12 森の恵み
ハリハルタからの帰り道、昨夜の雨でしっとりとした森を歩き、いつもキノコを採取しているあたりに向かった。古木の多いその一帯には、一見毒々しい色彩のキノコが大きく笠を開いている。寒さが影響してか、前回採取した時よりも数は少ない。
「キノコはもうそろそろ終わりだな。木の実はもう少しイケるか?」
コウメイは毒々しい赤いキノコや、黒く沈んだ色の笠に黄色い斑点のあるキノコを選んで採取していた。茶色の笠が丸くかわいらしいキノコや、笠の厚みが立派な椎茸によく似た美味しそうなキノコは無視だ。
自分自身や仲間が何度か失敗した経験もあって、コウメイのキノコ類を判別する目は養われた。地味で素朴なキノコのほうが実は危険なのだ。
「それにしてもこの色がなぁ、暴れ牛肉とヴィレル酒で煮込むか」
食欲を減退させる色のキノコは、肉汁と酒をたっぷりと吸わせて誤魔化すのが一番だ。食用可能なものを採取し終えると、今度は木の実を探しに向かう。
深魔の森は魔獣よりも魔物が多い。そのせいか魔獣と木の実を奪い合うことは少ない。今日もカルカリの実を狙ってきた魔猪一頭と遭遇したくらいだ。先にミクルルとピーナルを拾い袋がいっぱいだったため、カルカリは魔猪に譲った。
「炒って糖衣をからめるか、ピリ辛にするか」
コウメイの好みは脂で揚げて香辛料をまぶした酒のつまみだが、そればかりではシュウから不満が出る。かといって糖衣にすれば今度は全部食べ尽くされてしまう。
「ドライフルーツと一緒に酒に漬けて、ケーキを焼くかな」
たっぷり酒をしみこませれば、シュウのつまみ食いも防げるし、リンウッドやマイルズも喜んで食べるだろう。
「ドライフルーツ用に、果実も採取していくか」
アキラとリンウッドがよく持ち帰る野生のレギルの木へと足を向ける。酸味の強い野生のレギルは、加熱や乾燥によって甘みが増す。レギルのパイは最近定番のおやつだ。
コウメイはレギルに続いて、彼だけが知るいくつかの野生の果樹を巡った。レギルもだが、野生の果実もそろそろ終わりが近づいている。コウメイは木に残っていた果実を全て収穫した。野生のレギルとレシャはそれぞれ十個ほどしか残っていなかった。レシャは果肉ではなく厚みのある皮を丸一日干してから砂糖漬けにすると、風味付けにとてもよい製菓材料になる。もちろんそのまま食べても美味い。
「お、赤ココの実が結構残ってるな」
爪ほどの赤くて小さな果実は生では渋くて食べられたものではないが、表面がシワシワになるまで乾燥させてから酒に漬けると、恐ろしいほど甘くなる。コウメイの作る酒と木の実のパウンドケーキには欠かせない果実だ。こちらは手持ちの袋では足りなくなり、脱いだシャツの端を結んでバッグのようにし、摘み取った赤ココを入れた。
「完熟してるし、こりゃ染みになるなぁ……ま、いいか」
今年最後の果樹だ。着古したシャツよりも、春まで大切に消費する甘味食材のほうが何事においても優先される。
収穫した食材を守りながら、近づいてくる魔物を威圧で追い払うコウメイが帰宅したのは、予定から半日ほど遅れた昼下がりだった。
アキラとシュウは庭の鉄板で野菜と肉を焼いていた。リンウッドは芋をシクの葉に包んで火の中に放り入れている。
「おせーぞ、コーメイ」
「朝には戻ると言っていたから、何かあったのかと心配した。遅れたのはソレか」
コウメイが披露する収穫物を見て、ずいぶんと欲張ったなとアキラが笑う。
「焼きキノコにするか?」
「えー、その色はなー」
食べられるし美味いとわかっていても気がすすまない。
「これは今夜だ。暴れ牛肉とヴィレル酒のシチューに入れる……おい、この肉はどこから持ってきた?」
じゅうじゅうと食欲をそそる音源に目を向け、コウメイはシュウの後ろ首を掴んだ。
「まさか冷蔵保存庫じゃねぇよな?」
「……凍ってねー肉って、それしかなかったし?」
「いや、角ウサギ肉も縞柄鳥肉もあったぞ」
「暴れ牛肉はコレしかなかった――いでーっ」
バーベキューと暴れ牛肉がイコールで繋がっているシュウには、他の肉を焼くという考えには至らなかったようだ。
「縞柄鳥なら、今夜はホワイトシチューにメニュー変更だな」
ごろごろと大きめの芋類と野菜がたっぷりの、当然キノコも入ったシチューだ。
「えー、黒と黄色のドットとか、赤黒いキノコとか、食いたくねーよ」
「赤団子茸、美味いのに」
「黒笠茸も美味いぞ」
アキラとリンウッドは味見と称して一個ずつ焼きキノコを楽しんでいる。
「見た目も味の重要な要素だって、コーメイいつも言ってるじゃねーか」
「自業自得だ、諦めろ」
夕食の野菜と芋とキノコをふんだんに使ったホワイトシチューは、毒々しい見た目に反して絶品だった。