桜
第一部最終話です。
桜は目を覚ました。体を起こして周囲を見回す。
少し狭めの部屋で、両側の壁にベッドが3つずつ並んでいた。正面には扉がある。
今度は自分の体を確認する。いつもの服で、特段変化はなかった。ベルトポーチのアイテムバッグは枕元に置かれていた。確認してみると、中身もそのままだ。
「今どういう状況だったっけ?」
桜は、なぜ自分がこんな状況になったのかを必死に思い出そうとする。
「あ〜、寝落ちしたのか...。」
桜はあの激的な展開、驚愕の真実の連続で知恵熱を起こして脳みそがショートしたのだった。
かろうじてあのメイドにこの部屋まで運ばれたことは覚えている。
桜は、もう一度ベッドにボフッと倒れた。
(これからどうしよっかな…。)
正直言って、自分の兄が今も生きていたことが信じられない。でも、嘘をつく理由も見当たらないし、フェイも知らなかったようだ。たとえ事実であっても、何年も会ってない、その上記憶もない男を兄であると自覚を持てるわけがなかった。
「はぁ〜。」
このままゴロゴロしていても何も始まらない。桜はベッドから降りて扉へ向かう。しかし、彼女が扉のドアノブに手をかける前に、扉が開いた。
「おや、もう起きていましたか。」
メイド服の少女、リオンが部屋に入ってきた。
「起こしに来たのですが、問題はないようですね。」
桜は、少し警戒しているかのように距離を離した。
「何のよう?」
「ご朝食の準備が完了しました。」
その言葉を聞くと、桜のお腹がグゥ〜と鳴く。
「ちょうどよかったようですね。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「こちらにどうぞ。」
真っ赤になった桜の顔を見ても、リオンは特に顔の表情を変えることもなく部屋から出ていった。桜は慌てて立ち上がり、リオンを追う。
明るい廊下を二人は歩いていく。青白い金属で作られていて、うっすと何かをまとっているように感じる。
「オーバータイトでございます。」
「へ?」
「素材ですよ、壁の。」
リオンが壁に手を当てる。
「我が『帝国』の新技術で作られた特殊合金です。特殊金属に異能力を精錬段階で練り込むことによって最高の防御を誇る金属です。核ミサイルの直撃くらいなら余裕で防げます。」
「核ミサイルを!?」
「我がマスターの最高傑作の一つです。」
驚愕する桜を見て、リオンは無表情に見えるはずなのにどこか得意げだ。
そうこうしているうちに一つのドアにたどり着く。リオンは、ドアの横のスキャナーに手を当てる。
ドアが開き、長机がたくさん並んでいる部屋に出る。食堂のようだ。
リオンは、桜を椅子に座らせると、もう一人のリオンが食事を運ぶ。
「「お召し上がりください。」」
「いやいやいや!!なにこれ、なんで増えてんの!?」
リオンは二人揃って首を傾げる。
「「なにか問題でも?」」
「増えるのおかしいでしょ、人間だよね!?」
リオンは納得したように眉を上げる。
「「ああ…そういうことでしたか。そういえば話していませんでしたね。」」
リオン二人は完璧なカーテシーを決める。
「「改めて自己紹介を、我々の名は『電脳の支配者』リオン・ルーカス、アルアリア帝国虚星級第6席にして、空間を司る超越者、そしてアルアリア帝国における電脳ネットワークの管理を担う人工知能でございます。」」
「わぁぉ〜。」
桜が呆気にとられているのを見て、リオンはまたどこか得意げな顔をする。さっきも思ったが、どうやら褒められるのが嬉しいらしい。
「では、私はこれで。」
食事を運んで来た方のリオンは、食堂から退室した。そして、もう片方のリオンは桜の対面座席に腰掛ける。
「では、桜様も見知らぬ場所でご質問もたくさんありますよね?この際全て答えさせていただきますから何でもお聞きください。」
桜はフォークをベーコンに突き刺しながら質問する。
「ここどこ?」
「現在、私達は科学王国南部の海上約6000mを飛行しています。」
「ぽぇ?」
桜の目が点になっている。てっきりどこかの施設に移動したのかと思っていた。何せとても周囲が静かで、エンジンの音もしなければ、気流による揺れも一切ない。おおよそ飛行中と予想するには不可能だった。
「『エクストレーマ』、それがこの飛空船の名です。」
「ぽぇ〜〜。」
「フフッ。」
もう驚愕の連続だ。今日一日でどれだけ驚けばいいのだろうか?桜は眼の前の、およそ機械とは思えない少女を見つめながら思ったとのちに語った。
◇ ◇ ◇
桜は、リオンから話を聞いたあと、仮眠室に戻ってベッドの上で寝転んでいた。
まず最初に聞いたのは、さっきちょこっとリオンが言っていた「帝国」についてだった。他にも色々来たのでまとめてみると、
・アルアリア帝国
国民の約8割が科学王国エピスティニィと魔術帝国マギアレイの研究所から救助された奴隷か人体実験用の素体。そのため、体に何らかの特徴を持つものが無数にいる。むしろ普通の人間が少数派まである。このせいか、アルアリアの国民は皆寛容なものが多く、割と見た目は気にしない。触手と猫耳美少女が付き合ってたりもする。多様性以外の特徴としては、軍事力も挙げられる。子供から大人まで訓練を受けており、強い方の人だと一個大隊を殲滅できるチート集団の集まり。
・アルアリア帝国の政府は3つの部署からできている。
・軍事局
主に国外であるアリア帝国が活動する際、表立って動く部署。邪霊(桜に取り憑いていたのがそうらしい)問題や紛争介入など、専ら争う事が多いので特に直接戦闘が得意なものが集められている。
・保安局
軍事局とは真逆で、国内で活動する際に動く部署。治安維持のパトロールなど、とにかく街の人と接する事が多いので、民の人気の高いもの、殺さず無力化することが得意なものが集められている。
・情報局
主に他の2つの部署のサポートとスパイ任務を担っている。特に隠密行動が得意な者たちがここに割り当てられる。
・アルアリア帝国政府の階級制度
・虚星級
アルアリア帝国政府においての最高権力者。既存の色ではこの階級のものの実力を表せないため、虚(無色)である。7人のみがこの階級。
・金星級
十分常識外れの部類。核兵器やSFアニメの衛星兵器ぐらい強い。だいたい1000人ぐらいいる。
・銀星級
個人で大隊を一つを殲滅できる。だいたい10000人ぐらいいる。
・銅星級
下から二番目の階級。個人で一個小隊を殲滅できる。だいたい50000人ぐらいいる。
改めて思う、何だこのデタラメ国家。一国に対して壊滅的な被害を与えられる連中がゴロゴロしているなど、正気の沙汰ではない。
こんだけ頭のおかしい国家があるのなら、もっと有名になるものだと思ったのだが、そこはリオン曰く、
「プライドの塊みたいな科学王国と魔術帝国が自分たちより優れた技術を持った国家を認めると思いますか?万が一国民に知れたら士気が急降下しますよ。知っているとすれば各国の上層部、侯爵家以上のみですよ。」
…だそうだ。
あのフェイという兄は、この国の三人の建国者の一人で、現虚星級の第一席らしい。たしかに強かったし納得だ。
桜は、このアルアリア帝国に連れて行かれるらしい。
「はぁ〜。」
ダメだ、他の人と仲良くできる気がしない。伊達に長い間人との関わりを絶っていない。それに……。
コンコン。
誰かが来たらしい。桜は立ち上がってドアを開ける。そして体をこわばらせる。
「すまない、時間は空いているか?」
そこにはフェイが立っていた。
「は、ハイ。どうぞ。」
フェイは仮眠室へ入ってきて、ベッドに腰掛ける。桜は、一瞬迷ったあと、身体一つ分離して座った。
「「……………………………………。」」
桜にとって気まずい沈黙が流れる。
そして、体感三時間ぐらいの長い沈黙の後、ようやくフェイが口を開く。
「母さんは…どんな人だった?」
「…………なんで?」
「別に…ただ聞きたかっただけだ。」
「………………。」
桜はじっとフェイを見つめる。そしてゆっくりと話し始めた。思えば、実の母親について話すのは初めてだ。
「明るい…人だった。
誰よりも笑顔で、戦時中の今でも希望を諦めなかった。
すごく優しくて、いっぱい私を愛してくれた。
近所の人からも人気で、私の憧れだった。
でも…あの日…裏切られて…。」
いつの間にやら、桜は涙を流していた。紅い悪魔になって以来、ずっと流さなかった桜の久しぶりの涙だ。
フェイは桜の小さな体を抱きしめる。
「なんで、来てくれなかったの?あなたがいれば、絶対お母さんは生きていられたのに。ねぇ、なんで?」
泣きながら紡がれる恨み節。桜も、それが理不尽なものであることはわかっていた。それでも、どれだけ抑えようとしても溢れてしまう。
フェイはそのすべてをただ黙って受け止めていた。フェイだって決して遊んでいたわけではない。家族がバラバラになったあとも、必死にあがいていた。それでも、桜の怒りを受け入れていた。
「なんでっ、なんでよ…ヒグッ。なんでよ…。」
◇ ◇ ◇
桜が泣き止んだのは、それから30分たったあとだった。
「満足したか?」
「………うん。」
フェイは、抱きしめていた桜を放す。
「あっ………。」
「すまないが、そろそろ行ったほうが良さそうだ。リオンが外で待機している。」
ベッドから立ち上がったフェイはドアのところまで歩いて行く。桜はそれを黙って見つめていた。
「そうだ…。言い忘れていた。」
フェイは肩越しに振り返る。
「……………生きていてくれてありがとう。大きくなったな、桜。」
「!!」
桜は驚いたような顔をする。
「それだけだじゃあな。」
少し早口で告げたフェイはまた振り返ってドアを開けようとする。しかし、
「おにいちゃんも。」
桜に呼び止められる。振り返ると、桜が笑っていた。
「おにいちゃんも、私を見つけてくれて、ありがとう。」
泣き腫らした顔の笑顔は、お世辞にも可愛いとは言えなかった。でも、その時のフェイにとっては、どんな宝石よりも価値がある、かけがえのない笑顔だった。
「当然だ。」
フェイは部屋を出ていく。その時に見えた顔が、笑みを浮かべていたように桜は感じた。
胸に手を当ててみる。そこには、まるで自分の母と過ごしていたときのようなポカポカとした暖かさが再び宿っていた。
次回はエピローグです。




