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乙女ゲーム『ティンダル王国~人をつなぐ聖女の物語~』

王太子は婚約者の変化に戸惑い、聖女に見惚れる

作者: ひろね

乙女ゲーム『ティンダル王国~人をつなぐ聖女の物語~』の続編になります。

ヒロイン→悪役令嬢で、今回は王太子視点になります。


 私はティンダル王国の現王の第一子として生を受けた。

 私が8歳になるまで、王女は産まれたが、王子は産まれなかったのと、それなりに優秀だと判断されたのか、10歳の時に王太子として立つことを望まれた。

 それは、立太子までいかないものの、そのように振る舞うようにと、父である国王陛下直々のお言葉だった。


 それに合わせて、私の目の前に婚約者候補が並んだ。

 その中で、私はエリノア・ブレイン伯爵令嬢が1番好ましく思えた。容姿だけでなく、控えめな、けれど博識な彼女は、会話をしていてとても楽しく有意義な時間だと思えたのだ。


 けれど、後ろ盾という意味ではグランディー侯爵令嬢がいいと父は言う。それは分かる。貴族の中でも発言力のあるグランディー侯爵家ならば、私が王となり政を行うのに、心強い味方となるだろう。

 しかし、一歩間違えば、傀儡にされかねない危うさもある。また、かの侯爵令嬢はそれが分かっているのか、他の令嬢に対して強気な態度でいるのが気になってしまう。


「レイモンド殿下、昨日は殿下にお会いできず、わたくし、とても寂しかったですわ」


 王太子妃教育を行っている部屋に入ると、グランディー侯爵令嬢が他の令嬢を押しのけ、私の前に出て話し出し、触れようと試みる。

 それを最低限の行動で躱して、他の令嬢たちにも声をかけた。


「皆さん、昨日は何を勉強しましたか?」


 すると、ノールズ伯爵令嬢が「昨日は皆で刺繍をいたしましたの。こういった貴族令嬢の趣味までお勉強させていただけるとは思いませんでしたわ」と、笑みを浮かべて答えた。


「そうだね。公務を覚えるのはまだ先で、淑女教育のほうがまだ多いだろうね」

「思っていたのと違いますが、楽しいですわ」


 今はまだ、王子妃教育というよりマナーのおさらいという感じだろうか。素地が出来てなければ、他の事を覚えても仕方ない。土台として、貴族令嬢のマナーは必須なのだから。

 しかし、グランディー侯爵令嬢は刺繍は苦手のようで、出来が良くなく、進み具合も遅いようだ。刺繍の話になった途端、彼女は押し黙ったままだった。

 王妃になれば、公務は当然だし、貴族令嬢の先端を行くような存在にならなければならない。そういう意味では、グランディー侯爵令嬢は他の令嬢に劣っていた。


 淑女教育の期間を経て、いずれ公務に関わるような他国の習慣や情勢などを学ぶようになってからは、グランディー侯爵令嬢が抜きんでてきた。

 彼女は男性だったら外交なりなんなりで頭角を現したのかもしれない。ただ、この国では女性が働くのはあまり好ましく思われていない。

 ――そうか、それが根底にあるから、グランディー侯爵令嬢の事が苦手なのかもしれない。

 彼女は優秀で、きっと王妃として国を導く側に回れば心強いだろう。その実家は貴族たちをまとめるような存在になるかもしれない。


 けれど、国にとって優秀だと思っても、私の心には響かない。

 何故だろう。彼女は国にとっては有益な人物だと言える。でも、心は拒否してしまう。私は王子で、更に言えば王太子で、政略結婚が当たり前。なのに、彼女を選びたくないと思ってしまうのは、どうしてなのだろう?


 そんな時に、グランディー侯爵令嬢が階段から落ちて怪我を負ってしまった。

 王太子妃教育のため、彼女は王宮預かり――そんな彼女に傷1つでも付ければ、侯爵がなんて言うか分かったものではない。私は隣国の聖女に彼女の傷を癒してもらうよう交渉し、我が国まで来ていただくことになった。

 のちに、これはこれで、彼女を特別扱いしていたのだと、気づかされたのだが……。


 それでも、聖女に治療を頼んで、あとは知らん顔など出来るわけもなく、私も時間を作ってお見舞いに行った。

 グランディー侯爵令嬢は落ち着いていて、体は大丈夫かと訊ねると、「もう大丈夫ですわ」と返した。その時の言葉に、いつものような力がなく、まだ完治していないのでは、と心配になる。聖女に来ていただいたのに、治ってないとなると問題だ。

 どうしたものか――と思っていると、グランディー侯爵令嬢はベッドの上で深々と頭を下げた。


「殿下、今回の件、申し訳ございませんでした。けれど、わたくしの不注意による怪我ですのに、隣国の聖女をわざわざお呼びくださるなんて、とても嬉しく思いましたわ」

「いや、今は王太子妃候補の教育中……ここで怪我をされるのは私の責任だ」


 特別扱いしたわけではない、他の令嬢でも、同じような事になれば同じ事をする――と暗に示したのだが、それに気づいたのか気付かないのか。終始嬉しそうな顔をしている。

 しかし、階段から落ちる前のグランディー侯爵令嬢とどこか違い、どう話をしていいのか戸惑う。外見も中身もグランディー侯爵令嬢――けれど、どこか違いを感じる。些細な違和感。


 その後、しばらくの時間話をして、彼女の部屋を後にした。

 なんだろう、彼女は怪我をして恐ろしさに気弱になったのか、今までのような自分をアピールするのが少なくなった気がした。

 性格が丸くなったのだろうか? だとしたら、いい傾向なのだろう。だが、一度会っただけで決めつけるのは良くないだろう。しっかりと確かめなければ。




 そう思うのに、怪我の後の彼女は、前より控えめな性格になっていた。

 王である父も、彼女の変化は好ましく思い、彼女を私の婚約者に推すようになっていた。

 それまでは、王太子妃教育の様子を見て、教育の成果と私の好みで選んでも構わないという話だったのに。

 私は好みも合い、勉強にも熱心なエリノア嬢を選びたいのに、きっとそれは反対されるだろう。

 それならば、なんのための婚約者候補なのか……。私に選択肢がないのなら仕方ないが、彼女たちの時間を奪ってまでする事なのだろうか?




 ある日、王太子妃教育の一環で、現在国の一部の貧困問題をどうするかという議題での話し合いがあった。

 まだ、10歳の少女たちには難しい問題だが、現在国が抱える1番の問題だと私は思っている。その為、私も同席し、彼女たちの意見を聴いていた。


 この国の政に踏み込んだ議題に、皆、困惑と緊張感をもって、恐る恐る自分の意見を口にし始めた。

 その中で抜きんでたのはグランディー侯爵令嬢だった。彼女はもう少し煮詰めれば議会に出してもいいような内容まで話す。それは、まるで見てきたかのように、断言していた。

 ただ、グランディー侯爵令嬢の提案は国を良くするものかもしれないが、才ある者は裕福になれても、才のない者は取りこぼされるような内容だった。今は、この国の貧困層をどうすべきか議題にしているのに、内容がかみ合っていない。

 その中で、他の令嬢が自領で見た領民の事などを例にして話し合いはグランディー侯爵令嬢の手を離れて進んだ。


 私はこの国において貧困層の多さをどうにかしたいと思っている。父はそれほど熱心に政策を考えていないようだけど、一部の者たちだけが富を得るのは間違っていると思う。せめて、貧困層から抜け出す事が出来るようななにかがあれば……と思うのだが、それをどうすればいいのかは、私もまだ答えを見つけていない。おそらく、政策の1つで解決するような簡単な問題ではないだろう。

 そんな中、彼女たちの話を聞いているのは、思ったより自分の為になった。

 特に、マキオン侯爵令嬢の意見がとても参考になった。彼女の両親はすでに自領で貧困対策を行なっているらしく、それを例として挙げていた。確かに、マキオン侯爵領は少しずつだが、全体的に量民の生活が良くなっていると報告が上がっていた。


 話し合いが終わった後、私はマキオン侯爵令嬢にもっと詳しく聞きたくて話しかけた。

 マキオン侯爵令嬢は話しかけれるとは思わなかったのか、「はっはい、なななんでしょうか?」と少しどもりながら答えた。その様子についくすっと笑ってしまう。


「でっ殿下、ししし失礼ですっ」

「笑ってごめん。ただ、君の領地で行っている政策をもっと詳しく知りたいんだ」

「あ……。その、わ、わたくしも食事の時に話題の1つとして出ただけなので、それほど詳しくは……」

「じゃあ、マキオン侯爵に訊ねれば、詳しく分かるかな」

「はい。父なら詳しく知っていると思います」

「ありがとう」


 マキオン侯爵領で行っている政策を、国で行えないか検討してみたい。

 そう思っていると、横からグランディー侯爵令嬢が話しかけてきた。


「殿下、それにマキオン侯爵令嬢、わたくしもその話に興味がありますわ」

「グランディー侯爵令嬢……、悪いが、マキオン侯爵令嬢に聞きたい事は終わったから」

「では、わたくしの話を聞いてくださいませ」

「いや、君の考えは話し合いの時に聞いたよ。確かにいいものもあるが、今回は貧困層をどうするかが議題だ。もう少し、議題を考慮して意見を述べてくれないか」

「……分かりましたわ。失礼いたしました」


 グランディー侯爵令嬢が素直に引いてくれてほっとした。

 父はグランディー侯爵令嬢を私の婚約者に据えようとしている。私は、彼女を愛する事が出来るのだろうか……。

 いずれ、覚悟を決めなければならないだろう。




 12歳のとき、私の婚約者はグランディー侯爵令嬢に決まった。

 彼女は周りを押しのけて自分の意見を言っていたのに、いつの間にかに、周囲に配慮した意見を控えめに、そして穏やかに話すようになっていた。

 穏やかになったけれど、自分の意見を言う時は言うし、芯はある。王妃という大役も、彼女はこなしてくれるだろう。

 私は彼女の事を伴侶と認め、愛せなくても情を持って接するよう心がけた。

 そう、私は彼女の事を愛せなかった。けれど、王妃としての役目を担える人物だと評価はしていた。だから、彼女を尊重し、親愛の情はそれなりに持てるようにはなっていった。



 ***



 この国は王族、貴族は皆、15歳になると学院に通う事になる。この学院は一部の平民――魔力が大きい、または学業が優秀――も通っている。国の縮図――と言えるが、それにしては平民の数が少ない。そのせいか、平民は貴族に虐げられ、小さくなって生活をしていた。

 それでなくても、父が王になってから貴族優先な政策が多く、平民は貧しく生活に困るような日々なのに。そんな中でも、勉強して上に行こうとしている平民の子を、貴族の令息令嬢たちは嗤って貶している。

 それを見てから、父と国の現状について意見した事がある。私がこのままでは平民が学院に通う事を諦めてしまいそうで、貴族の令息令嬢たちの態度を改めることが出来ないかと話したのだ。

 だが、父は取るに足りない事だと思ったのか、「平民に何ができる。我らが導いてやらなければ、生きていく事も出来ない輩だ」と、一蹴した。

 民あっての国ではないのか……?

 私は父の考えに失望した。


 その翌日だ。

 今年は『聖女』が入学したと聞いていた。その彼女が、よそ見をしていたせいで小石に躓き、転んでしまった。私は彼女を起こそうとして手を伸ばしたのだが……。

 シェリー嬢が先に「大丈夫かしら? でも、あなた聖女だったわね。ならその程度の傷は簡単に治せるでしょう?」と言って、それから私に向かって「遅刻してしまいますわ。行きましょう」と強引に私の腕を引っ張って、その場から去ることになってしまった。

 いつもと違うシェリー嬢に、私は戸惑った。まるで、昔の自我の強い彼女に戻ってしまったようだったのだ。

 私は思わず、彼女に問いかけた。


「シェリー、今日はいつもの君じゃなかったね」

「え? どういうことかしら?」

「聖女であるメイナード男爵令嬢に対してだよ」

「っそれは……」


 シェリー嬢に問いかけていると、顔色が悪くなって視線を逸らす。

 どうしたのだろう? いつものシェリー嬢らしくない。


「ごめんなさい。ちょっと学院に入ってナーバスになっているのかもしれないわ。今までもたくさんの人に囲まれていたけれど、大人の人たちが多かったのに対して、今は同い年の方たちばかりだから……どういう対応をしていいのか迷ってしまうの」

「そうか、そうだね。でも、これから3年はここでみんなと学んでいくのだから、早めになれないとね」

「ええ、気を付けるわ」

「特に、メイナード男爵令嬢は聖女でもあるから、対応を間違えると教会に対して失礼な振る舞いをしたことになってしまう。だから、彼女に対しては注意して接してくれ」


 昔を知っている私からすれば、シェリー嬢がナーバスになるなんて信じれなかった。けれど、殊勝な態度にあまり責めるようなことを言うのは止めようと心がける。

 けれど、メイナード男爵令嬢は、男爵家の庶子だけど、本来なら教会で大切に扱われる『聖女』なのだ。その彼女に対して、あのような言動は、教会から目を付けらてしまう。

 シェリー嬢のためにも、少しきつく言って、メイナード男爵令嬢に対して変な事をしないように釘をさす。


「ですが、彼女も貴族の一員ですわ。殿下と男爵家の庶子では、傍に近づくことに反対です。教会で聖女としてお務めを果たしているのであれば、別ですけれど」

「そうだけどね、聖女である事に変わりはない。ただの男爵令嬢じゃないよ」

「確かにそうですが」


 納得いかない――というような表情をシェリー嬢は浮かべた。

 ああ、やはり彼女は変わっていなかったのかもしれない。彼女が婚約者になってから、私は極力他の令嬢と2人で話をするような事は避けてきた。もちろん、他の令嬢を褒める事も。

 だから気づかなかった。彼女にとって、自分が1番だという事に変わりがないという事に。ただ、表面上、誤魔化すのが上手くなっただけなのだ。


「シェリー嬢、今後、私は『聖女』であるメイナード男爵令嬢と会話をする事があるだろう。それを、君は自分の感情で邪魔をする気なのかい?」

「いえ、そんなことは……」

「この国には今『聖女』が居ない。彼女が必要なんだ。分かるね?」


 そう言うと、シェリー嬢は渋々ながら頷いた。

 私は、シェリー嬢がこのまま婚約者としていることに対して、不安になってしまった。

 国として考えれば、シェリー嬢との婚姻は王族、貴族の結びつきが強固になるだろう。けど、国民は置いてけぼりだ。

 本当に、これでいいのだろうかと、何度自分に問うた事だろう。



 ***



 私がシェリー嬢の事で悩んでいる時に、メイナード男爵令嬢と話をするタイミングが出来た。運よくシェリー嬢の居ないときに。


「リア・メイナード男爵令嬢、だったね。学院はどうかな?」

「失礼を承知で言わせていただきますが……最悪、の一言ですね」

「最悪、か」

「はい」


 彼女は男爵令嬢と下位貴族であり、しかも庶子だ。学院での成績はいいものの、それが逆に高位貴族のプライドを刺激するようで、高位貴族の令嬢などが突っかかっているのを見た事がある。

 その時はシェリー嬢が傍にいて、声をかけることが出来なかったのだが。

 今もそうだ。メイナード男爵令嬢1人に対し、高位貴族の令嬢4人で囲んで文句を言っていたのだ。彼女たちは今の自分の顔を見たことがないのだろうか? 人の事を悪し様にいう彼女たちの顔は、とても醜かった。

 彼女たちを追い払い、服が汚れたメイナード男爵令嬢にハンカチを差し出すが、彼女は手を出さずに自分の手で制服についた埃を払った。


「大丈夫か? もし必要なら、制服の予備を用意しよう」

「いえ、予備は持っていますのでお気遣いなく」

「そう、か」


 彼女は私と話しているのを見られたくないのか、周囲を見渡して、人が居ない事を知ってほっとした表情になった。

 そうか、彼女はここまで気を付けているのに、油断すればすぐに絡まれてしまうのだろう。私はどう彼女に話しかければいいのか迷っていると、彼女のほうから私のほうを向いて口を開いた。


「王太子殿下、申し訳ございませんが、お願いがございます」

「何だろう?」

「わたし、学院を退学したいのです。本来なら『聖女』と分かった時点で、わたしは教会に身を寄せるはずでした。それなのに『聖女』の名前につられて、メイナード男爵がわたしを勝手に引き取ったのです」

「それで、今は男爵令嬢として学院に?」

「はい」


 彼女の語る8歳からの生活は、貴族の醜い思惑に振り回される人生だった。

 学院に通うのも、メイナード男爵家よりも裕福な家の令息を捕まえるためだと言う。


「それよりも、『聖女』として認められたのだから、教会で『聖女』としての務めを果たしたいのに……」


 ああ、彼女は自分の役目をしっかりと把握している。

 教会に身を置けば、衣食住は保証されるけど、聖女としての仕事は奉仕だ。傷ついた人々を癒し、希望を与える。教会は寄付により成り立っているため、治療を受けた者は幾ばくかの寄付を行わなければならないが、それが彼女の手元に行く事はないのに。

 それらを分かっているのかと問えば、力強く頷かれた。


「別に滅私奉公しようとは思っておりません。それほどお人好しではありませんので。けれど、治癒の力は貴重で、その力をわたしが持っているのなら、傷ついた人を癒してあげたいのです」

「そうか……とっても、立派な心掛けだね」

「いえ、それほどでは。正直、貴族の暮らしと比べて、わたしは聖女として教会に居る方が合っていると思うだけです」


 貴族は領民を守る義務があるが、その分、優雅な暮らしができる。学院に通う令息や令嬢たちは自分で領地の経営をしたことがないため、優雅な暮らししか知らないせいか、義務を置き去りにしている気がする。

 でも、聖女と称される目の前の少女は、優雅な暮らしよりも義務を選んでいた。

 メイナード男爵令嬢が眩しく見えた。


「1つ……質問してもいいかな?」


 気づけば、私はメイナード男爵令嬢にさらに問いかけていた。

「はい?」と、彼女は首を傾げてこちらを見ている。


「君は平民としての暮らしを知っているよね? どんな暮らしだったかな? この国は今、貧困層が増えている。この貧困層をどうにかするのが課題だと私は思っているのだが、父――王を初め、貴族たちは自分たちの暮らしに満足し、平民の暮らしを顧みない者が多くなっているんだ。どうすれば、国は良くなるのだろうか」


 気付けば私は熱弁していた。

 メイナード男爵令嬢は驚いた顔をしたが、すぐに普通の表情に戻って口を開いた。


「失礼ながら、貴族が領民をもっと大切に扱うべきかと。自分達の暮らしのために税を上げる貴族もいます。残念ながら、うちもそうですが」

「確かに国に納める税は決まっているが、領を運営するための税はその領主である貴族が決めているね」

「はい。そして、領民は貴族の決めた税を納めなければならず、それができなければ貧民一直線です」


 とはいえ、領地に納める税率はどれくらいが適正かは分からないと、メイナード男爵令嬢は憂い顔で答えた。

 確かに肥沃な土地を持つ領地なら、小麦などをはじめ野菜などの生産量は多いだろう。交易のための港街を持つ領地は、人の交流が盛んで商人が金を落とすだろう。

 そういった領地はいいが、痩せた土地を持つ領地や、国境沿いの他国に対して自衛を行わなければならない領地は、他の領地より運営費が嵩むに違いない。

 この問題は簡単に解決できるものではなく、時間をかけて精査する必要があるものだ。


「君は、平民として暮らしていた時はどうたった?」


 そう問うと、彼女は少し遠い目をして、少し間を置いてから答え始めた。


「母は男爵家に仕えるメイドでした。けれど……」

「済まない、言いにくい事だったかな」

「いえ。母は男爵家のメイドを辞めた時に、手切れ金を頂いたので、それを使い生活し、わたしを産みました。その後は食堂で住み込みで働いてわたしを育ててくれました。食堂の主人も良い方で、わたしがお店に顔を出しても嫌な顔をせず、看板娘だな、と笑って食堂の隅に置いてくれたんです。なので、寂しいという気持ちはありませんでした。それに、食べ物に困る事もなく、平民としては良い方だったと思います」


 彼女は長々と語った。

 その目は少し潤んでいて、過去を懐かしんでいるようだった。


「8歳の時に教会で洗礼を受けた時、聖女の力を持っていると判明し、母と別れを告げ、教会に身を寄せるはずだったのですが……」

「メイナード男爵が、君の聖女の力に目をつけたと」


 彼女はゆっくりと頷いた。

 本来なら、聖女は教会に身を置き、その力を貴族、平民に分け隔てなく使うべきなのに、父であるメイナード男爵が聖女の娘を持つというステータスのためだけに、無理矢理引き取られたのだという。

 教会も非道ではない。幼い子が両親と離れるのを嫌がる場合、無理に教会に引き取る事はない。それが裏目に出たのだろう。しかも、気の毒な事に男爵家に引き取られて間もなく、彼女の母親は流行り病で亡くなったという。


「わたしは……聖女と呼ばれ、それが使命だとは思っていません。でも、貴族……メイナード男爵令嬢として、聖女の名声でどこかの貴族に嫁ぐというのは望んでおりません。わたしは幼い時に平民として生活しました。そのせいか、平民に寄り添いたいと思っているんです」


 決意を固めたかのように右手を握り締め胸のところにおいて、宣言するかのように言い切った彼女は、とても美しいと思った。

 そんな彼女を見て、私の頬は紅潮し、胸が大きく高鳴るのを感じた。


書いていたら、王太子がヒロインに落ちそうになってます。

どーすべ。

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