サンタクロース
「ヒッシー、遅いよ。もたもたしていると日がくれちゃう!」
駅へと続く坂道を下っていく舞歌の行き足は、行きと違って軽やかだ。それに顔も少し上気して見える。
「ずいぶんとご機嫌だな」
「あったりまえでしょう。すごい先生に踊りを見てもらえたんだよ! それに稽古もつけてもらえるだなんて、夢みたいじゃない?」
そう言うと、本気で頬をねじって見せる。
「おい、プロだろう。顔にそんなことをするんじゃない」
「ヒッシーって本当に生真面目よね。でもヒッシーのおかげよ!」
「どういう意味だ?」
「稽古をつけてもらえることになったことよ。だって踊りは全然だったじゃない。緊張しまくって、手足が震えるのを抑えるだけでも、それはもう大変でした」
がっくりと肩を落として見せる舞歌に、柊は思わず苦笑いをした。
「それは違う。昔馴染みが頼んだからって、引き受けるような人じゃない」
「そうよね。そんな感じよね。でもヒッシー、私を連れてきてくれたのって――」
舞歌の言葉の途中で、柊の携帯が振動した。前の会社関係はほとんどブロックしたから別の何かだ。
「ちょっと待て」
そう声を上げて携帯を取り出す柊を見て、舞歌が少しだけ不機嫌そうな顔をして見せる。
「なに? 彼女からでもかかってきた?」
「違う。振った相手だ」
「なにそれ!」
舞歌は続けて何かを言おうとしたが、柊は片手をあげてそれを制すると、携帯を耳へ当てた。
「Mr.ヒイラギ」
「あなたが直に連絡をくれるとは、珍しいこともあるんですね」
「これは会社のビジネスとは別で、私個人が友人として君にかけている電話だ。そう思って聞いてくれるとありがたい」
「はい」
「君の方で劇場再開の為に、クラウドファンディングを立ち上げているという話を耳にしてね。因みに前に話をさせてもらった後は、友人たちと大いに盛り上がったよ。そこでだ。私たちに君の劇場へぜひ出資させてもらいたい」
「本気で言っているんですか? 皆さんが手を出すような案件ではないですよ」
「もちろん承知だ。金で夢は買えないが、君の夢へ投資は出来る。これは私の、いや私たちのポケットマネーでの出資だよ。私が出すと言ったら、友人たちから色々と文句が出てね。結局は全員の出資で、形式上、投資会社を立てることにした」
「はい。承知いたしました」
「契約書のとりまとめについては君に任せる。得意技だろう? ではMr.ヒイラギ、よいクリスマスを!」
「Mr.マクネリー。あなたも良きクリスマスを!」
「一体何の電話?」
「サンタクロースからだ」
「どうやったらサンタクロースを袖に出来るのよ!」
舞歌は訳が分からないという顔をしながら、大きく肩をすくめて見せた。




