第三話
目を覚ますと見知らぬ空が広がっていた。
と言っても周りは高い建物の壁に覆われ、その間から見えるわずかばかりの隙間から光が差し込んできているばかりだった。
いつの間にか路地裏といっていいような場所にたどり着いてしまったようだ。
周囲には空き瓶や生ごみを入れるための容器などがおいてあり、この周辺で少なくとも人が住んでいる場所だということが分かる。
中を開けてみてみたが残飯や果物の皮といった生ごみが大半であり、場所を示すような文字が書かれたものは入っていなかった。
少なくとも人っ子一人いないところで寂しくくたばるなんてことは起きなさそうで僕は安心した。
しかし、地面に足がハマってからどれだけ時間がたったのだろうか。
あの時はちょうど下校時間帯だったはずだから、光が差し込んできているということはそれほど時間はたっていないのかもしれない。
いや、むしろ一晩をこの薄汚い路地裏で過ごしていたのだろうか。
そうであればこの付近の治安の良さにも感謝しなくてはならない。
まだここがどこかはわからないが、少なくとも日本に近い治安を誇っているようなところだとわかったのは僥倖だ。
「取りあえず生きてる...あのまま死ぬなんて御免だったからな...本当に良かった…」
僕は自分の幸運に感謝しながら辺りを改めて散策した。
そしてこの路地裏から出るための出口は光が差し込んでいる1ヵ所だけであることを確かめた。
すると、先ほどは差し込んでいたことで安心感を与えてくれた光が、途端に怪しく誘ってくるような光へと姿を変えたようだった。
この路地を出た先にはいったい何が待ち受けているというんだろうか。
「悩んでも仕方ない。とにかくここが何処だかをハッキリさせないと。」
僕はそう自分を奮い立たせると、路地から足を一歩踏み出した。
そこには今まで自分が見たことがない世界が広がっていた。
羊にしては大きすぎる体を持った動物が列車を引いている。客車には大勢の人が乗り合わせ、まさにラッシュアワーといった様相だ。
その人混みの中にちらほらと混ざっているのは獣の耳と尻尾をつけた人達だ。
コスプレにしては着ている服装は一般的なスーツからお洒落着ともいえるワンピース等、統一感がなくバラバラだった。
他にも明らかに機械の体と思しきパーツを付けた人間がいたかと思えば、ロボットとしか形容できないような物体が人と同じように町中を歩いている。
明らかにここが日本ではないことは明白な光景だった。
「これは…何だ…ここはどこなんだ…」
そう呟くしかなかった。いきなり地面にめり込んで落ちてきて、どこにいるかもわからないままやっと現在位置が確かめられるかもと思った矢先にこれだ。
僕の頭の中にはぐるぐると目の前の情報だけが駆け回り、そして処理できず流れるように掻き消えていった。
いきなりこんな光景を見せられたら誰だって混乱するに違いない。知り合いを何人か連れてきて同じ光景を見せたのなら全員が同じような感想と反応を返すだろう。
それほどまでに異質な光景だった。
そもそもあの大きな動物は何だ?羊のような見た目をしているけれど、明らかに大きさが2tトラック並みじゃないか。
そんな動物がいるなんて聞いたことがない。百歩譲って僕が知らないだけで地球上に存在していたとして、こんな大きくて様々な産業に役立ちそうな生き物が世間に知られていないはずがない。
それにあの獣耳と尻尾についても説明がつかない。
コスプレと考えるのが一番説明がつくのだけれど、それにしては質感が作り物には見えない。
本物なんじゃないのか?
ゲームやラノベなんかに出てくる獣人が一番近い存在なんだと思うけれど、これも地球上に存在したなんて歴史も報告もない。
「ちょっと確かめてみるか…」
僕は決心してすぐ横を通り過ぎた犬耳の生えた男性の尻尾を掴んでみた。
ふわふわと柔らかく温もりのあるそれは、どう考えても作り物とは思えないような手触りだった。
中にしっかりと筋が通っていて、機械や針金では決して再現できない動きも簡単に行うことができるだろう。
「オイ!なんだ君!!いきなり人の尻尾掴んできて!!」
「いやぁ…これ本物なのかなあと思いまして…」
「ホンモノ?そんなん当たり前じゃないか。見てわかんないの?」
「いやちょっとわかんないですねあなたみたいな方を見るのは初めてなもんで…」
尻尾を掴まれた男性は掴まれた尻尾を体に巻き付けるようにして僕から遠ざけると
「俺達の尻尾を掴むことがどういう意味だかわかってやってるのか?まあいいや。とりあえず調停機構の詰め所に一緒に来てもらおうか」
そう言いながら僕を捕まえようと腕を伸ばしてきた。
調停機構が何なのかはわからないが、この状況で連れて行かれる場所な以上、連れて行かれたらろくでもないことになる場所であることは明確だろう。
とにかくここは謝って逃げるしかなさそうだ。
「ごめんなさい好奇心からつい手が伸びてしまったというかいやそんなこと言っても理由にならないですよねごめんなさい失礼しました!」
僕はその場を全力で走って逃げ出した。今此処がどこだかわからない以上、犯罪者めいた扱いを受ける可能性がある自体はなんとしてでも避けなきゃならない。
「あ、おい!・・・」
徐々に遠ざかっていくに従って犬耳男性の声が遠くなっていく。なにか叫んでいたみたいだけどそんなものに耳を貸していたら捕まって調停機構とやらに連れて行かれてしまう。
僕は全速力でその場をあとにした。
「いっちまった…」
犬耳の男性は触られた尻尾を撫でながら呟く。
「みるからにここに慣れてないみたいだったし、調停機構に保護してもらおうと思ったのに…」