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舞姫  作者: ハシモト
4/9

小屋

 柊は朝食の片づけをしながら、カウンターへ置いた携帯をちらりと眺めた。その画面は信じられない数の不在着信があることを告げている。柊はそれを冷めた表情で眺めると、江戸錦が泳ぐ水槽へ携帯を投げ入れた。


 だが水の中でも、画面は新たな不在着信の存在を告げてくる。その前を赤と黒をまとった江戸錦が悠然と泳いで行くのを見て、柊は口元に苦笑いを浮かべた。


 だがすぐにカウンターの片隅においた写真へ手を合わせて部屋を出る。そして電車に乗ると、昔は盛場だったが、今はすっかりさびれた街の駅で降りた。


 もらったチラシを手にあたりを見回すが、雑居ビルがならんだ複雑な迷路みたいな街並みに、目的の路地が見つからない。携帯で調べようとポケットに手を入れたが、携帯は部屋の水槽へ入れたままだ。


 柊は再びチラシに目を落とすと、一軒一軒のビルを確かめて、目的のビルの前へ立った。ピンク色の外看板が劇場の存在をわずかに主張している。まだ昼前の時間だったが、看板の照明はすでに点いていた。


 吸い殻が何本も落ちている入り口を奥へ進むと、扉の先から昔のアイドルの曲が聞こえてくる。受付で中年男性が入り口横にある券売機を指さした。


「お客さん。今日は特別公演で、早朝割引は終了だから、7000円になります。ちょっと待って。こいつは癖があってね」


 カウンタから出てきた男性が柊から一万円を受け取ると、自分でそれを券売機へ差し込んだ。そしてお釣りの三千円を柊へと戻す。


「うちは平日の入れ替えはないから、ごゆっくり」


 柊は受け付けがめくった、元の色がもう何色だか分からないほど灰色に汚れたカーテンをくぐった。その先ではミラーボールが回り、懐かしいスキーソングが大音響で流れている。見れば席は50を超えるかどうかの小さな劇場だ。


 意外なことに、席の半分ぐらいはすでに埋まっていた。そのほとんどは間違いなくかなり高齢な人たちだ。柊は券売機に60歳以上の割引チケットがあったのを思い出した。それを使って、一日をつぶしに来た人たちだろう。


 舞台の上ではランジェリー姿の女性たちが五人ほど並んで立っていた。一人はギリギリ20代ぐらいに見えたが、残りの女性はそれなりの妙齢に見える。


 それに舞歌の姿はない。もしかしたら今日は休みだったか? 事前に電話で確認しなかったことを少し後悔しつつ、柊は一番後ろの席へ腰を下ろした。


「ここからはお待ちかねのバラエティータイムです。先ずは抽選から!」


 そう声を上げると、女性が二人前へ進み出た。一人が差し出した抽選箱に、一番ふくよかな女性が手を差し入れる。


「えっと、12番! おめでとうございます。仲良しタイム!」


 一番前の席に陣取ったジャンパー姿のおじさんが勢いよく手を上げる。


「いっちゃん、おめでとう! 今日は誰にする?」


 おじさん、いや、おじいさんは背後に並ぶ女性の中で、眼鏡をかけ、コスプレ風の下着を着た一番若そうな女性を指さした。


「ももちゃんね! では皆さん、いっちゃんとももちゃんに拍手!」


 会場からまばらな拍手が上がる。眼鏡をかけた女性は一番前の席へ移動すると、ブラを外しておっさんの膝の上で腰を振った。何人かの当選者が呼ばれ、それぞれ胸をもんだり、ハグされたりして顔をにやけさせる。


 続いて女性が全員で客席へ降りてくると、男性たちへ挨拶しながら席を回り始めた。どうやら全員が誰かの胸を触れる仕組みになっているらしい。柊の前へも眼鏡をかけた子が近寄ってくる。


「お兄さん、仕事はお休み?」


「ああ、休みだ。一つ聞きたいのだけど、舞歌さんは?」


「お兄さんは舞歌さん目当て? 残念ね。あの子は踊りだけで、エンタメやポラはやらないの」


 そう言うと、柊の手を取って胸へ当てる。そして次の席へと移っていった。


「ポラとスペシャルをご希望の方は、今からみくさんと、りっちゃんが席を回りますので、チケットの購入をお願いします。チケットは一枚500円、ポラは一枚、女の子と二人でおしゃべりできるスペシャルは三枚になります!」


 アナウンスが流れると、何人かが席をたってステージの端へと向かう。それは前と同じだが、それ以外はおっパブみたいなものだな。柊はそんなことを考えながら劇場の中を見回した。


「皆様、エンタメタイムをお楽しみいただけましたでしょうか? 続いては本日のスペシャルゲスト、舞歌さんのステージをお楽しみください」


 照明が落ち、真っ暗な中を人影が舞台袖から進み出た。赤いスポットライトがその姿を照らす。


 少し切ない感じがするメロディーが響き、たかれたスモークの中で、上半身を下におろした女の手がゆっくりと動き出す。客席からは大きな拍手も上がり、その拍手に答えるように、舞歌は顔を上げ始めた。その目はここではない、どこか遠くを見つめている。


 そして身にまとった薄手の衣装を翻しながら、まるで神楽を踊るみたいに回りつつ、花道を抜け、舞台の中央へと進み出た。そこで大きく足を広げて、舞台の上へ身を伏せる。


 回転し始めた舞台の上で舞うその姿に、客の間から再び大きな拍手が上がった。だが拍手だけだ。残念なことに、昔はどの劇場にもいたはずの、リボン職人はもういないらしい。


 舞歌以外の5人の女性たちのステージを一通り見終わった柊は、エンタメショウのアナウンスの声を背後に席を立った。昔ながらの踊りを踊ったのは、舞歌の他は一番年かさの女性一人だけだ。


 どうやら柊が知っているストリップ劇場とここは似ているようで違う場所らしい。そんな感想を抱きつつ受付横を抜けようとした時だった。


「お兄さん!」


 背後から声があがった。柊が振り返ると、白いスポーツコートを着た舞歌が立っている。


「来てくれたのね。でも来るなら前もって電話をしてくれればよかったのに。客席で見つけた時は、次のステップを忘れそうになったわよ!」


 そう告げると、小さく頬を膨らませて見せる。


「柊だ」


「えっ?」


柊聡(ひいらぎさとし)だ」


「ふーん。ちょっと変わった名前ね。でもヒッシーだから呼びやすいか。私のことはマイマイと呼んでね」


 そう言うと、女子高生みたいに、両のほっぺに人差し指を当てて見せる。


「借りてたコートは楽屋に置いてあるから、すぐにとってくるよ。それはそうと、私のステージはどうだった?」


 舞歌は期待する顔で柊を見つめた。


「きれいだったよ。だけど――」


「だけどなに?」


「艶がない」


「ちょ、ちょっと待って」


 柊の言葉を聞いた舞歌の顔色が変わった。そして怒ったような困ったような、何とも言えない複雑な表情をしながら顔をうつむかせる。


 やがて舞歌は顔を上げると、柊の顔をじっと見つめた。その表情は先ほどまでの笑顔と違って真剣だ。


「ヒッシー、あんた何者? どうしてそれが分かるの?」

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