第四話
ふわりとした感覚が体を包んだ。
眼前の景色は像から線へと姿を変え、周囲の音は消え去り、ついには耳鳴りがしそうなほどの静けさが全身を包む。
加速していく感覚が全身を貫く―
目の前が白い光に包まれ、ぐにゃりと脳みそが揺さぶられ歪むような感覚が襲い掛かる。
次の瞬間、視界が戻るころには景色は線から像へと戻り、周囲の音も鼓膜を震わせていた。
何か妙な感覚が全身を通り抜けたようだが、特に体調に異常は見られなかった。
いつの間にかさきっまでいた町中からずいぶん遠くまで来てしまったみたいだ。
周りを見渡してみると、いかにも繁華街といった様相の街並みから、石造りの建物が並び立ち、街路樹が並び立つ住宅街のような場所に出てしまっていた。
明らかに先ほどといた場所からはずいぶんと離れていそうな場所だ。そこまで長い時間は走ったつもりはなかったんだが。
先ほどの景色がゆがむ感覚といい、まるで瞬間移動でもしたように思える。
それを裏付けるかのように、周りにはジョギング途中の中年男性や買い物帰りと思しきおばさんたちが歩いていたが、こちらを見ながら何やらひそひそと話しているように見える。
その目線はこちらを怪しんでいるようなものだった。やはりなにかが起こったことは明白だろう。
居心地が悪くなった僕はすぐにその場を離れた。
あたりを散策してみると、開けた場所に出る。
周囲には木々が植えられており、広場の中心には噴水が設置されている。
道端は花壇となっており、花が植えられ色とりどりの花が道を彩っていた。
どうやらここは郊外の公園のようだ。
公園の中を通り抜けるとその先は小高い丘になっており、どうやらここから一帯の景色が眺められそうだ。
ひとまず景色を確認して一番人が集まっているところに行こう。
そう決めると僕は丘への道を急いだ。
善は急げだ。早くここがどこなのかを確かめなくちゃならない。そうしなけりゃ精神的に持ちそうもない。さっきのことがあってからもう頭の中はパンクしそうだ。
心の中で悪態をつきながら丘の上まで登ってみると、今日は休日なのか、日が落ちそうな空なのにもかかわらず、ぱらぱらと人混みができるほどにぎわっていた。
丘の上は休憩スペースを兼ねた広場になっており、お菓子の移動販売車が止まっている。
子供たちが駆けてきて親に大きな声でお菓子を強請る。
仕方ないといった表情の母親が財布を片手に販売者に近づいているほほえましい光景の奥には、見たこともないような景色が広がっていた。
街の中心には高層ビルの群れが立ち、そこを起点として古代の城塞都市のように城壁が並びたっているのが左右にかすかに見える。
向かって左には木々が生い茂った森林地帯といった様相の景色が広がり、東側には木造の建築物と何十にも重ねられた塔がそびえたっている。
手前、つまり丘の麓には石造りと思われる建物が数多く存在しており、ビルと木造の塔との背丈の差はまるで大人と子供のようだった。
「改めてしっかり見るとわけわかんない場所だな...都市計画とガン無視で建てられてんじゃないか。種類もバラバラっぽいし同じ集団が作ってないんじゃないか?」
取りあえず現在位置と周囲の情報を仕入れた僕は、これからどうしていくかをそばに置かれたベンチに座りながら考えることにした。
「とにかく現状必要なのは話の通じる人に会うことだよな。説明してもらわなきゃなんにもできない。」
ここがどこでどうやったら帰ることができるのかを知っていそうなのはやはり警察的な組織だろうか。
治安維持を担っている組織があればそこに助けを求めるのが一番だろう。
うん、そうに違いない。
「そのためにまずは中心地っぽいビルを目指してみるか。」
思い立ったらまずは行動だ。とにかく問題を起こさないように移動しよう。
僕は立ち上がり町の中心部へを目指して広場を出ようとした。すると目の前から誰かがこちらに歩いてくるのがみてとれた。
年頃は僕と同じくらいだろうか。
それにしては背丈が高く、僕の身長を軽く越えている。
金髪綠眼に腰までありそうな長い髪を後ろで結んでおり、夕日に照らされてキラキラと輝いている。
紺のジャケットと黒のパンツを纏い、胸元には警察手帳に描かれているようなエンブレムが輝いていた。
何かの組織を表すしているのだろうか。
「そこのキミ、ちょっといいかな?見たことない服装だけれどどこの所属の子だい?」
彼女はこちらにちらりと目を向けたかと思うと、にこやかな笑みを浮かべながら僕に近づいてきてそういった。
柔和な笑顔がこちらに対する敵意がないことを伝えてくれる。
この人にならここがどこなのか聞けるかもしれない。
そう思い僕は彼女の声かけに応える。
「えっと、これは桜が丘学園っていう学校の制服です。」
「ふむ...ここにはサクラガオカガクエンなんて部隊名のついた組織なんてあったかな?あ!分かった!」
彼女は何か気が付いたようで大きな声を上げながらこういった。
「キミ!別世界来た人だね!そういうことなら話が早い!いっしょに詰所まで行こう!」
そういって彼女は僕の手を取り、広場の出口まで向かおうとする。
いきなり手を取られて面食らったのもそうだが、勝手に納得されて一方的に話を進められたせいで混乱気味の僕は彼女に訊ねた。
「あの!?いったいどこへ向かうんですか?あと、別世界ってどういうことなんですか?」
「それは詰所についたら改めて説明するよ!さあ、今は一緒にいこう!」
どうやら今は話には付き合ってもらえそうにない。
僕はしぶしぶ彼女に手を引かれるままに広場を後にした。