どうしてこうなったんですか。
昔々あるところに、それはそれは美しい姫がおりました。
さらりと伸びた髪は艶やかで美しく、瞳はまるで宝石のよう、さらにその愛らしい唇で歌を紡ぐと振り返らない者はいない。まるで絵に描いたように完璧なお姫様でした。
しかし、そんなお姫様にはただ一つだけ、欠けている事がありました。それは、心。お姫様には人を愛したり愛されたりという事を感じる事がどうしても出来なかったのです。沢山の人がお姫様を愛していると、好きだと言います。しかしその意味はわかってもどうしてもお姫様の心には届かなかったのです。
そんな事を人に言えずただ独り、お姫様は心の内にその事を隠し続けました。隠して隠して…いつしかそんな気持ちが無い事を気にする事もなくなりました。
「そしてそんなお姫様に恋するのが俺、リンドウ王子と言うわけ」
ふふん、となんだかドヤ顔されたけども何がドヤなのかちっともわからない。
「へぇーなんか面白そうなお話です…けど」
ぷるぷる
「ぜっっっったいに無理ですって!!」
台本を握りしめながら私、若宮小那都はぷるぷると震えた。
だって、だってさ?!
「なんっですかこのハードルあげすぎた姫はっっ!!あきらかに私じゃ力不足です!無理です!!諦めましょう!!!?」
「えー?!だってもう部長さんやる気満々だよ?」
子供のように口を尖らせて今回の原因、上条優人先輩が反論する。
いやいやいやいや
「取り下げてください!こんな美人の設定なんて聞いてないですよ?!」
そーだ!1度折れてやるとは言った、言ったしやるからには努力しようと思ったよ?だから台本とか読んでみたよ?けどさ、けどさ?!
「顔は努力の仕様がほとんど無いんです!!生まれつきなんですよ?!!」
「だからーこなっちゃんはそのままの顔で充分可愛いからいいんだってー」
「だからっ!!それはあれでしょう?!ブサ可愛的なものでしょう?!」
あぁ本当に美形に言われても説得力無いなっっ!!
「あーもう…そんなんじゃないって」
「っっ!」
ずいっと先輩の整った顔が近づく
「…試してあげようか?」
「なっっ」
ばっ、とあわてて先輩と距離を取る
な、なっ、なにを試す気だこの人はーーー!!!
すると、入り口の方からあまりにも気まずそーな弱々しい声がドアの開く音と共に聞こえてきた。
「あのー…お邪魔しちゃってすいません。」
「あ」
優人先輩がマヌケな声を出す。…え、誰?
お邪魔しますとなにやらわたわたしながら(あれ、誤解してない?この人)少し長い黒髪に、メガネをかけた男の人が近づいてきた。
「本当だよ部長さんー。せっかくいい所だったのにー」
にやにやーとこちらをみながら楽しそうに先輩が答える
え、部長さん?この人があの演劇部の部長さんか!!
…ていうか誤解です誤解誤解!!!なにいってんの優人先輩?!
と、私がこんなにも否定のオーラをだしているのにも気付かずに部長さんは、ご、ごめん…と謝り(騙されやすい人なのかなこの人)ふっと、私が持っている台本に視線を落とした。
「え、君。その台本…」
「…え?」
ついさっきまで読んでいた台本を食い入るようにみられる…え?な、なんですか…?
「あ…あのぅ…」
あまりの沈黙に耐えられなくなった私は口を開く…だっ…だって…っっ
そこで我に返ったように、はっ…とした部長さんは「す、すまない」と言って…今度は視線を私に移してきた。
「もしかして、君が〝こなっちゃん〟さんかい?」
…こなっちゃんさん。
まさかの呼び方に一瞬ぽかんとしてしまったけれどすぐにはっとして返事をした…私のことだよね、そうだよね……優人先輩変な名前教えないで欲しいなあぁ。
「え…えーと、1年の若宮 小那都です。こんにちは」
「あぁ、こんにちは!僕は2年の桐島 咲良。上条からきいてるかもしれないけど演劇部の部長をしてます、よろしく」
よろしく、のところで自然に握手を求めるあたりもしかしてこの人は気の弱い人なんかじゃないのかもなぁと思う。普通そんな自然に求めないよ?
「で、えーと君が上条の言ってた若宮さん…てことは君が〝姫〟をやる人だってことで間違いないかな?」
はっ…。そ、そうだ!ここで言えばもしかしたら…!
「あ、あの!部長さん!!」
「え?」
よし!今のこの思いを!!この人に言えれさえすれば!!多分勝てる!
「わ、私には無理があると思うんですこの役…。」
…ゆ、優人先輩の視線が気になる、気になるけど今は言い切らないと
「私、こんな美人じゃないし、第一演技だってド素人だし…初の校外活動に私みたいなのが入ったら台無しにしてしまうと思うんです…!」
…よ!よし!!言えたーー!!!これでもう!きっと!この話は逃れられるんじゃないのかなっ?!
期待を込めて部長さんをみると、優人先輩をちらっとみて少し困った顔をした
「うーん、確かに初舞台でいきなり主演っていうのが怖いのもわかるんだけど……上条がねぇ」
ねぇ、と視線をむけられた優人先輩はつまらなそうに少しむすっとしている…え、なんで?
「……練習。」
「へ?」
珍しく仏頂面の先輩が声を張り上げる
「練習するよこなっちゃん!人前でやるのが怖くないくらいにみっちりと!俺が指導するから。」
「え?は?は?!」
びしっと指をさされたけどなんかもう意味わかりません。…なんでこうなった?!
「?!」
「……。」
助けを求めて部長さんをみたけれど、優しい微笑みで返された
…きっと頑張れといういみなんだと思う。




