+6〚(仮)〛
世界から、色が消えた。
……いや、色が消えたんじゃない。
色が、意味をなさなくなったんだ。
ただ、ただ、自分の少し速くなった心音だけが胸に響く。
先程まで響いていた振動も、光も、何も感じない。
それに加えて、依は蹲った俺に容赦なく拳や足を振り上げてきた。
避けられない、無理だ、と目を閉じて、頭だけは庇った、その時だった。
消毒液の冷たい匂いの中に、ふっと、陽だまりのような匂いが混ざったのは。
〈お前ら、何がしたい〉
〈は?急に横入りしてきて何を―――〉
〈姉貴……癒宮を攫って、無関係な九条たちを襲って。何がしたいんだよ〉
〈そんなのお前に関係ねぇだろ!……いや、その制服、お前も魁漆座か?あ、もしかしてこいつの副座長とか?笑える〜〉
〈……知らねぇなら自己紹介してやる。お前らへの最後の置き土産だ、よく聞け〉
〈あ?〉
〈魁漆座、漆麟の一人及び弐ノ座三年座長・一 惣一だ〉
裏社会の人間と間違われるほどの威圧的な顔で依がそれまで見せていた「冷徹な余裕」をかなぐり捨てて後退りさせるのは、俺の一つ年上の幼馴染・一惣一だ。
自称俺の兄らしい一さんは、全身から道がひび割れる程の圧を放っていた。
相手の顔を見ずに、ただ彼が持っている俺の補聴器だけを見つめながら一さんは口をゆっくりと動かす。
そう、彼は相手の顔を全く見ていない。
何故なら、彼は相貌失認だから。
相貌失認とは、顔を見ても、それが誰なのか判別できない状態のこと。
目は見えているし、鼻や口といった「パーツ」は認識できるのだが、それを組み合わせて「あ、これは〇〇だ」と脳で統合することができない。
更に、鏡の中の自分すらも認識出来ない様だ。
〈……魁漆座の漆麟って……あの精鋭揃いの三年……!〉
〈でもまぁ、今すぐ姉貴返して、その補聴器も俺に渡してくれるんだったら、今回の事には目を瞑っておいてやる〉
〈はっ、誰が―――〉
〈返さねぇっつー事は、俺とやる覚悟、あるってことでいいな?〉
〈っ……!お前ら、こいつを囲め!〉
依はそう言って手を振り被ったが、彼の仲間は現れなかった。
ほぼ、倒されていたのだ。
一さんが連れてきた、彼の次席と、公揺党の二人によって―――。
どうして公揺党がここにいるのかは分からない。
けれど、彼らのおかげで窮地を脱することが出来たのだから、感謝しなければ。
そう、ほっと胸をなで下ろした所で、依からとてつもない悲しみが振動として伝わって来た。
そんな彼に対して一さんは、何処か冷静なようだった。
依が拳を振り上げれば、一さんは彼に回し蹴りを食らわせる。
ゴッ!
地震が起きたと勘違いするほどの地響きが響く。
どうやら、一さんの回し蹴りが依の鳩尾に直撃した様だった。
よた、とその場に蹲り、腹を押さえる依の前にスッと立ち、冷静に口を開いた。
俺の目には、その一さんの背中がとても頼もしく、かつ優しく映った。
〈っ……、負けるはずがない!俺達が……GRALが最強なんだ……!
俺達が……俺が絶対にこの街で一番になって……あいつらに……〉
〈……。仲間を守りたい気持ちは分かる。……お前らも、何かあったんだろ?でも、だからといって一線を越えて良いわけじゃない〉
〈あぅ……っ、ぁっ……〉
〈一癒宮を……俺の姉貴と……その補聴器、返してくれるな?〉
優しく、諭すようなエメラルドの瞳で依を見つめる一さんに彼も顔を崩した。
依は目に涙をため、髪を結っていた髪ゴムがはらりと床に落ちる。
その瞬間、彼の髪の毛が肩にぱさりと当たった。
すると、依はポツリ、ポツリと口を開き始めた。
音は聞こえないし、振動も今の俺では大きな振動でなければ聞こえない。
なのに、依の表情からは悲しみや悔しみが滲んでいることに気が付いた。
きっと彼もこれまで、重い境遇や事情を背負わされてきたのだろう。
〈……俺は、別にGRALの代表ではないんだ……。こいつらも、GRALのメンバーじゃない。そもそも、GRALと言うチームはこの街に存在しない〉
〈っ……!なっ……、どう言う事だ……?〉
〈俺達は元々、遠くの街で困っている人の依頼を請け負ったりしていたんだ。
今回はある人に依頼されて一癒宮を攫った。
……もちろん彼女は返す。……これ(補聴器)も。本当に、魁漆座を巻き込んでしまい、すまなかった―――〉




