06 ホホグの真の実
コウメイを泊めるたびに彼の手料理を楽しんでいるマイルズだが、普段の食事は外食ばかりだ。ハリハルタは冒険者の町だけあって、酒場と飯屋が多い。どこの店の料理も美味いが、その中でも特に気に入っている料理屋があった。
「へー、おっさんこんな渋い店の常連なのかよー」
珍しくシュウが泊まるというので、夕食に連れ出した。
「シュウの好みから外れているだろう?」
「そーだなー、こーいう店ってコウメイとかアキラが好きそうだよなー」
客層は冒険者ばかりだが、年齢層が高く、酔いを言い訳に騒ぐ輩はいない。だが全く静かというのでもなくて、ゆったりとしたほどほどのざわめきが心地よい。出される料理は酒に合わせてあるが、飲めないシュウも満足できる深みのある味付けだ。コウメイの作る「出汁のきいた料理」に近い気がする。
「けどさー、なんで俺をここに連れてきたんだよ?」
「俺の胃にはシュウ好みの飯屋の料理はキツくなってきたんだ。たまのことなんだから付き合ってくれ」
「まー、美味い飯だから文句はねーけどよ」
一皿に盛られる量が少ないことだけが不満だが、味は悪くはない。特にシュウは柔らかい木の実と角ウサギ肉を炒め煮にした料理が気に入った。
「すんませーん、これもう二皿!」
「俺の分はいらないぞ」
「ちげーって、俺が食うの」
気に入った料理はどれだけ食べても飽きないシュウだ。
「普通の煮込みだろう、何が気に入った?」
「これだよ、この緑色のモチモチしてるヤツ」
「ああ、ホホグの真の実か。確かにこれは美味い、俺も好物だ」
マイルズはホホグの真の実を使った料理を数品、追加で注文した。鳥肉とホホグの真の実の串焼きは香草のソース、石のような実との串焼きはあっさりとした塩味だ。肉巻きはこってりとしたタレが少し焦げていて食欲をそそる。
「あ、コレ知ってるぜ、ムカゴだろ」
「ムカゴ? 石の実だぞ?」
「俺とかコーメイとかは『ムカゴ』って呼んでんだよ」
森での野営ではよく食べたものだ。食用できる野生の植物や木の実は、コウメイほどではないが詳しくなっているシュウだが、ホホグの実ははじめてである。
「このホホグの実っての、どこで採取できんの? 市場で売ってる?」
「売ってはいないな。ここの店主が冒険者に依頼して手に入れているんだ。それと『ホホグの真の実』だ、ホホグの実は別物だから間違えるなよ」
真の実、真の実、と何度か繰り返しつつホホグとムカゴの串焼きを味わう。
「兄ちゃん、そんなに気に入ったならホホグの真の実の採取をしてみねぇか?」
料理を運んできたのは給仕ではなく料理人兼店主だ。店の在庫を食い尽くす勢いでホホグの真の実ばかりを注文する客の顔を見に奥から出てきたのだ。食いっぷりのいいシュウに、今年はまだ採取を引き受ける冒険者がいないのだと頼み込む。
「報酬とは別に、特別に真の実を樽一つつけるぞ」
「それ、一人につき樽一個だよな?」
「……わかった、人手が増やせるなら、一人につき一樽だ。どうだ?」
「引き受けた!」
「おい、シュウ、コウメイに確認しなくていいのか?」
「いーって。あいつだって美味い木の実があるって聞いたら、絶対に引き受けるに決まってんだ」
安請け合いして後悔しても知らないぞと、マイルズは眉をひそめている。
店主とシュウのやりとりを聞いていた店の客らは、ニヤニヤと含み笑いを漏らす者、かわいそうにと視線を逸らせる者、今年の冬もホホグの真の実が味わえそうだとシュウを激励する者とに別れていた。
「三日後に、この場所にこい。採取用の道具は用意しておく」
渡された板紙を懐にしまい込んで、シュウは果実水とホホグの真の実の肉巻きを追加注文した。
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背負子に樽を縛り付けたシュウは、ホホグの大樹の根元にたどり着いた途端、鼻をつまんで叫んでいた。
「なにごれ! ぐっっざー!!」
赤く四角い葉の間に見え隠れするのは、ピンポン球ほどの白い実だ。足下には赤い落ち葉と、完熟して落下し潰れたと思われる灰色の実が大量に転がっていた。
コウメイが拾った枝でグズグズの実をほぐすと、中から固い殻があらわれた。なるほど、ホホグの真の実はこちらか、と、コウメイは臭いから顔を背ける。
「……異世界版の銀杏か」
「なんらよごれー、ごんらに臭いらんで聞いでねーろ!!」
騙されたと腹を立てているが、依頼を引き受ける前にしっかり情報収集をしなかったシュウの落ち度だ。むしろ被害者は巻き込まれたコウメイだろう。
「この臭いはなかなか落ちねぇだろうなぁ」
だが銀杏もといホホグの真の実が美味いのは間違いないのだ、ここは悪臭に耐えるしかない。
一刻も早く悪臭から解放されたいと、二人は休憩時間なしに要求された量のホホグの真の実を採取し続けた。数日はかかる仕事を一日で終えた二人に、店主は来年も頼むと約束を迫ったが、彼らは報酬を背負って一目散に逃げ帰ったのだった。