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夢見亭のお嬢さん  作者: かじひろ
第2章
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いよいよ嫌いになりそうです


丁子は彼の言う“人種”が非常に気になったのだが、真朱はこの場にいないなら聞いても仕方がないと言うように話を畳んでしまう。

「どんな人かは、会えば分かるとして――丁子」

しかも彼女は丁子に話を振ったのだ。

「はい」

名指しで呼ばれて黙っている訳にもいかず、控えめに応える。

すると真朱の視線を辿った淡藤が、初めて丁子を振り返った。

丁子はどんな挨拶が来るかと密かに身構えていたのだが、そもそも扉に背を向けていた淡藤は、丁子がいることに気付いていなかったらしい。

何度か口を開閉させるが、どれも言葉にならないと言う驚きように、図らずも彼の死角にいた丁子は詫びも含めて礼をした。

「真朱さまの侍女を務めております、丁子にございます」

髪に挿した歩揺が華奢な音を立て、それで我に返った淡藤は、軽い黙礼で応える。

彼はそのまま真朱へ向き直ってしまい、丁子に声をかけることはなかった。

(ひ、ひどい…っ)

期待していた訳ではない。断じて期待などしていない。

それでも、一言もなく挨拶を流されるのは丁子をへこませた。


彼の広そうな守備範囲から自分は外れていたのだろうが、だからと言ってそこまで明け透けな態度をとらなくてもいいじゃないか。


丁子の不満を見てとった真朱と藍が、さも愉快そうににたにたと笑っている。

それも癇に障るので、丁子は淡藤を視界から追い出した。

「真朱さま、ご用件を」

「あぁ、うん」

真朱はいつもと変わらない調子で言った。


「今日いっぱいで、あなたを侍女の任から解くから」


「……ええぇ!?」












しばらくして、本来の客である月白がやって来た。


「商人に対する増税が可決された!王弟の思うつぼでは――藤!?」


白磁に案内されて来た彼は、客房に入るなり憤激遣る方ないと言う様子で吐き捨てたが、真朱と向かい合う弟を見留めて顎を落とす。

その顔が、意外にも先程の呆けた淡藤とよく似ていたものだから、丁子は少しだけ気分が晴れた。



真朱の侍女を名乗った直後の解雇通告には胃の縮む思いをしたが、同時に告げられた新たな役割と彼女の真意は、丁子が負うには荷が勝ちすぎるものだったのだ。

かと言って、拒否と言う選択肢は元より持っていない。受けるしかないと決意を固めたところでの、月白の登場である。



「お前、一体ここで何をしている!?」

「落ち着きなよ、兄さん。ほら座って」

今にも自分を締め上げそうな兄に席を譲り、淡藤はその下座――丁子に近いところに座を改めた。

「増税が可決されたんだって?」

月白はまだ何か言いたげにしていたが、真朱から問いかけられて諦めたらしい。

「あぁ。軍部も大臣も欠席多数で、何が過半数だ」

「王弟のごり押しも、愚かな貴族の追従も、今に始まったことじゃないよ」

理不尽がまかり通るのは世の常であると丁子も知っているが、王宮で通る理不尽は規模が違う。

生活に直結することを、強権への追従で左右されたのでは、民衆はたまったものではない。

月白は深く息をつき、行き場のない憤りを沈めた。

「……浅葱も欠席だ。ここへ来るとも伝えたが、返事の文もない」

「好きにしろと言うことでしょう」

「……私は王弟が戦争の準備を整える前に、貴女の存在を公にして止めたい」

「水を差すようだけれど。私は今回の件で名乗りをあげるつもりはないよ」

「この期に――」

及んでまだ言うか、と気色ばんだ月白が片手で膝を押し、腰を浮かせる。

(単純な宰相だなぁ……)

前回と似たような展開に、丁子は無礼と承知で月白の気の短さを貶した。

当然だが、心の中で控えめに。

それからやや遅れて、前回と同じ人物がもう一人いたことに気付いた。

(――藍さん!!)

倭の衣装でも、帯に吊った剣は変わらない。

前回は真朱から手を出したにも関わらず、月白が自分の刀を探しただけで、その喉元に刃を突きつけた藍である。この剣幕で彼女に詰め寄ったのでは、スパッと三枚におろされかねない。

真朱の後ろを見れば案の定、微笑を浮かべた藍が剣に手をかけていた。

月白は眼前の目標物(真朱)しか認識していないらしく、藍の穏やかな威嚇は全く目に入っていない。

学べよ!と叫びたいのは、もちろん月白にだ。

「ふふっ」

ぎりぎりの理性で堪えた丁子のすぐ脇で、今度は淡藤が小さく噴き出した。

場の中心が緊迫しているだけに、既に傍観者となっていた彼だが、どう見たって笑う状況ではない。


兄弟揃っての空気の読めなさに、とうとう丁子は頭を抱えた。


混沌としかけた場を救ったのは、外からの声だった。

「お嬢さま、妙でございます」

「妙どの!」

真朱の許可はとっていなかったが、とにかくこの空気を変えることを優先して、丁子は扉を開ける。

「お茶をお持ちいたしました」

「ありがとうございます。真朱さま、お茶ですよ!」

この際、行儀など無視して明るい声で言うと、月白は毒気を抜かれたように腰を落とした。


藍も、表情はそのまま剣を放す。


「妙」

「はいはい。失礼いたしますね」

真朱が顎を引くと、妙は礼儀的に平伏し、月白から順に茶杯を配った。

空いた盆は丁子が預り、妙はまた礼をして退出する。


緊張が緩和されたところで、月白は気まずそうに目を泳がせ茶をすすった。

詳しい話も聞かず、いきり立ったのを恥じてはいるらしい。

単純な性格を自覚しているのは結構だが、ならば余計に自制してもらわねば困るのだ。

主に丁子の精神衛生上。ただでさえ厄介な主人を抱えているのに、これ以上振り回されるのは遠慮したいと言うのが、丁子の偽らざる本音であった。

そして、真朱の側にいると決めたからには、それが叶わぬ願いだということも、残念ながら分かっている。


真朱は茶托に杯を置くと、仕切り直しに咳払いをした。

「とりあえず訊いておくけれど。私を議会に引っ張り出して、どうやって私を王座につけるの?」

「それは……まず少数でも反王弟派の貴族を説得して」

「ちがーう」

子供が癇癪を起こすように袖を振った真朱は、ズイッと月白に顔を寄せる。

「私が朱華の娘と言って、誰が信じる?」

そして低い声でこう言った。


(からす)の承認なくして、王は王たり得ない」



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