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夢見亭のお嬢さん  作者: かじひろ
第1章
13/31

会話は正確に

「当時の背景は、よく分かりました」


月白が組んでいた腕をほどいて真朱に視線を向ける。

彼女は浅葱が語る間、一切の口を挟まず淡々と茶を飲んでいるだけだった。


「彼女が生まれた経緯について、教えていただけますか」

彼が一番知りたいのはそこだろう。

仮にも宰相という地位に就いている彼だ。

過去から現在に至る国内の情勢も貴族間の権力図も、ある程度は把握している。

しかし一度として、亡き王女が浅葱との間に子供をもうけていた、などという情報が耳に入ったことはないはずだ。


丁子が茶壺を手に新しい茶を注ぐのを待って、浅葱は月白の問いに答えた。

「真朱が生まれたのは、兄上が亡くなった翌年。十八年前だ」

「それは、先王が崩御された年でもある訳ですね」

「そう。父上が亡くなる半月ほど前だ」

「確かに微妙な時期ですが、公表されない理由にはなりません。なぜ誕生を秘匿されたのですか」

「その時には、私が生まれた理由を失っていたからだよ」

真朱からもたらされた答えは、浅葱に苦笑を浮かべさせた。

この子は自分の存在を、ためらいなく否定してしまえる。

そんな風に育つ環境に娘を置いてきたことは、浅葱が背負っていかなければならない業だ。


「真朱は、兄上の養子になるはずだった。朱華も始めから納得ずみで――と言うか、やはりこれも朱華の発案だったんだが」


それも元を辿れば、父王の意志に沿おうとしたものだ。






兄に期待をかける一方で、父王は早くから次の跡継ぎを望んでいた。やはりどこかに、兄の将来を案じる気持ちもあったのだろう。

浅葱が臣籍に下るのを機に、結婚を促すことも増えた。しかし妃を迎えることに、兄自身は常に消極的で、じりじり答えを引き伸ばしていた。

それならばと、爆弾を投下したのが例によって朱華である。


その時は叔母も同席する食事の席で、父王は兄にそれとなく貴族の娘を薦めていたらしい。

兄が毎回、同じようにそれを退けるのを見ていた朱華は、実にあっさりと言ったそうだ。


『だったら、私と浅葱の子供を養子にすればいいじゃない』



浅葱はその日の内に『今すぐ登城せよ』との厳命が下って、自宅となった夢見亭から王宮へ駆けつけることになった。そして兄に絞め殺されんばかりの勢いで襟首を捕まれ、父王の元へ連れて行かれたのだ。

国王一家の居間で浅葱を待っていた父王は、憤激とも悲壮ともつかぬ表情で円座に座っていた。


『父上、一体何ごとですか』

『それは余の台詞だ!朱華との関係は認めていたが、実の親に報告もないとはどういうつもりか!』

『浅葱、こればかりは私も父上と同感だ。朱華どのにとっては一大事だろう?』

『松葉(まつば)はあまりのことに寝込んでいる!余は情けなくて松葉に会わせる顔がないわ!』

父王と兄が揃って慌てふためく中、朱華の名前が出たことで逆に浅葱は落ち着いた。

有無を言わせぬ様子の使者が夢見亭に来た時は、それこそ国家の一大事かと肝を潰したのだ。

詳しい事情は分からないが、騒ぎの中心が朱華ならば浅葱にも対処のしようがある。


しかし、自分の母親を寝込ませるほどの何をしでかしたのか。

『ですから、今度は朱華が何を?』

『しでかしたのはお前であろう!子供ができたなどとは聞いておらんぞ!』

『それは私も初耳です』

『だったらなぜ余に一言……初耳?初耳と申したか?』

冷静な浅葱の言葉に、父王が困惑顔で首を傾げた。

『なぜ知らぬ。父親はそなたであろう?』

『私は確かに朱華を愛していますが、まだ夫婦になった覚えはございません』

『………。その、つまり子供ができることは』

『あり得ません。そもそも、なぜそのような話に?』

浅葱の怪訝な様子に、父王と兄は顔を見合わせる。


互いに混乱する空気に、騒ぎを招いた張本人の声が割り込んだ。

『失礼致します。浅葱が来ていると聞きましたが』

部屋に現れた朱華は、普段と何ら変わらぬ風情である。『朱華!そなた、子ができたのではないのか?』

『まぁ陛下ったら、早く孫の顔がご覧になりたいのは分かりますけれど、残念ながら私はまだ乙女ですわ』

『朱華、年頃の女性が口にするものではないよ』

そっとたしなめる浅葱を見つけると、朱華はさっさとその隣に腰を下ろした。

『君は一体、父上と兄上に何を申し上げたんだ?叔母上まで、寝込んでおられるそうじゃないか』

『母上には今話をして来たわ。変な誤解で寝込むんだもの、困ったものよね』

現状、この場の人間を困らせているのは朱華であるが、父王と兄は辛抱強く彼女たちの会話が終わるのを待っている。

破天荒な王女を扱えるのは、浅葱くらいなものだと学習しているからだ。


『どこぞの殿下が結婚しないって駄々をこねるから、解決策を提示したまでよ』

『具体的に、その解決策を教えてもらえるかな』

『陛下は跡継ぎが欲しいだけなのでしょう?それなら、私が浅葱の子を生んで、その子を養子にすればいいって言ったのよ』

『断じてそうは言っておらん!』

我慢できずに父王が突っ込んだ。

兄を見れば、疲れたように肩を落としている。二十六にもなって、駄々っ子と言われたことも地味に堪えているらしい。


察するところ、朱華はほとんどの説明を飛ばしたようだ。どうせ『私の子供を養子にすればいい』とか何とか言ったのだろう。

それなら父王や兄が勘違いし、神経の細い叔母が寝込むのも無理はない。

『朱華、次からは結論に至るまでの過程も説明しなさい。周りが混乱する』

『そうみたいね。気を付けるわ』

切々と訴える父王に、朱華は頷いた。


王室一家を混乱に陥れた朱華の思い付きは、しかし実現可能な案として、ごく内輪だけで再考されることになる。

特に兄が強い賛同を示した。普段は穏和で父を立てる兄が、この時は渋る父王を押し切ったのだ。








「お分かり?浅葱の兄上とやらが死んだ時点で、私は用済み。公表する時期を逸して王宮では育てられないから、夢見亭に置いておかれていると言う訳」

「真朱、適当に端折るのはどうかと思うが」

「もう飽きた。つまらない昔語りばかり」

真朱は卓に頬杖をつき、じろりと月白を見やる。


「大体、そこの宰相閣下は何なの?他人の家に上がり込んで根掘り葉掘り」

浅葱の話を租借していた月白は、突然の批判に言葉を詰まらせる。

「あ、いや…私は浅葱が勧めるから」

浅葱は『会ってみろ』としか言っておらず、月白の方には真朱と会った後、どうにかしようとするほどの用件はないのだ。

「それなら、浅葱は何をしに来たの?まさか、今さら何かさせようって言うんじゃないよね」

「残念ながら、そのまさかだ。月白にも付き合ってもらうつもりで連れて来た」



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