07 毛糸玉
編み上がったセーターを受け取りにゆくと言うと、リンウッドが奇妙な頼み事をした。生成りの毛糸と、自分たちが使った色毛糸の余りを買い取ってこいというのだ。
「何に使うんだよ?」
「編むんだ」
「へ?」
よくわからない実験に必要なのかと思っていたらまさかの返事に、コウメイから間の抜けた声が漏れた。
「編むって、何を?」
「首巻きだ」
「誰が?」
「俺が」
「……おっさん、編み物できるのかよ!?」
二人の会話を聞いていたアキラとシュウも、驚きに目と口が大きく開いている。
「編み物ができるなら、セーターを外注する必要は無かったのでは?」
「そんな難しい物は編めんぞ。教わって覚えている編み方は一つだけだ。それを長く編んで首に巻く。防寒にちょうどいい」
それはまさしくマフラーだ。
「編み方を教わったって、誰に?」
「母親だ」
「…………おっさん、かーちゃんがいるのかよ!?」
「お前ら、俺を何だと思っているんだ?」
確かに人とは言いがたい存在になってしまったが、元はごく普通の人族だ。母親の腹から生まれ、幼少には祖母や母親を手伝って糸紡ぎもした。そのときに編み物を教わったのだ。
「いやー、おっさんのことだから、魔核から生まれてても不思議じゃねーかなーって」
「俺は魔物じゃねぇぞ」
だが生粋の人族とも言いがたい。コウメイとアキラは苦笑いである。
「なぁ、糸紡ぎを手伝ったっていうならさ、隠れ羊の毛を持って帰ったら、毛糸にしてもらえるか?」
コウメイは来春の羊の毛刈りを予定に組み込むつもりのようだ。
「できなくはないが、あんな面倒なことはしたくない」
刈り取った隠れ羊の毛を洗うだけでも数日がかり、その後も選別し、ほぐしたり整えたり伸ばしたりと多くの工程を経て、ようやく糸に紡ぐまでになるのだ。色糸にしたければ紡ぐ前に染色の工程も加わる。
どれだけ手間だったか、面倒だったかを嫌そうに語るリンウッドの様子に、最初は面白そうだと興味を持っていたアキラとシュウの表情が曇る。
「うげー、面倒くさそー。俺は絶対に手伝わねーぞ」
「コウメイ、何で毛糸を紡ごうなんて考えたんだ?」
「いや、色糸ってすげぇ高かったからさ。来年は差し色じゃなくて、色糸メインで何か編んでもらいてぇだろ」
毛糸の持ち込みも可能だというし、だったら安く手に入れて気に入った色に染めた糸をと考えたのだ。色のオーダーなんて贅沢を少しだけ欲張ってみようと思った。さすがにリンウッドの説明を聞いてやる気をなくしたが。
「自給自足は食材だけにしておけ」
「わかってるって、聞いただけで俺には無理だし、買った方が安いってわかった」
来春は気合を入れて隠れ羊の毛を刈り、好みの色糸と交換するにとどめよう。
翌日の夜、コウメイは完成したセーターとリンウッドにねだられた毛糸を持ち帰った。
リンウッドは木の枝で自作したかぎ針で編み物をはじめた。研究の気分転換にちまちまと編んだ五十マール(五十センチ)ほどの完成品は、自由奔放な編み目をしていた。
はじめての冬の間、リンウッドの首回りはいつもほかほかだった。