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夢見亭のお嬢さん  作者: かじひろ
第1章
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○○に真珠?

丁子が卓の書物を片付ける間、その端で真朱がのんびりと墨をする。

玉で作られた硯と文鎮、筆置きは、売ればそれだけでひと財産築けるほどの価値があると言う。初めてそれを聞いた時、仰天した丁子は危うく硯を落として割るところだった。

以来、丁子がそれらを扱う時は細心の注意を払うことにしている一方で、持ち主の真朱は全く気にせずごりごりと墨を擦り付けている。

「真朱さま、紙はこちらでよろしいですか?」

「いいよ」

卓上のろうそくに火を灯し、手習い用の薄い紙を卓に置く。

向かいに座るよう促されて丁子は藤の椅子を持って来た。


「前提として、八百屋や乾物屋は、商品を王都の外から仕入れてる。特に乾物屋は外国だね」

「はい」

真朱は筆を取り、左端に簡単な荷馬車を描き、その右側に三本縦線を引く。そして右端に円を描いた。

「縦線が関所で、円が王都だと思って。……商品は地方から関所を通って王都に入る」

左から縦線を貫いて、矢印が円に刺さる。

「そして関所を通過するごとに、商品には税金がかけられる」

縦線を一本越えるごとに、税に見立てた荷が馬車に積み上がっていった。

「では、通過する関所が多いほど、税金は余計にかかるんですね」

「そう。だから、近くで採れる野菜より、外国から運んでくる魚の方に、高い税金がかけられてるはずだね」

「だから、乾物屋のご主人が怒っていたんですか」

「関所で散々税金上乗せされた上、王都に入る時点でまた税金。商人としてはやっていられないでしょう」


筆の柄で円の上を叩く真朱を、丁子はポカンと見上げた。

「何?」

「王都に入る時にも、税金がかかるんですか?」

「王都の財政は、何が支えてると思っているの?それから、税金が上がったと言うけど、王都の税率はここ何年も変わっていないはずだよ」

「それなら、関所の税率が上がったと…?」

「関所から上がってくる税収も何年か大きな変動はないね。税が上がるほど目立った変化も、国内で起きていない」

「では、えぇと…」

何本かの線と円の間を、丁子の目が往復する。

王都はともかく、税収が増えていないなら、関所の税率は変わっていないと考えるのが普通だ。

しかし、商人は税金が上がったと言う。


「上がった分のお金が、どこかに消えていると言うことですよね」


「そうだね。まぁ、関所を管理する貴族か、王都の役人か、統括する王族か。もしくはすべての共謀か」


卓に頬杖をつく真朱を、信じられない思いで見つめた。

「……本気で仰ってます?」

「それ以外、思い当たる節がないね」

「でも、税率の変更は議会で決定するものですよね。それでは、議会で不正がまかり通っていることになります」

「今の議会が正常に機能しているなら、この国はもう少し暮らしやすいだろうね」

「何を暢気なことを仰ってるんですか!」

丁子は思わず腰を上げる。

「私たちの国ですよ。好き勝手されて腹は立たないんですか?何とかしなきゃいけないじゃないですか」

「何とかって、具体的には?」

「それは……陛下に上奏するとか」

「女王は長いこと表舞台に出ていない。上奏どころか一般人では謁見もできないよ」

「取り次いでもらうとか」

「丁子、自分が言ったことも忘れたの?」

「……あ」

議会で不正が容認されていると言ったのは丁子である。その議員が、己の利益を脅かす上奏を許すはずがない。

冷静に指摘され、勢いをなくした丁子は椅子に戻った。


真朱は筆を置き、話を畳みにかかる。

「議員ならまだしも、王弟に目をつけられたら、悪くすれば消されるからね。余計なことはしないに限るんだよ」

だから宰相のおとないも迷惑だ、と言外に告げている。

「分かったら今日はこれまで」

反論が出なくなったところで、卓のろうそくを消された。

「もう遅いから寝るよ。お休み」

「…はい。ありがとうございました。お休みなさいませ」

真朱が寝房に入るのを見届けて、丁子は硯と筆を洗いに立つ。

分かりやすく図解された紙を丁寧に折り畳み、懐に入れた。

塾で学ぶこともあるが、こうして真朱から教えられることも、また多いのだ。


卓を片付けて、部屋の明かりを落とせば侍女の仕事は終わる。

明日も早朝から仕事が詰まっている。今夜の話題は自分なりに考え直し、次の機会に真朱と再び意見を交わすことにして、丁子は自分に与えられた部屋へと足を向けた。




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