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弁護士黒瀬の憂鬱。睡眠薬のトリック

「これは冤罪だ!冬梅という女に俺は嵌められたんだ!!絶対に不起訴にしろ!」


かつて友人だった柊木は情けないほど、あちら側の人間になっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 性犯罪を起こした被告人を弁護すると世間から厳しい目で見られる。特に無罪を勝ち取った時はより厳しい。


 まぁでも俺は別に構わない。被害者の家族が泣き叫ぼうが、フェミニスト共が甲高い声でキーキー騒ごうが。(だか最近フェミ共はうるさ過ぎる気もする)


 社会、世間から孤立してしまった依頼人を守る。それが弁護士の俺の使命だ。


 「示談にしてくれ」と依頼人から頼まれたら、被害者にこう言う。


「裁判に出たら皆の前で証言しなきゃいけなくなるよ。性犯罪の裁判はマニアがいてね、君のことを見てオカズにするんだ」


なんて言えば、被害者は泣きながら示談を受け入れる。そして不起訴だ。


 罪悪感は感じない。第一に俺は嘘をついていない。性犯罪の裁判は被害者にとっても地獄だ。示談にすれば金銭ももらえて被害者はこれ以上苦しまずに済む。そして依頼通り被疑者を不起訴にできる。お互いにとって良いことじゃないか。いやこれは言い訳か。


 俺は何を求めて、何のために弁護士になったのか、今回の『女子大生睡眠薬レイプ事件』が…冬梅との出会いが俺の人生を大きく変えることになった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「久しぶりだなぁ黒瀬…まさか留置所で会うとはな…」

クックックと、かつての友人は疲れ切った姿で笑った。ワイシャツはシワだらけ。足は小刻みに揺れている。今自分の目の前にいる男が、日本で1番人気のアナウンサーとは思えない。


「ご指名どうもありがとう。柊木。」


「お前は何も変わらないな。黒瀬弁護士。まぁだからお前を指名したんだ。昔からノーフェイスだし、余計なことを言わない」


 それは柊木と余計な話をする時間があるなら勉強したいと思ったからだ。まぁそんな余計なことを言わないが。


「分かっているとは思うが俺の前で嘘は禁止だ。何があったかありのまま話せ。初犯じゃないだろ。どうせ。」


「流石だな黒瀬、その通りだよ。だけど今回は違う…。俺は嵌められたんだ。冬梅に。」


 自分でも分かるくらい自分の眉間に皺が寄った。“今回は違う?”


 柊木から今までの犯行と今回の犯行を聞いた。要点をまとめると以下の通りだ。


•柊木は人事部長の指示で、インターンシップの女学生に睡眠薬を飲ませホテルに連れ込んだ。そして丸井に女学生を献上した。


•被害にあった女学生は10人ほど。全員睡眠薬を飲ませてレイプ。


•半年前のインターンシップで高瀬をレイプ。


•そして今回事件の被害者である冬梅も同様の手口でレイプ。


•ホテルで意識のある冬梅に、「3日以内に警察に行ったら高瀬のレイプ動画をばら撒く」と脅す。




 これだから性犯罪者は…と頭が痛くなった。どんなに親が手塩をかけて育てようが、良い学校にいれようが、関係ない。性犯罪のクズは平等に産まれる。



「おいおい、どこか冤罪なんだ。バッチリ計画的犯行じゃないか」と俺は言った。


 柊木は真っ青な顔で「違う。俺は彼女に睡眠薬を飲ましたんだ。彼女はそれを飲み切った。なのにホテルに連れてった頃には完全に起きていたんだ」と言った。


 酒入りの睡眠薬を飲んで効かないことがあるのか。そんなはずはない。


「はぁ柊木落ち着けよ。もしかして具合が悪くなって途中で吐き出したのかもしれないぞ。トイレに行ってなかったか?」


 「…トイレに行ってた。」


「だろ。じゃあ彼女はトイレに行って吐い…」


「検出されたんだよ!!睡眠薬が!!!あの女の体から!!」


 柊木は怒鳴り机を叩いた。しかし警察官が入ってきた途端、柊木は大人しく座った。


 なんだか、話がどっちつかずで上手く掴めない。


 居酒屋で柊木は睡眠薬を被害者に飲ました。だがホテルに着く頃には完全に覚醒していた。にも関わらず睡眠薬が体内から検出された。おかしな話だ。


「犯行中の彼女の様子は?」と聞いた瞬間、柊木が震え上がった。


「人形だ…。かっちり目を瞑って、殴っても犯しても涼しい顔をして目を瞑っていたんだ」


 この様子を見るに柊木の話は本当だろう。


 冬梅という女がどんな人なのか、興味が湧いてきた。それと同時に睡眠薬のトリックが解けない自分にも腹が立ってきた。


「前に犯した高瀬が冬梅にレイプされたことを言ったんだ!!それで、僕を嵌めるためにわざとレイプされに行ったんだ!」


「馬鹿らしい」と口で言ったものの、それを否定する根拠がなかった。いやだが、いくら友人が犯されたからって、自分が被害に遭って警察に行こうとは思わないだろう。普通は…。


「ふっ…」

「おい黒瀬何がおかしいんだよ」


 当たり前のことに気づいた。普通じゃないんだ。この冬梅という女は。


「おい黒瀬…」


「なんだい?」


「僕を不起訴にしろ」


依頼人を守る。それが弁護士としての俺の使命。


「分かった。全力を尽くそう。」


「おい黒瀬ー早速だが、」

「おっとすまない緊急のメールだ」


 メールボックスを開くとタイトルが【緊急重要】と書いている。メールを開封した。


「……」


「おい…黒瀬」


「…ふふ」


 どうやら俺はとんでもない事件の弁護を引き受けることになりそうだ。


「何笑っているんだよ!!」


 俺はスマホを机に置き、手を組み、柊木の方をじっくり見た。


「君の上司の、レイプ犯の、人事部長の丸井さん、殺されたって」


「なっー」柊木は大きく口を開けて、そこから動かなくなった。


 柊木は俺のことをノーフェイスと言ったが、それは違う。俺の口角はどんどん上がっていった。


 これは柊木が言った通り、冬梅はただの被害者じゃない。一体何者なんだ冬梅。俺は笑いが止まらなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 これが冬梅と会う前の俺の話。


 そして俺は知ることになる。


 冬梅という女の怖さと強さと美しさを。


 俺は知ることになる。


 生涯、愛する女が出来ることを。

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