猛獣退治②ー雪合戦ー
「姉様…これをイイダ様に投げるんですか?」
「そう全力投球で頼むよ」
「こんなのイイダ様には通用しません」
「ほらグズグズしてると溶けるから」
「分かりました…」とマシロちゃんは納得がいっていない様子だった。そして軽くジャンプをしてからマシロちゃんはプロ野球選手のように振りかぶり勢いよく投げた。
約1メートルの氷柱を。
マシロの勢いなら、人1人は貫通させる威力だ。
それでも何故ナイフでもゴム弾もなく氷柱なのか。
それは鮎川がどう動くか確認をしたかったからだ。
1メートルの氷柱は物凄い速さで空間を切りながら鮎川の元へと向かっていった。
しかし鮎川は自分に向かってくる氷柱に目もくれず、俯いていた。
そして目の前に氷柱が来た瞬間、鮎川は片手で氷柱を受け取めた。俯いたまま。
「ほら…無理じゃないですか?」
とマシロは言った。
「もう1本お願い。あ、次は佐々木刑事も同時で」
「分かりました…」と佐々木刑事もどこか納得がいってない様子だった。
1メートル程の氷柱といっても、氷柱なんて所詮は水から出来た氷だ。こんなので鮎川が動じるなんて思っていない。
その時ズドォン!と金属が大きく凹む音が聞こえた。倉庫ドアの内側からは白い結晶がパラパラと散り、冷気が上がった。
「投げ返してきた…」
「イイダ様…こ、怖すぎですよ」
「2人とももう一本お願い。コンマでいいから少しタイミングもずらして」と私は言った。
マシロちゃんと佐々木刑事はほぼ同時に氷柱を投げた。さっきよりも威力がある。
今度は氷柱が2本だったから流石に鮎川も顔を上げた。そして両手で2本の氷柱を掴もうと、手を上に上げた。だがその時、パンーと銃声が鳴った。
瀬戸夏美だ。
氷柱が鮎川に到達するタイミングを狙ってゴム弾を放った。
マシロが「やった!」と思わず叫んだ。
ゴム弾でも氷柱でも、当たって怪我を負えば今後の展開はかなり楽だ。でも、
「残念マシロちゃん」
そんな小技は元エリート自衛官の前では通用しなかった。
「え、」
鮎川の前には氷柱が砕け散り、それが溶けアスファルトの床に黒いシミを作っていた。
「どうやって…」佐々木刑事はそう言って言葉を飲んだ。
“どうやって”の続きは、「椅子に座った状態で防いだの?」だろう。そんなの知らない。あの人が化け物だから。それに尽きる。
黙り込んだ私達に対して、ついに化け物が声を発した。
「コソコソやってないで、早く来てくれないか?」
倉庫で反響した鮎川の声だ。
「それとも俺から行こうか?」
俺…ね。本当にイダは捨てたんだ。この人。
「姉様…どうしますか?」
私は一つ深呼吸をして
「今、行くよ」と大きな声で言った。それは、晩御飯だよとお母さんに言われ返事をする子供のようなものだった。
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倉庫に1歩、2歩と進んでいくと肌がピリつく。足取りが重たくなる。身体がこれ以上近づくなと言っている。
でも進まなければいけない。家族のために。
鮎川との距離が半径5メートル程になって私達は立ち止まった。鮎川は相変わらずパイプ椅子に座り俯いていた。
「何しに来たんだ?」
苛立っていることが丸わかりの低い声。
「イダに会いにきたよ…」
「…そいうはもう…死んだよ」
「じゃあ生き返らせる。」
鮎川は舌打ちをして、やっと顔を上げた。いつも見てきた堀の深い顔。そして空っぽな目。
「お前…俺が今までどんな思いで生きてきたか分からないのか…?」
「久保ヒカルを殺すこと?」と私は聞いた。
「あぁ。」
「分からない。私は鮎川さんのことは知らないし」と言いながらアイスピックの先端が欠けていないことを確認した。
「…そうだな。」と鮎川は笑って、私、マシロちゃん、佐々木刑事の顔を順番にゆっくりと見た。
「不合格は2人だ」と鮎川はニヤリと笑った。
そして胸元から拳銃を取り出し、2階の窓の方に向けて2発撃った。ノールックで。
「なっ…」そっちは…瀬戸夏美がいる方角だ。
「ダメじゃないか瀬戸。一度撃った場所からはすぐ移動しなきゃ。俺が撃ち返してこないと思ったか…?」と言って鮎川は笑った。
ガサガサ…ドンと遠くから聞こえた。人が落ちる音だ。
撃った。瀬戸夏美を。そんな、何の躊躇いもなく。
鮎川の2発の発砲によって、瀬戸夏美からの援護射撃が飛んでくることは2度と無くなった。
鮎川は「そしてもう1人の不合格は…」と言って佐々木刑事に飛びかかった。




