラと金属がぶつかる音がする。心なしか足が重い。
そんなに壁は遠くなかったようで、すぐに方が壁にぶつかり、その頃には目も慣れてきた。
暗くて何も見えなかったが、ここは二畳ほどの小さな個室のようだ。
しかもこの壁、変わった素材でできているのだ。岩のようにごつごつしているが、金属を思わせるように津冷たい。凹凸はあるが不規則で、芸術では済まされない程度に整っていない。
たどり着いた壁を背にするとすぐ正面に長方形の線が壁に入っている。おそらくドアだろう。
暗いのは窓がないため。金属音の正体もはっきりした。足に鎖が着いているのだ。
右足と左足を私の腕ほどの長さの大きな鎖がつないでいて、足首を囲う太い鉄には『3724』と数字が刻まれている。壁とつながないと捕縛の意味がないのではないか?と少々場違いなことを思う。
いったい私は何故こんなところにいるのだろう。
「……まさか死んじゃった?」
あり得る可能性である。混乱して顔に手を当てると、もう一つ発見したことがある。
手にも鎖がついているのだ。足の鎖ほど大きくないが、こちらの鎖は途中で切れており両腕が自由に動く。しかし両手首に着いていることから、右腕と左腕をつなぐものであったのは確かである。
そして、右の鎖に文字が刻んである。知らない文字だ。アルファベットではないし、私の知っているどの文字にも似た物がない。象形文字にしては素朴な見た目をしている。
「……カノエ…ローヴェンラルグ…?」
何故だろう、こんな文字は読めないはずなのに、ぱっと見てなんて書いてあるかが頭にすぐ浮かぶのだ。まるで当たり前のことのように。
それにしてもこれは名前だろうか。カノエが名前でローヴェンラルグが名字なのか?
外人にしてもおかしな名前である。カノエは妙に日本を思わせる響きで、漢字を当てるならば十干の庚だろうか。かといって名字は完全に西洋を思わせる。ハーフなのか?
それ以前になぜそんな鎖が私の腕についているのか。もちろん私の名前はカノエ=ローヴェンラルグではない。
少し、いや、かなりおかしなことが起きすぎている。意味がわからない。
手のひらを見つめて考えると体にも目がいった。いつものパジャマじゃない。古い麻の布を着物のように着て、腰を紐で止めているだけの簡易な服装をしている。しかもこの布、かなり汚れているのだ。
ああ、どうなっているのか。
まず、当初の目的を果たさねば。そうだ、立ち上がろう。そうして壁に手をつき足腰に力を入れようとした瞬間。
バンッっとドアが大きな音を立てた。
「っひ!?」
誰かがドアをたたいたのだろう。
ここはいつものように、どうぞと声をかけるべきなのか。
迷っているうちに錆びた鉄がこすれて大げさな音を立てながらドアが開いた。
何がでるかなー。
はやく従者出したい(笑)