10 察しの良い暴れ牛
多くの農家では牛を飼っている。家と畑の間を荷車を引かせたり、地均し農具を引かせるためだ。それなら馬でも良さそうに思うが、牛のほうが用途は広い。牛の乳は売れるし、チーズを作って保存もできる。生まれた子牛は食料になるし、雌牛を求める農家にも高く売れるからだ。
「そろそろ暴れ牛の捕獲を頼まねばならんな」
「仔牛の運搬ついでに、ハリハルタで募集をかけてくるとしよう」
雌牛を飼っている家を回った村長は、種付けの必要な雌牛を数える。暴れ牛は一頭で間に合いそうだとほっとした。
「生け捕りの上手い冒険者がきてくれるとたすかるんだが」
捕らえ損ねて群れに逃げられたり、反撃されて負傷したり、辛うじて生きてはいるがとても種付けさせられないほど弱っていたりと、暴れ牛の生け捕り依頼は成功率が低い。
数日後、冒険者ギルドから派遣されてきたのは若い二人だった。体つきは立派だが、その風体は討伐冒険者だ。暴れ牛の生け捕りが出来るのかと村長は疑いの目を向ける。
「暴れ牛は生け捕りだ。ただし生きていれば良いというものではないぞ。村の雌牛に種付けできる元気がなければならん。怪我をした暴れ牛も駄目だ」
「わかってるって、大丈夫。俺は何回も生け捕りしたことあるんだよ」
鉢巻きをしたほうの青年は、おおらかな気持ちの良い笑顔でそういうが、村人らは半信半疑だ。失敗したら報酬は無いのだし、怪我をしてもこちらは責任を問わないとあらかじめ伝えてあるのだ。とにかく任せてみようと村長は捕獲紐を二人の青年に渡した。
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暴れ牛の群れはシュウを見つけた次の瞬間、一斉に逃げ出した。
「……お前、気配くらいは隠せよ」
「隠してるって。けどあいつら、最近すげー勘が良くなってんだよなー」
牛の肉が食べたくなるといつもこの平原で狩っている。そのせいか暴れ牛らはシュウの気配を敏感に察知するようになった。特に角の欠けた暴れ牛のいる群れは、存在を察知した瞬間に、シュウの足でも追いつかれない遠くまで逃げるようになってしまった。
「俺がいると捕まえらんねーから、コウメイ連れてきたんだろー」
「囮かよ」
「牛乳を格安で仕入れてーんだろ?」
「チーズもだ。しかたねぇ、気合入れていくか」
たった一人で暴れ牛と対峙するのはなかなかの緊張感だ。シュウが遠ざかりコウメイだけになったのに気付いた暴れ牛は、脅かされた鬱憤を晴らそうと群れが一丸となって突進してきた。
「なるほど、俺は舐められているんだな」
コウメイの闘志が燃え上がる。
生け捕りにするのは一頭でいいのだ、残りは討伐しても問題はない。肉ならいくらでも食える男がいるのだから。
剣を抜いたコウメイは、突進してくる群れに向かって駆け出した。
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コウメイが注意を引いている隙に、気配を殺して暴れ牛に駆け寄ったシュウは、一頭をむんずと掴んで担ぎ上げた。そして脱兎のごとく村へと走って引き返す。己がシュウの肩の上に担がれたと気付く前に、暴れ牛は村に運び込まれ、頑丈に作った囲いの中にぽいっと放り込まれていた。
「……まさかこんなに簡単に」
「担いでくるなんて……担いで」
「どーよ、傷一つついてねーだろ?」
あんぐりと口を開いたまま、関節のゆるんだ人形のように、村長らは何度も頷いてはシュウと暴れ牛を交互に見ていた。
「じゃあ、あとは好きにしてくれ」
再び暴れ牛の群れへと駆けだしたシュウは、半鐘ほどしてコウメイとともに二頭分の暴れ牛の死骸を持ち帰った。雌牛への種付けを終えたばかりの暴れ牛は、仲間の死骸を目の前にして後じさるように柵に尻をぶつけている。
「この短時間に二頭も狩ったのか?」
「なー、その暴れ牛、どーすんの?」
「あ、ああ、種付けも終わったし、屠って肉にするが」
「じゃあさー、ついでに解体場所使わせてくれねーかな」
「それと俺たちの牛の皮と、村の牛乳とチーズを交換してもらえるか?」
村にとっては余れば捨てるしか無い牛乳や、町に売りに行かねば換金できないチーズよりも、暴れ牛の皮のほうが価値がある。村長は喜んで交換に応じた。
「これで牛乳とチーズたっぷりのシチューが作れるぜ」
「えー、ホワイトシチューって角ウサギ肉だろー。暴れ牛肉のシチューが食いてーよ」
「デザートは牛乳寒天に練乳、プリン、アイスクリーム、どれがいい?」
牛乳を使ったデザートの羅列に、シュウの口からよだれがたらりと流れ落ちる。
「ホ、ホワイトシチューも悪くねーかな」
手早く二頭の解体を済ませた二人は、報酬と手に入れた食材を抱えて森に戻った。