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『そして、言葉になる日』

では今回は、彼女が初めて「今の気持ち」を、

誰かにそっと語る日のお話をお届けします。

それは決して大きな決意でも、新しい恋でもなく、

ただ「自分の心の中にあるもの」を言葉にして外の世界とつなげる、

とても静かで、でも確かな一歩のお話です。


ある春の午後、彼女は久しぶりに人と会う約束をしていた。

場所は、あの駅の近くの海沿いの小さなカフェ。

誘ってくれたのは、彼の友人・涼くんだった。


「最近、ここによく来てるんだ。

 波の音、相変わらず癒されるよ」

そう言って窓際の席を選んだ涼くんに、

彼女は小さく笑って頷いた。


たわいのない話が続く。

互いの近況、仕事のこと、天気のこと。

でも、心のどこかでずっと、何かが揺れていた。


ふたりの前に置かれたカップの湯気がゆらゆらと立ちのぼる頃、

涼くんが、少し声を落として言った。


「…ねぇ、君はさ。

 あいつのこと、今もやっぱり…毎日、思い出す?」


彼女は一瞬、言葉に詰まった。

でも、不思議と怖くなかった。


「うん。…毎日は、もう違うかもしれないけど、

 でも、日々のどこかに、絶対いる」


カーテンの揺れる音。

熱いお茶の匂い。

夕方の光の角度。

全部に彼の気配が混ざっている。


彼女はそう、初めて誰かに話した。


**


「…寂しいとか、そういうのとはちょっと違うんだ。

 なんていうか…うまく言えないんだけど、

 “共にいた時間”が、自分の中にちゃんと根付いてて、

 それが、今の私を支えてるって感じなの」


「だからね、忘れたくないの。

 でも、それにしがみついていたいわけでもないの。

 …変だよね?」


涼くんは、首を横に振った。


「全然、変じゃないよ。

 それって、たぶん…ちゃんと“生きてる”ってことだと思う」


彼女は、ふっと笑った。

久しぶりに、誰かと深く目を合わせた気がした。


**


帰り道、駅までの坂をふたりで歩く。

彼女は風に吹かれながら、ポケットの中で拳をぎゅっと握った。

さっき、自分の口から出た言葉たち。

あれは、自分でも知らなかった“気持ちのかたち”だった。


口にすることで、少しだけ軽くなった。

少しだけ、温かくなった。


**


その夜、彼女は一人の部屋で、日記を開いた。

そして、こう書いた。



今日、あの人のことを誰かに話した。

ちゃんと、今の私の気持ちを、自分の言葉で。


もう“悲しい”ではない。

でも“終わった”でもない。


私は今日も、あの人と生きている。



部屋の空気が、やわらかく動いた気がした。

小さくカーテンが揺れた。

彼女は微笑んで、そっと灯りを落とした。


夢の中で、きっと彼はまたあの翡翠色の海のほとりで、

「よく言えたね」って笑ってくれる。

そんな気がした。


**


言葉にすることで、誰かと気持ちを分け合うことができる。

それがたとえ、ささやかな一歩でも——

その一歩は、確かに彼女を未来へと連れていってくれる。


では次回は、彼女がふとした出会いの中で「未来」へと向かっていく、

そんな新しいつながりの物語も描いてみたいと思います。

愛を失ったあとでも、人はまた誰かと心を通わせていける。

そんな希望の光を、一緒に描けたら嬉しいです。


今回も読んでいただきありがとうございました。

次回もよろしければ、どうぞご一読ください。

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