03 菜園の冬支度
収穫を終えて何もなくなったはじめての家庭菜園を眺めながら、コウメイはしみじみと息をついた。
「勝率は三割弱だな」
自分たちの知識にある野菜と似ていることと、育てやすさを重視して選んだ野菜は、自家消費ならばギリギリ及第点だが、販売を目標にするなら大失敗だった。赤芋は足が二本も三本もあるものばかり、しかもゴボウのように痩せていたし、白芋は中がスカスカだった。丸芋は辛うじてというところだが、総じて小ぶりである。
「虫との戦いも壮絶だったなぁ」
比較的上手く育ったのは、エレ菜やピリ菜だ。だが虫との攻防には苦戦し続けた。アキラに調合してもらった虫除けの薬がなければ、菜園は青虫・毛虫の食事処になってしまっただろう。
何度かハリハルタの東にある農村をたずねて教えを請おうとした。だが働きに来る余所者には親切でも、生業の秘密を盗もうとする者には厳しいのが村社会だ。追い返されたコウメイは、魔獣の肉と薬草を手土産に再挑戦し、そこで「農業ギルドの会員になら、教えもするし種も苗も売ってやる」と条件を出された。
「まさか俺が農業ギルドの会員になるとは思わなかったぜ」
島通いの帰りに寄り道をして、リアグレンの農業ギルドで仮登録を済ませたのはつい先日だ。ギルドの講習を受けただけで、コウメイは菜園の失敗原因を掴んだ。
無計画だったのだ。
土を耕し、種を蒔き、水と肥料を与えただけで豊作になるのは農場ゲームだけだ。現実の厳しさを嫌というほど知ったコウメイは、春からの菜園計画のために、この冬は土作りに専念すると決めていた。
「シュウ、ちょっと手伝ってくれ」
「また開拓かよー」
「拓くんじゃなくて、土を掘り起こすんだ」
「俺に押しつけて、コーメイはどこ行くんだ?」
「灰を取ってくるんだよ」
夏の間にバーベキューをしていたあたりに、薪や草木の灰が置きっぱなしになっていた。それをかき集めて畑に蒔くコウメイの後ろを、追いかけるようにシュウが耕してゆく。
「種を蒔くには遅くはないか?」
薬草園から回ってきたアキラは、二人の作業を見て首を傾げた。冬野菜といえば玉菜だが、収穫は来月あたりがピークだ。今から種を蒔いてもとても間に合わないのにと眉をひそめる彼に、コウメイは「畑起しだよ」と笑って返した。
「春からの本格的な菜園を目指して、この冬は土作りに専念するって決めたんだ」
「本気で自給自足の道を目指すつもりなのか……」
「目指さなくてもいーだろー」
足りない食料は町で買えばいいのだし、野菜は食べなくていいから作る必要はないのにとシュウも不満そうだ。
「自給自足じゃねぇよ、趣味だ、趣味」
暮らしてみてはじめてわかったのだが、森の生活はあんがい退屈だ。することを見つけなければ自堕落になってしまう。自堕落を楽しめれば良かったのだが、実際にやってみて半月で飽きてしまった。何年、いや何十年も自堕落を楽しんでいられるのも、一種の才能だと思い知っていた。
「だらだら遊んでるのは性に合わねぇんだよ」
意外だが、コウメイは見た目とは裏腹に凝り性だった。何かしていないと落ち着かないし、趣味程度といっても中途半端は許せない。幸い時間はタップリあるのだ、家庭菜園を極めてやろうと決意していた。
「虫除けの薬、また頼むぜアキ」
「薬草園の空いている畝を耕してくれるなら引き受けるぞ」
「まかせろ、シュウにやらせる」
「俺かよ!」
声を張り上げて抗議するシュウだが、それぞれ自分の畑の未来に夢中な二人には聞こえていない。
「落ち葉を集めて腐葉土を作っておきてぇな」
「それは薬草畑でも使いたい。森に近いあのあたりに作るのはどうだ?」
「畑にも薬草園にも近いし、いいんじゃねぇか」
「シュウ、あとで穴を掘ってくれ」
「俺にばっかやらせんな!」
魔獣を狩るためならどんな重労働にも耐えるが、野菜畑のために働きたくないと、シュウはクワを投げ出した。
「美味しい野菜を食べたくないのか?」
「俺は肉を食ってりゃ幸せなの!」
「シュウが畑を耕さないと、水瓜が育たねぇぞ?」
「腐葉土を作れなければ、水瓜も大きく成長しないだろうな」
「え、水瓜?!」
今年の夏、ハリハルタの市場で売られていたのは、ずっしりと重く抱えるほどに大きな瓜だ。みずみずしくて甘く、まるで飲み物のようだった。思い出したシュウの口からよだれが垂れる。
「水瓜の種、取ってあるんだよ。アレを育てたら、来年の夏は食い放題だぜ」
どうする? と判断を迫るまでもなく、シュウは投げ出したクワを拾っていた。
「どこだ? どこに穴を掘ればいーんだよ?」
菜園の冬支度は順調のようだ。
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