16 リクエストは難しい
「甘い芋がいい」
「甘芋料理か?」
「ちがう、蜜をつけた芋だ」
「ああ、大学芋か。了解。今日のおやつだな」
シュウが不在の朝食の席では、コウメイとリンウッドが毎日簡単な食事の打ち合わせをする。
「アキは何が食いてぇ?」
「なんでもいい」
シュウがいるときは肉尽くしに対して口を挟むことの多いアキラだが、リンウッドの注文に文句をつけたことはない。芋は広義の野菜だからだ。素っ気ないアキラの返事に、コウメイは顔をしかめた。
「何でもいいってのが一番やりにくいんだぜ」
「そう言われても、コウメイの料理に文句はないし」
「メニューを考えるのが一番面倒なんだよ。シュウみたいに欲望に忠実な要求とか、リンウッドさんのような具体的なリクエストが作る身にはありがてぇんだぞ」
不満げにそう返されて、アキラは黙った。シュウのいない間は肉料理が減り、野菜が増えている。それだけで満足している。
袖を引かれて隣を向くと、リンウッドが「食べたい野菜はないのか?」と問う。
「野菜……野菜」
「おう、野菜だ、何が食いてぇ?」
「…………花房草、いや、レト菜かな」
最近食べていない野菜は何かと考えたアキラは、最初に思い浮かんだ名前を口にした。だがそれが家庭菜園で育てていない野菜だと気付き、リクエストには相応しくないと慌てて食べ慣れたレト菜の名で誤魔化す。不機嫌に油を注いだかと焦ったアキラだったが、コウメイはにこにこと嬉しそうに頷いていた。
「わかった。レト菜をメインに何か考えてみる。花房草は今度ハリハルタで調達してくるから待っててくれよ」
鼻歌を歌いながら食卓テーブルを片付けるコウメイの姿を眺めるアキラは、何が機嫌を直せた答えなのかわからないとため息をついた。
「難しすぎる」
「そうかね?」
聞かれたことに答えるだけだ、何を悩む必要があるのかとリンウッドは不思議そうだ。
「同じ料理の繰り返しは良くないんじゃないかとか、色々考えません?」
「記録につけておけば問題解決するぞ」
「……記録しているんですか?」
「美味かった芋料理は何度でも食べたいからな」
さも当然だとばかりに植物紙の束を見せられたアキラは絶句する。コウメイがこれまで作った丸芋料理の名前とその評価をすべて記録に残しているのだ。リンウッドの芋に向けられた執念が怖い。
「卵でとじる丸芋料理は何と合わせても美味かったし、細切りを固めて表面をカリカリに焼いたやつもいい」
芋をメインにしたスパニッシュオムレツとガレットのページには二重丸が入っている。
「甘芋は酸味を利かして煮たのや、潰して固めて焼いた菓子も食べ飽きんぞ」
ピナ果汁をほんの少し加えた煮甘芋だ。あれは食事にもおやつにもなって確かに美味しかった。潰して固めたというのはスイートポテトだろう。こちらにも力強い筆圧の二重丸が入っている。
「アキラも気に入った野菜料理を記録すればいい。コウメイに問われたときに答えやすいだろう」
「……」
リンウッドの芋に向ける情熱と同じだけ野菜に対して情熱を抱いているわけではないアキラは、無言で芋料理記録帳を返した。
「何を食べても美味いから、リクエストする必要はないんだが……」
それでもコウメイが注文をつけろというのだから仕方ない。アキラは今後の対策を必死に考えた。
自分は料理名には詳しくない。焼く、煮る、揚げる、といった料理法と食材を合わせて答えても、知識のない料理下手なアキラは、正しい組み合わせを答えられるか自信がない。
「……さっきみたいに、食材で誤魔化すか」
シュウが戻ってくればこの悩みから解放される。それまでの我慢だ。アキラは菜園の野菜の名前をおさらいするのだった。