14 お風呂天国
風呂場からシュウの悲鳴が聞こえた。
「滑って転んだか?」
「いや、悲鳴だけだ。衝撃音は聞こえなかった」
「湯が沸いてなかったとか?」
「ちゃんと沸かしたぞ。熱すぎたのか……?」
今日の風呂当番はリンウッドだ。
アキラたち三人の湯船に対する異常なまでの執着を不思議に思っていたリンウッドだったが、一緒に暮らすようになり、特に冬になってからは湯船の素晴らしさを理解した。それからは当番に加わり、リンウッドも湯船を堪能するようになっていた。
「おい、何なんだよ、これ! 湯がきったねー緑色じゃねーか!!」
怒りと襲撃が大きすぎて身体を拭く手間をすっ飛ばしたシュウが、パンツ一枚で風呂場から飛び出してきた。足下には尻尾から垂れ落ちた緑色の液体の水たまりができはじめている。
「……すごい、緑だな」
「いい年して風呂で遊ぶんじゃねぇ」
悔しげに足を踏みならすシュウに、コウメイが床を拭けと雑巾を投げ渡した。
「俺じゃねーよ! 最初から湯船がこんなんだったの!」
一日の終わりにあたたかな湯を堪能し、ほかほかした身体で布団に潜り込めば朝まで至福の時間を過ごせる。それを楽しみに湯船に飛び込んだシュウは、青臭い匂いと肌に触れる奇妙な感触、そして視界を占めるよどんだ緑色に絶叫したのだ。
「何なんだよ、コレ?!」
「複数の薬草の匂いがするな。ユーク草とフェイタ草、キリマズラも少しまじっているか?」
「惜しい、オルオラの根も入れてある」
まあ及第点だ、とアキラを褒めるリンウッドに、シュウが薬草汁を振り撒きながら詰め寄った。
「風呂は湯を張る場所であって、薬草煮詰める鍋じゃねーよ!!」
「煮詰めてはおらんぞ。混ぜただけだ。それに薬草ではないぞ、入浴剤だ」
「は……?」
「湯には香りの良い素材や、薬効を期待した素材を入れるのだろう?」
疲労回復に魔力回復、それと風土病予防もしたい。それらに相性の良い薬草をそろえ、すり潰してたっぷりと湯に入れたのだ。
「なるほど、薬用成分たっぷりの入浴剤か」
「見てきたけど、あれすげぇ効きそうだぜ」
湯船の状態を確かめてきたコウメイは「薬草鍋だ」と苦笑いだ。
「けど、あれはちょっと薬草が多すぎたな」
「ちょっとじゃねーって。おっさんに入浴剤を教えたの、誰だよ?」
リンウッドが弟子を振り返った。
「中途半端な教え方をするな」とシュウの恨みのこもった視線がアキラを見据える。
アキラは静かに視線を逸らして首を傾げた。風呂当番の時に、乾燥させたレシャの皮や香草の葉を二、三枚ほど浮かべたり、塩を入れているのは何故だと問われ、入浴剤の概念を教えたのは自分に間違いないが、何がどうなってここまで極端なところに着地してしまったのだろう。
「おっさん、入浴剤ってのはな、かすかに香りを感じるとか、ほのかに薬草っぽい香りがするとか、その程度でいいの!」
「かすかに……わからんな、具体的に数量で示してもらえんか?」
うがーっと呻いて地団駄を踏み髪をかきむしるシュウは、コウメイによって風呂場に押し戻された。張り替えられた湯にはほのかに薬草の香りが残っている。
「シュウ、あんまりリンウッドさんを責めるな。寝込んだシュウを心配して特別に薬草をブレンドしてくれたんだぜ」
今年の風土病は何度でもかかるし、重篤化するとマイルズから聞いている。それを心配してキリマズラの根も入浴剤に加えられている。
「……わかってるけどよー、薬草と一緒に煮詰められるかもって、すげー恐怖だったんだよ」
結果的に行き過ぎてしまったが、リンウッドの気持ちを嬉しく思ったシュウは、ぺたりと耳を伏せている。
「入浴剤、禁止にしてくれねーかなー」
「アキがちゃんと教えるから、次は大丈夫だろ」
「そーだといーなー」
シュウは仕切り直しだと湯船に浸かる。身体に貼りついていた薬草が湯に広がったが、ほんのりとした香り自体は悪くはなかった。
「あー、風呂っていいよなー、サイコー」
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その後、アキラとともに湯量と入浴剤の最適量を確認したリンウッドだった。