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深魔の森の冬景色  作者: HAL


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23/24

23 誕生日



 二十五日の中休みを挟んだ翌日、再びテーブルに豪華な料理が並べられた。

 サラダはドレッシングを変えて二種類、チーズ焼きの具材も芋と根菜が中心だ。スープは花房草の緑が美しいポタージュスープ、祝いのケーキは酒に漬けた木の実とドライフルーツたっぷりのパウンドケーキだ。もちろんメインは肉料理だが、香草とピナ果汁で食べる角ウサギ肉のソテーは、アキラの好みに合わせてある。


「肉がねー」

「たったいま食い終わったのは何だ?」

「肉ってのはさー、肉汁がしたたってたり、脂がギラギラしてるものだろー」

「それは一昨日にさんざん食ったじゃねぇか」


 クリスマス料理はシュウの好みに合わせた暴れ牛肉料理だけでなく、急遽駿足鳥の丸焼きまで作った。


「これはアキの誕生祝いなんだから、アキの好みに合わせてあるのは当たり前だ」


 コウメイは正論でシュウの不満を黙らせた。シュウの誕生日には見ただけで胸焼けしそうな肉料理を並べたのだ、文句は言わせないぞとサラダを取り分け押しつける。

 サラダを挟んでの攻防をほほ笑ましげに見ていたマイルズが、常々疑問に思っていたことをアキラにたずねた。


「お前たちは三人とも、生まれた日まではっきりしているのか?」

「そういえば、こちらの人々ははじまりの日に一つ歳を取るのでしたね」

「そこまで大雑把なのは最近は少ないが、そうだな月ごとが一般的だ」


 この世界の人々は生まれた月日の扱いは雑だ。これは王都や都市部から離れた農村ほど顕著になる。戸籍登録が六歳まで行われないこと、半年に一度の巡回神殿のついでに登録されるなどの事情が影響していた。戸籍登録と同時に納税義務が発生するため、我が子の生まれ季節を過ぎてから六歳の登録をするのだ。

 逆にいつでも神殿での魔力検査が可能であり、役所のある町に暮らす人々は、生まれ年と月で年齢を数える。生まれた月内の届け出が義務づけられているからだ。


「生まれた日をしっかりと記録するのは貴族や王族ぐらいだ」

「平民よりも厳密な戸籍登録をしているのですか?」

「そうだ、貴族はさまざまなものを継承させるために、順位付けの必要があるからだ」


 この国は長子継承が基本だ。そして王族や貴族、裕福な平民には一夫多妻が多い。王位を、あるいは爵位や財産を継承させる順位をはっきりさせるため、生まれ月だけでなく日時も記録する。


「冒険者を生業にするような生まれの者で、生まれ日まで記録されている者はほぼいないだろう」


 興味深げに聞いていたアキラに、マイルズは念を押すような力のこもった眼光を向ける。

 ホウレンソウの三人は無警戒に個人情報を吹聴する愚か者ではない。だが討伐先の町でたまたま誰かの誕生日を祝うことがあるかもしれない。いや、彼らなら祝うだろう。料理店や酒場で誕生日だと口にすれば、その身分を誤解される。とくにアキラはその容姿もあって間違いなく高貴な血筋だと誤解されるだろう。

 そうマイルズが忠告するまでもなく、彼の言いたいことを察したアキラは嫌そうに眉をひそめた。


「……森の外ではおおっぴらに誕生祝いをしないほうが良さそうですね」

「あらぬ疑いをかけられたくなければそうしておけ」


 アキラは花房草のスープを口に運び気持ちを切り替えた。


「そういえば、アキラはいくつになったんだ?」

「三十八歳です」


 年齢を聞いたマイルズのフォークを持つ手が止まった。眉根を寄せ、アキラの顔をまじまじと見つめる。


「何か?」

「いや、ふけ――」

「ふ、け?」


 老けているな、の言葉を寸前で止めたのは、エルフに年齢の話題は禁句だと思い出したからだ。マイルズはチーズのかかった芋をパクリと食べて間を作り適切な言葉を選ぶ。


「コウメイと同い年か、見えんな」

「そうですね、エルフですので……見た目と実年齢の差は大きいでしょうね」


 曖昧な笑みで「そうだな」と小さく頷いたマイルズにアキラが問いかける。


「マイルズさんの誕生月はいつですか?」

「知らん。だが春の、内海で鋏甲羅魚が漁れはじめる時期だったというから、四月の終わりごろだったろうと思う」

「ではそのころにお祝いをしましょう」

「おー、いいねー、でっかいステーキで祝おうぜ!」


 サラダの攻防に負けてゆで卵を散らした野菜を嫌そうに咀嚼していたシュウは、豪華な肉料理を食べる日が増えると聞いて目を輝かせた。


「誕生祝いには好物の料理を作ってもらえるんじゃないのか?」

「え、おっさん冒険者だし、とーぜん肉だよな?」

「マナルカト国の出身だったよな。てことは、好物は海魚か?」


 察しの良いコウメイが、煮る、焼く、揚げる、のどの料理方法で食べたいかとたずねる。


「鋏甲羅魚だ。網焼きで食べたいものだ」

「よし、期待してろよ。その鋏甲羅魚ってのを取り寄せて、とっておきの酒で祝おうぜ」


 それは楽しみだとほほ笑んだマイルズは、花房草と芋のチーズ焼きを取り分ける。


「リンウッド殿はいつの生まれです?」

「俺の生まれは辺境の田舎だ、子供は徴税官が帰った後にそろって戸籍登録されていた」

「じゃあ秋ってことにしとこーぜ。九月か十一月で!」


 芋料理さえ食べられるなら何月でもいい、好きに決めろとシュウに丸投げするリンウッドだが、その表情はまんざらではなさそうだ。


「この年齢になっても、誕生を祝ってもらえるのは嬉しいものだな」

「……そうだな、悪くはない」


 互いに照れを隠すように酒を注ぎ合った二人は、見た目と年齢の釣り合わない三人をほほ笑ましげに眺めた。



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