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夢見亭のお嬢さん  作者: かじひろ
第1章
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剣と誓い


深く頭を下げる父親を前にしても、真朱は昨夜のように淡白だった。

「拒否する」

「この国の先のことだ。考えてくれないか?」

深刻な話題にようやく背を伸ばす月白とは反対に、真朱は体ごとそっぽを向いて断固拒否の構えだ。

「嫌。絶対に嫌」

「そう言わずに」

「いーやーだ」

「話だけでも」

「嫌」

「真朱」

「…………」

終いには顔を逸らして返事もしない真朱に、我慢できなかったのは月白だ。


「いい加減にしろ!」


両手で卓を叩いて立ち上がる。茶器が音を立てるが、そんなことは気にならなかった。


今、この国を正す力が自分にあると言うのに、それを使おうとしない彼女に腹が立つ。

完全に言い負かされていることは棚上げだ。

「さっきから聞いてりゃ、嫌嫌ばっかり言いやがって!この国はお前の国だろう!?王弟に好き放題させてていいのか!」

「………」

荒い言葉で怒鳴ったのにおののいたのか、真朱は大きく目を見開いて月白を見る。

もしかしたら泣くかと一瞬怯んだが、残念ながら彼女はそんな可愛いげのあるタマではなかった。

見る間に真朱の目が据わる。


「冗談じゃないね!」


こちらも椅子を蹴倒して立ち上がった真朱は、袴の裾を跳ね上げ片足で卓を踏みつけた。細かな刺繍の施された革靴と、たおやかな脚が月白の眼前に晒される。

「真朱さま!」

何てはしたない!と侍女が目を剥くが、彼女は更に両手で月白の襟を掴む。

そのまま引き寄せられ、月白は反射的に己の刀を目で探した。

椅子に座る時に外した刀は、卓に立て掛けてある。


白磁の忠告は、まさかこれを見越してのことではないだろうな、と思いながらその目を真朱へ戻した時――喉元に鈍く光る剣が突き出されていた。


「……何のつもりだ」

「女とのケンカに、そんな無粋なもんは駄目でしょ、大公の旦那」

風変わりな優男は、穏やかな表情で物騒な剣を握っている。

「私は手にしてもいないが?」

不覚にも乱れた動悸を宥めつつ、月白はすぐ脇に立つ藍を見た。

それまで全く気配を感じさせなかった彼が、今は確かな殺気をまとって存在している。

「目で刀の位置を測っていた」

「確認するのも駄目か」

「俺的にはイエスだ」

「……優秀な護衛だな」

襟を掴まれたまま月白が肩を竦めると、ようやく藍は剣を引いた。

そして真朱の額をぺちりと叩く。

「あう…」

「お前も。武器を持ってる相手に、素手で戦いを挑むんじゃないよ。俺が余計な気を回すはめになる」

「だって…」

「いいからその手を離して座れ。話が進まない」

不承不承、真朱が椅子に腰を戻すと、藍は何事もなかったようにその後ろへ立つ。

その際、月白に笑って見せた藍は、“腕はいいが食えない男”と言う印象を彼に植え付けた。



藍に叱られて席についた真朱は、タンタンタンと指先で卓を打つ。

「私の国?馬鹿を言っちゃいけない。うちの侍女の方が余程わきまえてるよ」

主の苛立ちが及ばぬうちに、卓の茶器を回収しようかどうか決めかねていた丁子が、突然遡上に上げられて固まる。

「うちの侍女は、王弟に牛耳られている現状を『私たちの国なのに』と憤った。その通り、この国は国民のものだよ」

「……それは理想論だ」

「理想論だと、その口が言うの?」

真朱は容赦なく、月白の指摘を叩く。

事実、朝議では正論や理想論ばかりと嘲られている彼には、堪らない言葉だ。

それでも、月白には真朱の態度があまりに無責任に思えた。


「王女としての責任はどうなる」

「そっちの都合で王宮から遠ざけておいて、今さら王女だから責任を果たせなんて、筋が通らないんじゃない?むしろ貴方こそ、宰相としての責任を放棄してきたんでしょう」

いちいち耳に痛いことを言ってくれる。

「宰相の権限で議員を解任することもできるのに、貴方は宰相になってから、誰一人として王弟側の議員を辞めさせていない」

「王弟側に対して強く出れば確実に潰される。そうなれば、議会で歯止めがなくなるんだ」

「結局そうして日和ったんだね。潰されるほどの改革はしない。でも睨まれない程度には正論を吐く。いい心がけだこと」

「真朱、言い過ぎだ」


浅葱が間に入ると、真朱は不快を隠さない顔を逸らす。

始めに交わしていた会話では、特段不仲には見えなかった。何がそこまで彼女を頑なにさせるのか。


「結局貴方たちは、他人には王弟と戦えと面倒を押し付けるんだね」

「違う!」

その恨み節は、月白は迷わず否定した。

「何が違うの?」

「浅葱は貴方を、一人で戦わせようとはしていない。私もだ」

浅葱がこの企みに月白を巻き込んだ意味。それは大公家の名前で釣れるであろう味方を、娘の勢力として取り込むためだ。

月白自身が必要ではないのは、彼女とのやり取りで十分理解した。それでも彼は真朱と言う存在に、確かな力を感じている。


関わりたくないと態度で示してはいるが、真朱の見識の高さは世間を疎んでいる者にはあり得ない。常に世の中の動きを観察し、世界情勢まで注視している証拠だ。

深窓の令嬢とはとても言えたものではないが、この気の強さなら旗印となっても折れはしないだろう。


「私も浅葱も、本気でこの国を変えたい」

卓に両手をつき、真摯に述べる。

無力と侮られようが、月白は大家の嫡男としてそれなりの教育を受けてきた。大局的なものの考えも、できない訳ではないのである。

「今さら貴方を引っ張り出すこと、本当に勝手だと思う。申し訳ないとも。だが、戦争で国民に被害が出るなら、私は次期女王に貴方を推す」

「…政治的判断と言うこと?」

意外にも、真朱が月白に視線をくれた。

「国は民のものだと貴方は言った。だとしたら、私は民のために、無理矢理にでも貴方を王弟にぶつける」

その代わり、と月白は言葉を続けた。

「貴方はどれだけ私を責めても構わない。乞うた以上、私はさいごまで、貴方に対する責任を負い続けると誓う」

「さいご?」

「私の一生の、最期まで」


月白は顔を上げる。

相当必死な顔をしていたかもしれない。同情めいた表情で、丁子が真朱を見た。

彼女は腹の上で両手の指を組み、眼を閉じて修験者のように動かない。

「それはつまり――」

やがて瞼を震わせた真朱が、ぽつりと溢す。

固唾を呑んで言葉を待つ月白に、彼女ははっきりと微笑んだ。


「貴方が一生、私の下僕になると言う宣言だね」

「断じて違う!!」


思わず叫んだ月白の隣で、浅葱が額に手を当てて肩を落とす。

「君は本当に……」

「見事なほど父親の遺伝を無視したよな」

途切れた言葉を、藍が正確に引き継いだ。



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