18 後で叱られた(コウメイが)
クリスマスパーティーはクリスマスにしなければ意味はないし、アキラの誕生日も先延ばしにしてはならない。
「誕生日はその日に祝わなきゃ意味ねーもんな」
早くても遅れても祝いの言葉は嬉しいものだが、十月十日の「おめでとう」の言葉が一番嬉しかったシュウは、何としても間に合わせると意気込んでいた。
いつもならエルフらが島に現れる直前まで虹魔石持ちの魔物を討伐をしているのだが、このときは二日前にさっさと切り上げて帰りの船を呼んだ。
「おせーよ、朝イチでって頼んでたじゃねーか!」
「せやから朝やろ」
「ほとんど昼だって!」
アレックスに詰め寄ったシュウは空を指さした。明るく穏やかな日差しが頭上から降り注いでいる。あと鐘一つで昼食の時間だ。
「俺は急いでるっつったよな!?」
「言うとったな。そないカッカせんでええやん。ちゃんと魔道推進装置の出力あげといたし、明日の昼前には大陸に着くやろ」
つまり日の出と同時に島を出発できていれば、寝ている間に大陸に戻れたのだ。日の出から昼までの四鐘もあれば、シュウの足なら余裕でリアグレンまでたどり着ける。そこからハリハルタまで一日、深魔の森の家までは数鐘もかからない。
「四鐘もあったら、土産を狩れたんだぞ」
「ジブンやったら狩りに鐘一つもかからんやろ。ここでワシにつっかかっとる暇あったら、さっさと出発したほうがええん違う?」
「ぐ、くそーっ」
ヘラりとした笑みで船を指さすアレックスを突き放して、シュウは荷物ごと船に飛び乗った。
シュウらが島へ渡る船は特別製だ。彼らが定期的に島に渡るようになってから、ミシェルとロビンが中古船を改造してホウレンソウ専用にした。船員はおらず、乗客も操縦桿にはいっさい触らない。乗船して扉を閉めれば船が勝手に動き出し、ネイトのいる寒村の港とナナクシャール島を往復する、完全自動航行だ。
「もっとスピード出せよなー」
アレックスの言葉を信じるならば、改造船はいつもよりスピードを出しているはずだ。たが小窓から見える海の景色は代り映えがなく、その速度を体感できない。シュウはイライラをぶつけるように推進装置室の扉を叩いた。
加減していたつもりだが、イライラのせいで上手くいかなかったようだ。鍵が壊れ、扉が軋んで外れてしまった。
「やっべー……へー、推進室ってこんなになってんのかー」
焦り証拠隠滅を図るよりも、好奇心のほうが勝った。身を屈めてそろりと室内に入ったシュウは、真ん中に設置された魔道具を観察しはじめる。
鉄製の樽のような物体は、船体から伸びた太い複数の配管で繋がっている。樽にはいくつかの小窓があり、その全てに一つの数字が浮かびあがっていた。
「四? 何が四なんだろーな」
触ろうとしていたシュウは寸前で思いとどまった。これが目的地への航路設定に関わっていた場合、下手に触って大陸にたどり着けなくなったら困る。観察を続けると、鉄樽の真上に蓋があると気付いた。そこには小さく動力供給口と書かれている。小さなつまみを持ち上げると、中には魔石がはまる窪みがあった。
「あー、なるほど。ここから魔石を投入するのかー」
魔道推進装置の動力源は魔石だ。大陸周回船にも備え付けられており、海賊や海の魔物から逃げる際に使われている。魔石を使えば使うほど速度を上げることができるのだ。
「……燃料ならたっぷり持ってるんだよなー」
シュウは船室に置きっぱなしの荷袋を振り返った。
彼らが島から持ち帰るのは虹魔石だけではない。質の良い大きめの魔石は大陸で高値で売れるため、鞄に詰め込んでいる。
シュウは手持ちの中では小さめのヘルハウンドの魔石を数個と、鳥卵と同じサイズのオーガの魔石を取り出した。
「これ一個でどのくらいスピードが上げられるんだろーな」
ヘルハウンドの魔石を窪みに押し込んだ。
泥沼に石が沈み込んでゆくように、魔石が装置に吸い込まれてゆく。
ガタリと船体が揺れ、咄嗟に床に手をついて身体を支えた。
小刻みな振動が大きくなり、船体にぶつかる波の音が激しくなる。
「おー、スピードあがってる感じ?」
魔道推進装置を見てみれば、小窓の数字が五に変わっていた。どうやらスピードを示していたらしい。
「これ、五が限界じゃねーよな? この感じだと、十までイケそーだよな?」
ここにはシュウの呟きに応える者はいない。
蓋を開けたままの投入口に魔石を放り込むシュウの手を遮る者も、またいなかった。
「おー、まだイケるぞ。十二、十三っ!」
魔石を投入するたびに数値が変わり、船体が激しく揺れ傾く。
壁に押しつけられるような重圧で速度を実感していた。すでに波が船体にあたる衝撃はない。海面を跳ね滑るような猛スピードで船は走行していた。
「十六、十七――おもしれー」
魔石を食うたびに鉄樽は激しく震え、小窓に表示される数字はさまざまな色に変化する。魔石一個につき数値は一つ上がるが、船の速度は魔石の種類によって差があるようだ。ヘルハウンドよりもオーガのほうがスピードが上がるようだと気付いたシュウは、鶏卵サイズの魔石を連続投入する。
「ふーん、数字は二十までなんだな。けど色は変わるみてーだから、まだ食えるよな?」
そうしてシュウは手持ちのオーガ魔石を全て推進装置に放り込んだ。
数字は白から黄色、青、赤とめまぐるしく変わる。
ガタガタ、ギシギシ、メリメリ、と不安になる物音を立て、鉄樽が激しく振動した。
配管が軋み、床板に固定する鉄杭は引きちぎられそうになっている。
推進装置が大破するのが先か、船が大陸に着くのが先か、シュウは興奮に輝く瞳で賭に出た。
「思いっきり突っ走れー!」
+
「お前はいったい何をやっているんだ!?」
大地震かと思うような衝撃と爆音で飛び起きたネイトは、岸壁に乗り上げた船から這い出るシュウを叱りつける。
「おっさん、元気そーだな。悪い、ちょっと急いでんだよ。後始末頼むぜ」
「馬鹿野郎! 修理にいくらかかると思ってるんだ!」
「次きたとき払うから、ツケといてー」
じゃあなー、と手を振って駆けだすシュウを捕まえ損ねたネイトは、朝日に照らされる大破した桟橋と岸壁を振り返った。
「修理代は高いぞ、バカ狼め」
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四月の初旬、ナナクシャール島に渡るためやってきて開口一番に叱られただけでなく、高額修理代をむしり取られたのはコウメイだった。