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13 流行に敏感な男



 ハリハルタのギルドにキリマズラを納品して戻ったシュウの様子がおかしい。

 身体の動きが鈍いし、瞼も半分落ち表情がとろんとしている。無言で肉を口に運ぶのもあり得ない。食べ物を口に入れているときは喋るな、と注意されるシュウが、今日は食事に集中しているのだ。

 これは一大事だと、三人は食事の手を止めてシュウを凝視した。


「顔が赤いような?」

「鼻水が出ているぞ」

「ぞーか?」


 見事な鼻声だ。


「飯も食ってねぇし」

「皿は空だが」

「シュウがお代わりしねぇなんて異常だろ」

「それもそうだ。熱は……」


 鉢巻きとサークレットの上からシュウの額に手をあてたアキラは、予想以上だったのか慌てた。


「ものすごい熱だぞ」

「風邪だな」


 サークレットを外させたシュウの目の充血や喉の腫れ、脈拍や汗のかき具合などを素早くチェックしたリンウッドがそう診断をくだした。


「どうせ毛布を蹴り飛ばしていたんだろう」

「何とかは風邪引かねえっていうのに」

「……」

「反応がねぇとは、重傷だな」


 あえての悪口に反論する余力もないほど、症状は重いのだろう。


「風邪薬は獣人用に少し処方を変えねばならん、少し待っていろ」

「しばらくは大人しく寝てるしかねぇな。ベッドに行けるか?」


 よろりとして立ち上がったシュウは、三歩目で膝の力が抜け崩れ落ちた。支えようとしたコウメイごと床に倒れ込む。


「二人とも大丈夫か? 頭は打ってないな?」

「くそ、重ぇぞ。俺じゃ二階まで運べねぇ」

「布団を暖炉の前に敷こう。シュウ、這えるか?」

「ぐるぅぅ」


 床に手をつくが身体を支えることも出来ないようだ。シュウは腹ばいのままじりじりと暖炉に向かってゆく。寝室から運び出した布団にシュウを寝かせ、毛布とレッド・ベアの毛皮を掛ける。

 手ぬぐいに冷却魔術陣を描いてシュウの額にのせたところに、リンウッドが特製の薬湯を持って戻ってきた。


「獣人風邪用の処方だ、これを飲めば明日の朝には治っているだろう」

「飲めるか?」


 吸い口を口元に近づけるが、シュウは固く口を閉じたままだ。リンウッドの指が鼻を摘まみ、容赦なく口をこじ開けて薬湯を流し込んだ。嘔吐(えず)くシュウの口を手のひらで封じて無理矢理飲み干させる。


「うえっ、ぐうっ」

「ちょっと乱暴すぎませんか?」

「この薬は、時間がたつと効果がなくなる。効き目があるうちのほうが飲む量は少なくてすむんだぞ」


 淡々としたリンウッドの言葉に、涙目のシュウは諦めて嚥下した。

 パチパチと薪が爆ぜる。

 アキラはシュウの額に手をあて、冷却魔術陣の強度を調節した。シュウも、コウメイやアキラも、異世界に放り込まれて以降、病気で寝込むのははじめてだ。

 治療魔術や回復魔術は薬の邪魔にはならない。アキラは少しでも楽になればと、熱に苦しむシュウに何度も魔術をかけていた。だがシュウの苦しげな様子はかわらない。


「難しいな……」


 治すべき対象がはっきり認識できているほど治療魔術の効果は高くなる。アキラは目に見える外傷は得意だが、どこを治せば良いのか判断の難しい病気の治療は苦手だった。


「リンウッドさんは病気への治療魔術も上手い。もっと教わらないとな」


 治療魔術は効いていないが、回復魔術のほうは多少は効果があるようだ。シュウの荒い呼吸がわずかにやわらいだ。


「交代するぜ」


 冷凍保存庫の氷をスライム布袋に詰めた簡易氷嚢を手に、コウメイが枕元に腰をおろす。シュウの頭を持ち上げて、首の下に氷嚢を入れる。


「アキは寝ろよ」

「いや、回復魔術を途切れさせたくない」


 コウメイは熱にうなされるシュウと、せめて少しでも楽に夜を過ごせるようにと、呼吸に耳をそばだてているアキラを見比べた。


「冗談はともかく、シュウが風邪引くとは思わなかったぜ。獣人は人族の病気にはかかりにくいはずだよな?」

「そう聞いているが、リンウッドさんは『獣人風邪』と言っていただろう。たぶん獣人族だけにかかる風邪なんじゃないか?」

「人族しかいねぇのに、どこでそんなウイルス拾ったんだか」


 もしやハリハルタに獣人がいたのだろうか。深魔の森での討伐を目的に、ハリハルタにはあちこちから冒険者がやってくる。獣人であることを隠した冒険者がいても不思議ではない。


「……熱が下がらんな」


 薪を足したところにリンウッドが様子を見に来た。回復魔術を中断させた彼は、薬が効いていないと怪訝そうだ。


「獣人風邪ならあの処方で間違っていないはず……ちゃんと狼用に配合したのだし。いや、まさか……」


 アキラを押しのけたリンウッドは、シュウの右手を持ち上げて指先に針を刺した。ぷっくりと膨れた血を、魔紙に染みこませる。


「何をしているのですか?」

「マイルズを通じて頼まれていた判定紙を試してみようと思ってな」


 ハリハルタにいる医療資格者はたった一人の薬魔術師だけだ。全ての患者を診断して冬の風土病かどうかを見極めるのは難しい。簡単に判別できるものを作れないかと相談され、キリマズラの成分を利用した判定紙を試作したのだという。


「獣人風邪の薬が効かんということは、風土病の可能性が高い」


 判定紙にしみこんだシュウの血を暖炉の火に寄せて乾かす。みるみるうちに鮮やかな青に変色した。ものは試しにと使ったのだが、見事な大当たりだ。


「あれか、魔力なしがかかりやすいっていう」

「俺たちの中でかかるとしたらシュウだとは思っていたが」

「けれど変だな。キリマズラと交換で手に入れた予防薬は、全員が飲んだはずだが」

「…………」


 熱にうなされるシュウは、朦朧としながらも意識を保っていたようだ。リンウッドらの会話を耳にし、眼帯を外した虹色の義眼と、赤い魔石の両目、そして目を細めた銀の瞳を避けるように視線をさまよわせ、咳をするふりをして三人に背を向けた。

 三人は顔を見合わせると、身を乗り出し、音を遮断しようとしてかぺたりと倒れたシュウのケモ耳に向けて会話する。


「予防薬、すげぇ不味かったもんなぁ」

「渋みが強くて、しばらく口に残ったくらいだしな」

「あれは作った薬魔術師の腕が悪い。もう少し丁寧に調合すれば、舌にへばりつくような後味にはならないはずだ」


 来年は自分が作るから少しは飲みやすくなるとリンウッドが保証する。


「少しなのですか? あの渋みは完全に取り除けない?」

「渋みが薬効そのものだからな」

「まあ確かに不味かったけど、ちゃんと飴で口直ししたから、そこまで後に残らなかっただろ」


 舌に残る渋みに耐えられず、コウメイがべっこう飴を作って全員に配ったのだ。


「ああ、あの飴は助かった」

「シュウも飴を舐めていたようだが」

「お代わりしてたよな?」

「どうやら予防薬は飲まずに捨ててたみてぇだな」


 いつの間にかシュウの咳は止まり、発熱由来とは別の汗がだらだらと流れていた。


「予防薬が一番必要なヤツが、何やってんだか」

「シュウらしいといえばそうなんだが、これで思い知るだろうな」


 リンウッドは念のために保管してあったキリマズラでさっそく治療薬を作った。


「治療薬はやっぱり不味いんですか?」

「キリマズラの薬効の象徴だからな。予防ではなく治療のためとなると、濃さも段違いだ、飴ではどうにもならんかもしれんな」


 まさに「良薬は口に苦し」だと、コウメイがシュウのケモ耳の横で囁いた。

 リンウッドが調合した治療薬のおかげで、シュウは朝にはほぼ全回復していた。

 ただし、彼の味覚は数日ほど狂ったままだった。



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