22 酒宴の口実
シュウが戻ってきた翌日の日暮れ時に、マイルズが大量の酒瓶とともに深魔の森を訪ねてきた。
「シュウは間に合ったのか」
「食い意地で戻ってきやがったんだ」
「さすがだな」
なるほど、この大量の料理もシュウのためかとマイルズは笑う。
「今日は軽く、本番は明後日だと聞いていたが」
「シュウにとっちゃ今日が本番かもなぁ」
十二月二十四日の晩餐のテーブルに鎮座する巨大な鳥の丸焼きは、朝からオーブンを占拠していた一品である。これのせいで丸芋と野菜のチーズ焼きが明日に回されてしまったとリンウッドは不満げだ。シュウが戻ってきてから仕上げる予定のクリスマスケーキも急遽飾り付けられた。冬は生の果実が少ないため、砂糖漬けや乾燥果実の彩りだが、シュウはふわふわのスポンジケーキと白いクリームだけで満足している。
「メリー・クリスマス!」
ご機嫌な様子で果汁ジュースのカップを掲げるシュウに、微苦笑の四人が釣られるようにエル酒のカップを軽くぶつけた。
「ところで『めりー・くりすます』というのは何だね?」
こういう場合は「いただきます」か「乾杯」ではないのかとリンウッドが首を傾げた。
「クリスマスってのは、俺らの故郷のとある宗教の神様の、誕生祭?」
「では先ほどの言葉は、まさか……神を祝福する言葉なのか?」
神の聖誕祭と聞きリンウッドとマイルズの顔から血の気が失せていた。これは答え方を間違えてはマズいぞと、コウメイは口を開きかかったシュウの爪先を蹴って止める。
「アレは神様の名前じゃねぇぜ」
「では、何という意味だ?」
固唾をのんで返事を待つ二人だ。これは迂闊なことは言えない。
彼らが強く反応したのは『神』だ。
「クリスマスを楽しもうぜ、って感じの挨拶だな」
「それは神の名ではないのだな?」
「神様の名前は別にある。クリスマスってのは神様の誕生日ってくらいの意味だ」
神様の誕生日に楽しくしようぜ、という合い言葉くらいに考えていい言うと、二人は目に見えて安堵したようだった。
「なー、二人してガクブルしてたけど、神様がらみってやべーのかよ?」
「危険かどうかではなく、我々の心の問題だな」
「数多くいた神々の中で、時の女神だけが人族を見捨てなかった。モナッティークに感謝せねばならんのに、他の神々の名を口にするのは裏切りになる」
マイルズの声は重く響いた。
アキラが神妙に問う。
「他の神々の名をたずねるのもよくないのですか?」
「この大陸にはモナッティークの他に神は存在しない。モナッティーク以外の神々の名は失われている」
「文献にも残されていないのですか?」
「神々が人族を捨てたとき、こちらもモナッティーク以外の神を捨てている」
そこまで徹底しているのかと、アキラは小さく息をつき、コウメイとシュウと視線を交わす。
転移して十数年たった今でも、自分たちはこの世界の宗教観に馴染みがあるとは言えない。この世界の人々は日常で神の名を口にすることは少ない。アキラたちが神の名を聞くのは、終わりの日の祭ぐらいだ。それこそ「メリー・クリスマス」と乾杯する感覚で「モナッティークに祝福を」と女神の名を呼んでいた。だがマイルズやリンウッドは特別な思いで口にしていたのだと実感した。
「ここではそうなのですね」
「俺らの故郷とはずいぶん違うようだぜ」
「クリスマスは神様の誕生日かもしんねーけど、俺らはそういうの関係なしに、十二月二十四日はケーキと鳥を食って宴会するんだよ」
「よくわからんが、宴会の理由付けの一つのようなものか?」
「まあそんな感じだ」
コウメイの返事を聞き、リンウッドが慄然とした様子で首を振る。
「神の生誕祭を飲み会の口実にするとは、お前たちの故郷というのは恐ろしいところだな」
「モナッティークならばともかく、ここでは他神の名を口実にした酒宴は許されていない。裁きが怖いからな……大丈夫だったようだが」
リンウッドは確かめるように己の内の魔力を量る。何の制裁も受けていないと確かめ安堵した。
「女神様の神罰の心配がなくなったんなら、飯食おうぜ。せっかくの丸焼きが冷めちまう」
「そーだぜ、その駿足鳥、すげー苦労して狩ったんだからな!」
暴れ牛の妨害を含めた狩りの奮闘を語るシュウの言葉を、噴き出さずに最後まで聞くのはかなりの忍耐を要した。そうまでして食べたかったのならと一番美味しそうな部位をシュウに譲る。
「それじゃ、あらためて。乾杯」
「「「「乾杯」」」」
今度は屈託なく、弾んだ声が揃った。




