表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見亭のお嬢さん  作者: かじひろ
第1章
7/31

発言は手を挙げてから

朝議が執り行われる議場は、王宮の一角にある。

本来ならば女王の臨席を賜り、厳粛に進むべき朝議の場は、しかしどこか気だるい空気に包まれていた。


「かねてより問題となっていた、国境の城壁の修繕費ですが――」


滔々と報告書を読み上げる大臣の話など、誰が聞いているのか。

大抵の議員は居眠りか、近くの席同士で雑談に耽っているか、ひたすら沈黙を貫くかだ。


国民が見れば激怒しそうな議会も、参加できるのは子爵以上の爵位を持つ貴族とその子弟、そして軍の上層部に限られていた。

その権利を持つ議員も、近頃では軍の上層部を筆頭に欠席が珍しくない。


「現在の財政状況を鑑みた結果、関税と商人の所得税を上げた中より捻出したいと……」


議場を見渡せる玉座はもう長く主を迎えておらず、今は布の覆いがかけられていた。

さすがにそこへ座らない分別はあるのか、王弟は議長席で腕を組み瞑目している。何を考えているのか定かではないが、その泰然とした存在感は誰も無視できない。


「――私からは以上です」


書類を下ろし、ぼそぼそと告げた財務大臣が席に座る。

「意見がなければ、決を採りたいと存じます」

弱々しい言葉は、王弟に席を追われた元議長だ。

女王が政治を執っていた頃は、取り次ぎと議事の取りまとめを任されてきた老侯爵であるが、今の体制になってからは朝議の進行のみが仕事となっている。


「では、国境の修繕費を関税と所得税より捻出することに――」

「相模(さがみ)侯爵」


張りのある声が響き、侯爵は言葉を止めて顔を上げた。

仰ぎ見たのは、玉座のある壇上。

玉座のすぐ脇。覆いのされたそれより、よほど豪華に見える椅子から立ち上がるのは、この場で二番目に若い男だった。


「あー、宰相閣下。何か」

「発言の許可をいただけますか」


まっすぐに自分を見つめる若者から視線を逸らし、侯爵は王弟の様子を窺う。

彼が相変わらず目を閉じたまま微動だにしないのを確認して、そっと頷く顔には哀れみが浮かんでいた。


「関税も所得税も、引き上げれば商人ばかりか国民の生活を圧迫することになります。また現在、周辺国との関係は良好であり、国境の修繕が急務とは思えません。時間をかけ、国庫に余裕ができてから着手すべきです」

正論の手本のような発言に、まず交通大臣が口を開く。反論はたいていが、この交通大臣から始まる。

「平和な今だからこそ、城壁を築いておくのですよ、閣下」

「それとも、いざ戦争が始まってから、城壁を直すまで侵攻を待ってくれとでも頼むおつもりですか?」

横から外務大臣が挟んだ言葉に、あちこちから笑いがこぼれた。

「開戦を前提にしておいでのようですが、そもそも戦争を回避するのが貴殿の仕事でしょう、陸奥(むつ)外務大臣」

「こちらがどれほど手を尽くそうと、相手が聞き入れなければどうしようもない。その場合のことを申し上げているのです」

「起こる可能性の低い事柄より、まず国民の生活に目を向けるべきです」

父親や祖父ほど歳の離れた大臣や貴族を相手にしながら、なお退かない宰相に周囲の反応は冷たい。

彼が朝議の場で、青臭い正論を述べることが習慣になっているからだ。

「戦争が起きれば、その国民の生活が脅かされるのですぞ」

「しかしこれ以上、税を上乗せするのは…」

「解せませんな」

低い声音が議場を打った。

ぴしりと空気が引き締まる。


議長席の王弟が、腕組みを解き薄い笑みを浮かべていた。

「既に相当の税が、かけられているような口ぶりですな」

「……一部の商人から、税が上がったと言う話を聞いています」

「ほう、それは初耳だ。閣下は民ともよく交流をお持ちのようで、感服致します」

議長席を見下ろす位置にいる宰相を、態度で王弟が威圧するのもいつものこと。

「しかしあまり民に近付きすぎるのはいかがかと。流言に惑わされ、貴族としての正しい目を曇らせることになりかねません」

おおらかに構えているようで鋭い眼光を向けてくる王弟を、大蛇のようだと宰相は感じていた。

そしてじりじりと締め上げられているのに、年若く力のない自分には抜け出す術がない。

「とは言え、商人の報告も捨ててはおけぬ。税については、こちらで調べさせましょう。増税の件は次の議会まで持ち越しと言うことで、よろしいですかな?」

「………。結構です」

両手を握りしめ、いくつもの反駁を飲み込んで了承すると、王弟は朝議の閉会を告げた。







「毎度毎度、よく飽きもせず正論ばかり叩けるものだ」


石造りの回廊を行きながら、王弟が言う。

彼の後ろを歩くのは、宰相より一つ年下で、朝議に参加する議員の中では最も若い男。

王弟の息子である和泉蘇芳(いずみ すおう)だ。


「民に寄った物言いも、先代によく似ている。腐ってもあやつの孫か」


宰相の祖父。先代宰相と王弟が、数年前まで王宮での権力を二分していたのは有名な話だ。

朝議でも思想の違いから意見が対立することがほとんどで、先代が亡くなった当時など、王弟による暗殺疑惑がまことしやかに囁かれた。


「父上は、なぜ宰相を放逐なさらないのですか。面倒な口など塞いでしまえばよろしいでしょう」


さして興味もなさそうに、蘇芳は尋ねる。


大人のやりとりをさめた視点で眺めている彼には、何度丸め込まれようと懲りずに理想を主張する宰相の姿は、いっそ哀れに思えた。

祖父が亡くなり、彼を気に入り重宝していた女王が表舞台から消えた今、宰相には後ろ楯がいない。

ただ宰相への任命式が、女王が自身で行った最後の公式行事だったことだけが、今の彼の地位をなんとか保たせているのだ。

だが、そんなものは父が本気になれば簡単に潰せてしまうことを、蘇芳は知っている。


「必死な様が可愛いではないか」

「……それだけですか?」

王弟は横目で息子を見ると、また口角を上げた。

「下手に若造を潰して、女王の息のかかった軍部に動かれると厄介だからな。沈黙している者たちこそ、警戒が必要だ」

「軍部ですか。言われてみれば近頃、元帥らは朝議に不参加でしたね」

「だが逆に、若造が宰相として無能を晒し続ければ、そういう者たちも動けぬ。担ぐ御輿が馬鹿ではたまらぬからな」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ