09 火鉢と木炭
「見ろよ、いーモノ買ってきたんだぜ!」
ハリハルタへのお使いから戻ってきたシュウは、丸っこい厚みのある鉢を抱えていた。宝物であるかのように大切に持ち帰ったそれを、暖炉のそばで本を読んでいるアキラの前に置く。
「植木鉢にしては大きな……ああ、火鉢か」
「古道具屋で見つけたんだよ。懐かしーだろ?」
ダッタザートで暮らしていたころ、火鉢は冬の団らんの中心だった。囲んで手足をあたためたり、掘りごたつもどきを作ってその熱源として使いもした。チーズを炙ってトロトロにしたり、冷めてしまった串肉をあたためたりと、便利に使った思い出がよみがえってくる。
「なかなか良い物を買ったじゃないか。それで、どこで使うんだ?」
「そりゃここに決まってるだろ」
「ここといっても、暖炉があるんだ、火鉢まで使う必要はないぞ」
パチパチと薪の弾ける音が、シュウを我に返した。言われてみれば暖炉を使うようになってからは、室内がとても快適な温度に保たれていた。あたたかな空気は屋根裏のシュウの寝室まであがってくるので、冬の掛布団もまだ使っていないくらいだ。
「あー、チーズ炙ったり、肉あっためたりするのに使えるよな?」
「暖炉の火でやっているじゃないか」
「……」
懐かしい思い出に触発されて買ったはいいが、使いどころがないと気付いたシュウの耳が、ぺたりと萎れている。アキラは火鉢とシュウを見比べ、口元をほころばせた。
「リンウッドさんに小屋で使ってもらうのはどうだ?」
母屋であるこちらは暖炉のおかげであたたかいが、リンウッドの離れには暖房のための道具は何も備わっていないのだ。
「あの部屋の大きさなら火鉢ひとつでも十分にあたたまるだろうし、隠し持っている酒を温めて飲むのに使いそうだな」
コウメイがホット・ヴィレル酒を作ったのをきっかけに、あたためても美味い酒を研究しはじめているリンウッドなら、火鉢も有効活用してくれるだろう。そうアドバイスすると、シュウの尻尾がぶんぶんと大きく振れた。
「じゃ、おっさんとこに運んでくるー」
「ああ、炭はどうするんだ? 買ってきたのか?」
「買うわけねーだろ。暖炉にいっぱいあるじゃねーか」
火の消えた黒い木片を鉄箸でつまもうと伸ばされた手を掴み止める。
「シュウ、これは炭じゃない、灰だ」
「えー、けどこの黒いのとか使えそーじゃん」
「それは燃え残り。薪を燃やしてできあがるものだが、燃え残りと木炭は全く別物だぞ」
見た目は似ているのに用をなさないと教えられて落胆したシュウだが、すぐに閃いたと満面の笑顔で薪を手に取った。
「材料は薪なんだろー? 燃やして作るんだから、俺にもできねーかな? アキラ、炭の作り方知らねー?」
「無茶を言うな。ただ燃やせばいいってわけじゃないはずだぞ」
「どー燃やすんだよ?」
「確か蒸し焼きにするんじゃなかったかと、待て、作れないからな、俺には無理だぞ」
「コーメイならできそーじゃね?」
あいつ器用だし、と丸投げするつもりのシュウに、アキラは苦笑いで首を振った。
「シュウ、町で炭を買ってこい。そっちの方が確実で安上がりだ。毛糸と同じだ、木炭作りは素人が思うほど簡単じゃない」
いくら器用でも出来ることと出来ないことはあるし、何よりコウメイの負担を増やしすぎるなと釘を刺されたシュウだ。
「木炭ってどこで売ってんの?」
「雑貨屋でたずねてみたらどうだ。マイルズさんに教わってもいいと思う」
「りょーかい。明日もひとっ走り町に行くかー」
シュウに火鉢と木炭を差し入れられたリンウッドは、酒の肴を炙る楽しみができたと厳つい顔をほころばせて喜んだ。