猛獣退治⑤ー獣と猛獣、弟子と師匠
「イダ…もう大丈夫だよ。」
最初に鮎川が叩き割った氷柱はすっかり水たまりになっている。時間の経過を感じる。
鮎川は今にでも襲ってきそうだ。
大事な獲物の久保ヒカルを傷つけられた怒りで理性を失っている。
目は血走り、奥歯は噛みすぎてギリギリと音が聞こえ、腕の血管はしっかりと浮き出てる。猛獣だ。猛獣。
私は左手のアイスピックを構え「行くよ…」と小声で言った。
鮎川と距離を詰める。鮎川は1発殴って終わらせようとしているんだろうな。腕に力を入れすぎている。次の動作までが遅い。よし…いける。
私は鮎川の左肩をアイスピックで思いっきり刺した。そして右手の金属バットで頭を殴りつけた。どっちもクリーンヒット。最後は足で鮎川の金的を蹴り上げた。
…どうだ?
「ふふふ…」と鮎川は笑った。
身震いした。化け物め。
「少しは痛がれよ」
「痛みなんて、あの日からもう感じない」鮎川はそう言って私のみぞおちを膝で蹴り上げた。
「っっっうっっああ!!!」
私はさっき氷柱によって作られた水たまりの中で倒れた。身体全身から悪寒がした。真冬の水は地獄のように寒い。あれ…アバラ折れた?
息ができない。何故か耳が痛くなった。よだれが灰色の冷たいコンクリートに溢れ黒いシミをつくる。
あの日から…娘と嫁を殺された日か…
私は四つん這いの状態から、そのまま鮎川の足元に飛び込みアイスピックでアキレス腱を刺そうとした。
だが、鮎川は私のアイスピックを横から足で叩き折った。
「お前の怪我が無かったら、もっと楽しめたんじゃないかな」と言って鮎川は銃を私に突きつけた。
「ふっ…さっきも撃てなかったくせに、何してんのさ?」
「今回は撃つ。お前を殺せば、それこそイダは本当に死ぬんじゃないかな…」と笑いながら言ってイダは引き金を引いた。私はその瞬間目をつぶった。
ドォンと音がなりコンクリートが粉塵を上げた。弾丸は私の左の頬をかすってコンクリートの床に撃ち込まれた。頬が熱い。血が出た。
やっぱり、この人は私を撃てない。そしてこの状態に驚いているのは私よりも鮎川だった。
「俺はお前に出会ったせいで弱くなっている…?なんでお前を殺せない…」
鮎川は壊れたロボットのような喋り方で言った。
「それは…」
「どうして俺は女すら殺せなくなったんだ…?」
「イダが私を育てたからだよ」と私は言った。
「は…ははは…。まぁもうそれで良い。でも…」と言って鮎川は銃口を久保に向けた。
「こっちは確実に殺せる。」
「待って!!」
「待たない。冬梅、何故お前は私のソレを止める?。今まで散々一緒にレイプ犯を殺してきたじゃないか?」
「こ、この人はちゃんと司法で裁かれたよ!」
「娘と妻をレイプして殺したやつが、たったの8年で償えると思うのか?」
鮎川はどんどん早口になっていく。やばい、このままだと本当に撃つ。
「でもそれはナベシマが!!」
「はぁ??」と鮎川はこっちを見た。
「それは…ナベシマが久保ヒカルのことをイジメていて…そそのかされて…」
「でも最後に手をかけたのはコイツだろ?」
「それは…」そうだ、その通りだ。
「司法が正しく裁けないなら私が裁く。お前の父親もだ」
「え…と、父さんに何かしたの?」
「前に会った時気づかなかったのか」と鮎川は鼻で笑った。
「ちんこ切り落として、覚醒剤で落とした」
…あぁーだからあの時、父さんは…あの日の父親の言動や行動に全て納得がいった。この人がやっていたのか。そっからナベシマが父さんを見つけ出して連れてきたのか。
「俺は許さない。レイプするやつを。人の尊厳を凌辱する奴を。そして、それを許す司法も社会も。俺が全員殺す。」
「ダメ…ダメダメ!」
やばい。やばい。撃つ。私は銃を奪おうと鮎川に飛びかかった。
私が鮎川に被さった勢いで銃が発砲し、弾丸は久保ヒカルの脇腹を掠めた。「ぎゃああああ」と久保の叫び声が聞こえた。
鮎川は左手で私の右腕を掴み佐々木刑事同様、私の右腕の骨を折った。私はその隙に鮎川の顔面に思いっきり頭突きをした。
鮎川の鼻からは血が出ていた。鮎川は鼻を手で押さえ血の量を確認した。
「はっ…お前も痛覚殺してんじゃないか」と鮎川はニヤリと笑った。
「えへ。師匠の教えなもので」
掠めたとはいえ、足と腹2発も撃たれた久保ヒカル、重症の佐々木刑事を早く病院に連れて行かなきゃ
“彼から瞳を奪った時に”
中尾圭一の声が聞こえてくる。
多分、今がその時だ。
余裕があれば今日もう一回更新します。
鮎川戦は次回で終わります。(多分)




