08 暖炉とシチュー
明朝、アキラは冷え込みで目が覚めた。
窓の外はほのかに明るいが、まだ夜と言い張っても大丈夫だ。そう言い訳をして数日前に使いはじめた毛布をたぐり寄せ、ぬくもりを頭からかぶって二度寝を決め込む。
ぬくもりに包まれたうつらうつらとした至福の時間は、それほど長く楽しめなかった。階段を駆け下りる乱暴な足音と、食事の時間だと毛布を剥ぎ取る横暴のせいで、アキラは仕方なくベッドから出て、適当に掴んだ服を着る。
「おせーぞ、アキラ」
「まだ寝ているのか? 目が閉じているぞ」
「アキ、うつむくな、顔を火傷する」
がくりと前に落ちかかった顔に、出汁の香りと湯気の熱を感じて、アキラはぱちりと目を開けた。
いつの間に食卓に座っていたのかはわからないが、ほかほかと白い湯気を立てるリゾットは大変に美味しそうだ。
「起きた。あったかい」
「アキラが飯につられるなんて、珍しー」
「これ半分冬眠してる感じだぜ」
「今朝は冷え込んだからな。確かにこの朝食はあたたまりそうだ」
細かく刻んだ芋類や根菜のタップリと入った粒ハギのリゾットは、見た目にも胃にもやさしいミルク仕立てだ。これだけでは物足りないであろうシュウには、蒸した角ウサギ肉が添えられている。
「「「「いただきます」」」」
朝食を食べ終わるころには空も明るくなり、窓から入る光が室内を暖めた。
食後にあたたかなハギ茶が配られ、本日のミーティングがはじまる。初っ端にコウメイが今日の討伐の中止を宣言した。
「何でだよ。揚げ物用の魔猪肉の背脂が必要なんじゃねーのかよ」
「それは明日でも明後日でも間に合うからな。今日は総出で暖炉の準備だ」
「暖炉?」
「朝方、すげぇ冷え込んだろ。そろそろ暖炉を使えるようにしときたいんだ」
そういえば、と台所に面した壁にある大きな暖炉を振り返る。この家に住みはじめたのが春先で、存在を忘れかけていた。確かに暖炉の周りには何の準備も出来ていなかった。
「このあたりの冬は冷え込みが厳しいって聞いてるんだ、暖房の準備は必要だぜ」
「りょーかい。けど準備ってどんなことするんだ?」
「シュウは薪割りな。この前集めた木材、放置してるだろ」
木を何本か切り倒して運んできたはよいものの、面倒くさくなってそのまま敷地の隅っこに積みっぱなしだ。今日のシュウはそれを全て薪のサイズに切り割って、薪置き場を一杯にするのが仕事だ。
「生木を燃やすのはどうかと思うが」
「暖炉で燃やす前に、アキが乾燥させてくれ。さすがに今年は乾燥が間に合わねぇ」
毎日の薪係はアキラに決まった。置き場から暖炉脇に運んでくる間に、水分を抜くのだ。
「それでコウメイは何を準備するんだ?」
「俺はリンウッドさんと暖炉用の五徳とか、色々作らねぇとな」
暖炉と言えばシチューと肉の丸焼きだ。ここで料理の仕上げをするためには、鍋やフライパンを乗せる五徳やフレームのようなものが必要なのだ。
「直火でじっくりと焼いた鳥の丸焼きは美味いぞ」
「丸焼き……暴れ牛肉、魔猪……いーねー、暖炉サイコーじゃねーか」
「暖炉は薪が命だ、頼んだぞシュウ」
「任せろ!!」
コウメイは胃袋を刺激することで、薪割り中に発生するであろう文句を事前に封じた。そんな二人のやりとりにアキラは不満を隠さない。
「暖炉ならシチューに決まっている」
ゴロゴロと大きな野菜がたっぷりのシチューこそ、暖炉で作るのに相応しいはずだとアキラが主張した。
「リンウッドさんも、丸芋がゴロゴロと入っているシチューを食べたくありませんか?」
「いいな、芋づくしのシチュー、最高じゃないか」
「何言ってんだ、肉だよ、肉! 暖炉ででっけー肉焼くんだよ!」
掃除や薪の支度をはじめる前に、暖炉料理を巡っての喧嘩がはじまってしまった。
「美味い暖炉飯が食いてぇんなら、喧嘩してねぇでさっさと仕事にかかりやがれ! サボってたら昼飯が芋なしの野菜サラダになるぞ!」
コウメイの怒りの声を聞いた二人は、弾けるようにしてそれぞれの仕事場所へと駆け出した。
「俺は芋なし野菜サラダでいい」
「サボったら、アキの飯は五種肉盛りな」
角ウサギ肉、魔猪肉、暴れ牛肉に魔鹿とレッド・ベアの肉が冷凍保存庫に保管されている。全種類の肉盛りだと笑顔で脅され、アキラも松葉杖を忙しく動かして薪置き場へと向かう。
その夜、はじめて暖炉に入れた火で作られたのは、紫ギネと芋と暴れ牛肉を赤ヴィレル酒でじっくりと煮込んだシチューだった。