表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見亭のお嬢さん  作者: かじひろ
第1章
16/31

隣は何を知る人ぞ

丁子が客間から茶器を下げて来ると、厨房では浩伊が鍋を覗いていた。

来客を迎えるため、厨房から茶壺などを持ち出したのが昼過ぎで、今はもう格子窓から西日が射し込む刻限である。


桶に水を張り、丁子は丁寧に茶杯を洗う。

「茶は足りたか?」

「はい。ほとんど真朱さまが飲んでいましたけど」

浅葱と月白にはそれぞれ二度ほど注いだが、真朱は軽くその倍は飲んでいた。

「そりゃあ、機嫌が悪い証拠だな」

「そうなんですか?」

「あぁ。嬢さまが浴びるように茶を飲んでたら要注意だ」

浩伊は茶目っ気のつもりか、片目を瞬かせる。

彼の体躯とひげ面では、熊が顔をしかめたようにしか見えなかった。

その熊――もとい浩伊は、杓子で鍋をかき混ぜつつ、こんなことを言った。

「宰相閣下との話は決裂か?」

「いえ、それがそうでもないらしくて……」


丁子にとっては緊張続きだった会談は、月白の下僕宣言が効いたのか、数日後にまた彼らを招くことを真朱が承知して終了となった。


「でも見ているこっちが疲れました。真朱さまは始めから機嫌が悪いし、藍さんは宰相さまに剣を向けるし」

「藍さまは、嬢さま命だからなぁ」

「それにしても、やりすぎです。侯爵さまもお止め下さらないし、本当に私の寿命が縮みましたよ」

「侯爵さまは負い目感じておられるから、嬢さまに強く出られないんだろうよ」


ふと手を止め、丁子は浩伊を見る。

まるで真朱の出自を知っているような口ぶりだ。

「…真朱さまと侯爵さまのこと、ご存知なんですか?」

「親子だって言う話なら、知っている。ここの用人は皆、旦那さまに所縁のある者たちだからな」

皆、と彼は言うが、夢見亭で働く用人は片手で数えられるほどしかいない。

目の前の浩伊と、家令の白磁。そして白磁の妻だ。

「知らなかったのは私だけですか…」

真朱に直接拾われたため、どうやら丁子は前提がないまま雇われたらしい。


「しかし、あまり驚いていないようだな」

杓子で鍋のふちを叩き、浩伊が見下ろしてくる。

「そんなことはないですよ」

茶杯を桶から上げて、丁子は答えた。

火を止めて洗い場に来た浩伊が、丁子の手から茶杯を取る。

「お前は、嘘がつけないな」

目を合わせたら余計な感情まで読み取られる気がして、彼女は無言で桶を見つめた。

その頭を、大きな手がぐしゃぐしゃと撫でた。

「責めてる訳じゃない」

「……分かっています」

浩伊は居丈高に説教などする男ではないし、丁子から何かを感じ取っていても、その確信を他の人に言ったりしない。

ただし、事実を知らぬ振りも、またしないのだ。


「その時が来たら、真朱さまには自分で言います」


そうしろ、と再び頭に置かれた手は優しかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ