01 キリマズラと冬支度
次回に納品してほしい、と板紙を渡されたコウメイは、はじめて見る薬草の名前に首を傾げた。
「キリマズラの根?」
「そろそろ冷え込みはじめるだろ」
だから? と視線で問うと、ようやく彼がハリハルタ出身でないと思い出したギルド職員は、冬の風土病がはやりはじめる前に準備をしたいのだと説明した。
「寒くなると高熱を出して寝込む者が増えるんだ」
たまに雪が降ることはあっても滅多に積もらないハリハルタの冬は、ナモルタタルに比べれば過ごしやすい。そのため、その日暮らしの冒険者らが、越冬のために北の町から流れてくるのだ。寝込めば彼らは食い扶持と寝床を失い、ギルドの扶助支出が増えてしまう。その対策として予防薬の準備が必要なのだという。
「なるほどな。で、その風土病ってのは、どこからどう感染するんだ?」
「魔力の有無が影響するらしい、と言われているが、どうだろうな」
患者の大半は魔力のない者なのだという。細菌でもウイルスでもなく、まさかの魔力が原因とは驚きだ。
「……そりゃ厄介だな」
「肌寒くなったら予防薬を飲んでおくに越したことはないんだよ」
そういうわけで需要が高まる前に、ある程度の在庫を確保したいのだと職員は念を押した。
「そこに書いてるのは最低限の量だ。多ければ多いほどいい」
「とはいっても、見たことねぇ薬草の採取は難しいぜ」
リンウッドならば知っているかもしれないが、念のため標本か絵で形状を確かめたい。そう職員に頼んだが、ギルドにはそれらしい資料は保管されていなかった。
今晩の寝床を借りにマイルズの家を訪ねたコウメイは、キリマズラとハリハルタの風土病についてたずねた。
「薬は飲んだことはあるが、薬草まではわからんよ」
「リンウッドさんがわかればいいんだが」
「彼はこの周辺の出身ではないのだろう? それなら難しいぞ」
大陸中を旅したマイルズは、よその土地には魔力の有無が原因で発熱する病気はなかったと断言した。彼もかつてこの地で活動していたときに罹患し、かなり苦しい経験をしたらしい。予防薬になる薬草は深魔の森にしか自生しておらず、リンウッドも知らない可能性があった。
「町の薬魔術師に聞いてみるべきだな」
酒の調達ついでに連れ出されたコウメイは、薬魔術師をたずねた。壮年の白級薬魔術師は、コウメイが最近ハリハルタに薬草を納めはじめた冒険者だと聞き、弾けんばかりの笑顔でその手を握った。
「あんたのおかげで錬金薬作りが楽になった、ありがとう!」
程度の悪い薬草を材料に、定められた品質の錬金薬を作るのは、魔力の負担が大きすぎて大変だったらしい。涙を浮かべながら感謝され、なんとも面はゆかった。
「あんたが採取してくれるなら安心だ。キリマズラなら標本がある、これを持っていってくれ!」
根から葉まで一揃えを押しつけられた。採取時の注意点や保全処理の方法を早口で説明され、コウメイは慌てて板紙に書き記す。
酒を買って戻り、コウメイの料理を挟んで向かい合う。マイルズがそろそろだぞ、と言った。
「お前たちも冬支度をはじめねばならんだろう」
「このあたりに雪は積もらねぇんだろ? 物資を蓄え込まなくても大丈夫じゃねぇか?」
「そうでもないぞ。確かに食い物には困らんが、薪は多めに用意しておかないと足りなくなる。このあたりの冷え込みは厳しいんだ」
そういえば以前コウメイらがこの辺りに住んでいたのは、秋口くらいだった。深魔の森の冬を知るマイルズが準備しておけと忠告するのだ、準備は怠らないほうがいいだろう。
戻ったら要相談だな、とつぶやいて、コウメイはマイルズのカップに酒を注いだ。