サルビア
腐女子という存在が苦手な人はご注意ください。
「かずらちゃん、こたくんの好みってわかる?」
ここは漫研の部室。壁により掛かってゴシック系ファッション雑誌を読んでいた私は、思わず自分の(地獄)耳(の機能)を疑ってしまった。彼女が言う、こたくんもとい変態と名高い源光太郎といえば三次元アスデモウス(座右の銘は『やっぱ生に限る』)名高い色情魔。それに対して私の義理の姉、麗音姉さんは二次元マモン(座右の銘は『二次元は我が嫁』)としてそれぞれ名を馳せている。 二人の好みが、一致するはずがない。それなのに、彼女
はどうしてそんなことを尋ねてきたのか。
「……まさか、姉さん、あれに惚れたとか?」
だとすれば一大事だ。人としていろいろズレていたり欠けていたりする姉さんだが、そんなところも含めて、人を惹きつける魅力を持っている。姉さんに想いを寄せる人間は数知れず。綺麗で愛らしく狡猾な彼女は、時に自分の美しさで身を危険に曝している。
『玉城麗音が源光太郎に惚れた』
デマとはいえそんな話題が流布されれば、皆は黙っちゃいないだろう。奴が蜂の巣にされ、四肢切断、死肉が詰まったトランク数個が山奥の池か谷底に浮かんでいる現場写真……全くもって想像に難くない。同情は沸かないけど、何だか後味が悪いエンディングだ。そんな妹の心知らず、姉さんは呆れたように眉を寄せた。
「なに言ってるの。こたくんって、明らかにリア充枠の子じゃない」
「惚れるとか、ありえないわ」
きっぱり言い切って、姉さんはパソコン画面に向き直った。ペンタブをがりがり動かしている。うん、そっかーそうそう、そうだよねー……安心するも、そんな彼女に密かに恋心を抱いている源さんが(セクハラ魔といえども流石に)ちょっとばかり哀れで、私は遠い目をするしかない。姉さんが、あなたも知らないんじゃどうしようねーとか言っている。ああ、知らないって、怖い。
「今、クリスマスカード作ってるんだけど……こたくんのだけキャラが決まらないのー」
「オリジナルでもいいんだけど、どんながいいのか分からなくて……」
頬杖ついて、悩んでいる彼女。その後ろから、パソコン画面を覗き込んだ。ポップな可愛らしいタッチで顔の輪郭、瞳、口、鼻、が描かれている。身体は素裸のまま。その横にはゴシック文字で、
『三次元には絶対浮気しないで! お・ね・が・い、だ・ん・な・さ・ま』
語尾はピンクのキスマーク。私はにやりと笑う。
「クリスマスに、三次禁止とはやりますね」
「ありがと」
うふふと嬉しそうに微笑む姉さん。
「ウィッカちゃんにはこれ、千代ちゃんにはこれを送る予定なの……」
さくさくと説明しながら、姉さんは画面を素早く切り替える。ヒロインに相応しい美少女、美少年の絡み。年の差カップル、アニマル系、年下攻め……うまいもんだね、なんて眺めていると、ふと、私はあることを思いついた。
「あ、私、彼の好み、思い出した」
「え? ホント?」
「うん。目が大きくて少し垂れ目で」
「はいはい」「髪は長くて真ん中ワケ、前髪はない」
「ほうほう」
「着物を着ていて」
「ふむふむ」
「若干舌たらずだが清楚な感じで」
「へぇ」
「オプションで手錠かな」
「……こんな感じ?」
姉さんがおおまかに書き込んで数十後、私の注文どおり、画面の向こうでは姉さんの容姿に似た和風美少女がオネダリのポーズをとっていた。……姉さん、本当に自分に関わる事柄は鈍感だなあ。
「はい完璧。彼、喜びますよ」
「それはよかった」
ニヨリニヨリ、思わず笑顔になる私たち。その時、姉さんの携帯が鳴った。アラームらしい。
『お姉ちゃん、時間だよ? 今日も僕が早起きだねっ』
いかにも甘え坊そうな、ショタッ子の声が聞こえた。
「あ、もうこんな時間……帰って原稿進めないと」
「今年のクリスマスも原稿ですか?」
「あと、ホラーゲームね……新作だよ、あの迷路のね」
データを移しながら爽やかに答える彼女に。私は、この顔で一番受けがいい笑顔を浮かべた。
「ねえ、手伝ってあげるから、一緒にクリスマス過ごさない?」
「ええー」
「ええーて……傷つく」
「だって、あなたの同居人小うるさいじゃない。絶対イイところで電話かかってくるでしょ」 「え……」
「集中できないじゃない」
一瞬嫉妬? とか思った私は脱力。電源切るから……そう言うと、じゃあ料理もお願いね! そう言って姉さんはにっこり微笑んだ。私はどうしてこんな人……思いつつも、綺麗な細面にあどけない笑顔。それに少し見とれたのも事実で。あーあ……溜め息を吐くしかなかった。
「あ、そういえば私、こたくんの住所も知らないのよ」
「あーそれは私も知らない。家は知ってるけど」
「……もったいないし、当日届けに行く?」
「近いし、ま、いいんじゃないですか」
――『三次元禁止』を姉さん似のキャラが描かれたグリーンカードより何より。クリスマスの夜、私と姉さん腕を組んで(寒かったから)、カードを届けに来たという事実に、変態先輩がなぜか半泣きになるなんて。この時は思いも寄らなかった。